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あにむす  作者: まるね
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景ちゃんは、最近ちょっとついてない。

去年の誕生日にママに買ってもらったイーストボーイのブルーのチェックの財布を失くしたり、英単語のテストの範囲を間違えてきたり、今日の朝は、教室でお弁当箱をひっくり返してしまった。

財布は定期とは別だったし、ほんとはそんなに気に入ってなかったらしい。お金も300円くらいしか残ってなかったんだって。英単のテストは毎週あるから、次頑張ればいい。ぼくだったらそんなに落ち込まないなあと思う。

いざ、お弁当の時なんか、みんなのカンパで、逆におかずリッチになっていた。クラス中が、一人一品だから。最後はぼくが、手伝わなけりゃならなかったくらいだ。

「そりゃあ、あゆむはね。梅ちゃんがいれば幸せなんだからさ。財布も成績もご飯も関係ないでしょうよ」

口を尖らせて不満を言う景ちゃんは、クラスで一番でっかいけれど、もしかしたら、一番の甘えん坊だ。眠くなると機嫌が悪くなって暴れだす。それを背中から止めるのが、ここ1年、ぼくの仕事になっている。

「え、ぼくってそんな?ひどいな。景ちゃん。景ちゃんがいなかったらすごく困るよ」

そう。本当に困る。景ちゃんはこの学校でできた最初の友達だ。入学式の日に声をかけてくれた景ちゃん。ちょっぴり人見知りなぼくはどんなにかうれしかった。以来、丸1年。ずっと、友達でいてくれる。

「あゆむぅ~」

景ちゃんは肩越しに振り返って、甘え声でぼくを呼ぶ。

そのまま、ぼくの頭を抱え込んでくるから、ぼくは笑いながら言ってやった。

「景ちゃんがいなかったら、誰が、体育の準備体操のバディになってくれるんだよ」

このクラスで、ぼくは、景ちゃんの次に大きい。ふたりとも170センチを余裕で超えている。

「そこ?あゆむの私に対する愛はそこなの?ひどいよ」

景ちゃんは大袈裟に顔を覆って泣き真似をする。

いつものことだけど。これはぼくにじゃなくて、斜め前方にいる梅ちゃんへのアピールなんだとぼくは知っている。

もうずいぶん前に、みんながいなくなった教室は、入陽影で染まっている。梅ちゃんは日直日誌を書き終わると、自分の使っていた椅子をきちんと整頓して「お待たせ」といった。梅ちゃんの制服の襟は誰のより白く尖っている。

「あゆむ。景ちゃんで遊ばない。景ちゃんもいつまでも泣かない。…バスの時間まで、中庭にでも行く?」

「はあい」

ぼくらは、梅ちゃんの後をついていく。気分はカルガモだ。因みに梅ちゃんの身長は152センチ。クラスで一番小さい。いつだったか、バレー部の練習中、捻挫を冷やす時に梅ちゃんの裸足を見た。青白くって幅が狭くて、ガラス細工みたいな指がとても華奢だった。シンデレラってこんな足だったんじゃないかと思ったくらいだ。氷だらけのバケツに入って真っ赤に染まっていくのが痛々しかったな。

とはいえ。もし梅ちゃんがシンデレラであったなら、継母も義理姉も、コテンパンにやられて、王子の出る幕はきっとなかっただろうとぼくは思う。

中庭は校舎と礼拝堂にぐるりと囲まれていて、西洋芝と低木の緑の影に、雑草というには可愛い提灯型の紫の花が咲いている。白い石造りのマリア像が小さな石段の上にそびえ、足下には鯉の泳ぐほんの小さな人工池が佇んでいた。

