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少年は世界を夢見る  作者: 楠瑞稀
第一章 始まりの神殿
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1、「始まりの神殿」(2)




 すれ違いの原因が自分の遅刻にある訳でもないのだが、妙な使命感に駆られたジェムは再び街を走っていた。

 あまりに神官が頼りなくて、反面教師になったのかもしれない。


 神殿に一度だけ顔を出したその人は、この大陸では珍しい金髪碧眼の持ち主らしく、神官の話からすればかなり目立つ人物とのことなので会えばすぐに分かるだろう。

 しかし店の名前を聞いたとはいえ、ジェムにとっては初めて訪れた街のことである。

 たどり着くためには、まず誰かに道を聞かなければ。そう思っていたジェムは、突然目の前に現れた人だかりに足を止めた。


 何かを取り囲むような円形の人垣は厚く、何が起こっているかジェムには窺えない。

 しかし何かのぶつかる重い音や罵声、それをはやし立てる野次馬たちの声を聞くに、喧嘩のようである。ジェムは顔をしかめた。


 この位の規模の喧嘩は、この街ではけして珍しいという物ではなかったが、ジェムはこれでも優等生ばかりが集まった学院出身である。なにより彼自身争い事が心底苦手であった。

 ジェムは心なしか青ざめた顔つきで、よろよろとその場から離れようと移動を始める。

 だがその時不運にも、物見高い野次馬が好機を逃すまいと、乱暴に彼を突き飛ばし人込みに飛び込んだのだ。


「うわっ」


 無様に地面に倒れかけたその時、何者かの腕がさっと彼の体を支えた。


「おやおや危ないなぁ。喧嘩を見物する時はもっと気をつけないと」


 別に自分は野次馬をしていた訳ではないのだけれども。そう思いながらも何とか体勢を持ち直したジェムはふうと息を吐き、恩人に向かって頭を下げた。


「あの、危ないところをありがとうございました」

「ふふ、どういたしまして」


 ジェムが視線を上げると、にっこりと微笑むその人の口もとが見えた。何故口もとに限定されるのかと言うと、残る顔上半分を隠すかのようにその人は深々と帽子をかぶっていたからだ。

 そのいかにも怪しんで下さいと言わんばかりの風貌にたじろぎつつも、ジェムはギクシャクと微笑み返す。


「何はともあれ怪我がなくてよかったね」


 その人は腰をかがめ、同じ視線で優しく声をかけてきた。もっとも合わせられた目線は帽子のせいで合わないものの、どうやら見た目はともかく悪い人ではなさそうである。

 そう感じたジェムは、今が好機とばかりに探していた店の場所をその人に尋ねてみることにした。


「……その店に行きたいの?」

「はい。そうですけど……」


 不思議そうに首をかしげるその人に、やはり不思議そうにうなずくジェム。


「まあ、いいか。じゃあ連れて行ってあげよう」


 あっさりそう言い放ち歩き出すかの人の後姿を、ジェムは慌てて追いかけた。


「待ってくださいっ。そんな、そこまでして頂かなくても……」

「子どもに遠慮は要らないよっ」


 ははっ、と笑いジェムの手をぐいっとつかむ。そのうえ仲良しこよしと言わんばかりにその手を振られ、ジェムはいろんな意味で手を離してもらいたくなった。


「ですから本当にっ、場所だけ教えてもらえれば……っ」

「俺もその店に行くところだったんだ。しっかし君みたいな子があの店に一体何のようなのかい?」


 道はだんだんと薄暗く、物騒な雰囲気になっていく。

 道端には空の酒瓶と腐ったごみと浮浪者が転がり、窓辺には化粧を落とした夜の女たちが頬杖を着いてつまらなそうに下界を見下ろしている。

 びくびくとしながら彼を見ると、帽子の彼は親しげにそんな女性たちに手を振っていた。


 このままとんでもない所に連れて行かれてしまうのかも。

 自分の軽率さを思わず後悔し怯えるジェムだが、再び優しげな笑みを向けられたとたん不思議と警戒心は胸の内よりすっと溶けて消えてしまった。

 彼は独り言のように淡々ととジェムに話し掛ける。


「最近はこの