景ちゃんとぼくを引き連れて、梅ちゃんは座る位置まできちんと決める。

バスが来るまでちょうど15分。ぼくらは3人で他愛もない話をして笑う。試験前の部活休みは毎回こんなふうに、1日が終わるんだ。



ぼくは、自分がこんなにでっかいからか、昔から小さなものが大好きだ。小さくて可愛くて頭がいい。ぼくの好きになる子はみんなそんなだった。好きといっても、別に抱きしめたりキスしたいと思ったことは自分からは1度もない。ただ、いっしょにお昼を食べて、他愛のない話をして、時々映画に行ったり、メールのやりとりをする。それだけ。

中学の時は共学だったけど、毎年バレンタインにチョコを十個はもらっていた。たいがいは、ノリと友情のプレゼントだったけど、なかにガッツリなのも混じってて、そういうのに限って体育館の裏に呼び出されたりした。

「そんで、どうしたの?やっぱ気不味いでしょ」

景ちゃんは明るく聞いてくれるから、気分が軽くなるけどね。

ぼくらは時々、資料棟の屋上で、ふたりきりで煙草を吸っている。始まりは景ちゃんがお兄さんの煙草ポーチを持ってきちゃったからだった。初めて吸い込むメンソールの煙はなんだかけだるい時間を教えてくれた。

もちろん。梅ちゃんにも内緒だ。

もしかしたら、ふたりとも、それが気持ちよかったのかもしれない。

今もその真っ最中。 

「どうって、そりゃ気不味いよ。ぼくはそんな気ないんだもん」

「梅ちゃんは?知ってるの?」

「さあ。そういう話、しないんだよね。あの人は大人だからさ」

景ちゃんは深くメンソールの息を吸い込んだ。

ぼくはあんまり肺に入れないように気をつけている。一応、バレー部も大切だからね。

「で?ごまかさないで教えろよ。あゆむぅ」

「なにを?」

「だからぁ、ガッツリチョコは、どうしたのさ?返すの?食べちゃうの?」

言葉遣いが意味深だよね。景ちゃんには、年の離れた兄さん達がいるからなのか、こういう話が大好物だ。喰いついたら尻尾まで食べないと満足しない。

「そりゃぁさ。これからも顔合わせるわけだからさ。丸く収めるよ」

「もうじれったいな。だから、どうやってピンチを脱したのかって聞いてんだよ。あゆむのバカ」

バカって、どうなのよ。まあ、景ちゃんには会うこともない違う世界の人の話みたいでおもしろいんだろうな。

「だからさ、角が立たないように、チョコはもらう。基本来るもの拒まずですから。

で、『ごめん。チョコはもらうけど、気持ちはもらえない。友達でいて』って言う」

ほんとはちょっと違うけど、景ちゃんにはこのくらいで勘弁してもらう。

「はああ。男前だねえ。あゆむは。そんで大丈夫だったの?」

するどい。大丈夫じゃないことが二度ほどあった。けど、それは言わない。

「ん。大丈夫。向こうも何したいってわけじゃないんだよ」

だから怖い。何で、何を思っているのか、想像つかないものは恐ろしい。どうしても気持ちが分からなかった。ぼくが冷たいだけなんだろうか?

一度は無理やりキスされた。唇をべちょってつけられて、全身寒気がして、突き飛ばして逃げたっけ。あの時、相手の子は一週間休んだ。中1だった。もうひとりは、次の年。バレンタインの翌日から中2が終わるまで、校門で待ち伏せされた。梅ちゃんがいっしょに帰ってくれなければ、とても怖かったと思う。考えたら、いつもぼくの方が体格は上なんだから、実際取っ組み合いをしたら簡単に勝てたんじゃないだろうか。でも。分からないものへの恐怖は、ぼくの身体を硬直させる。今だって、唐突に口喧嘩になったら、ぼくはふたりにとても敵わない。思考の瞬発力に乏しいんだろう。

そんなぼくはハムスターみたいなんだって。景ちゃんは言う。危険を感じるとフリーズするでっかいハムスター。ちょっと、不気味だ。

いっそ、ハムスターくらい小さくて可愛いものになってしまいたい。

愛玩動物になること。

誰にも言ったことはないけれど、ぼくの望みはそれひとつだった。

           


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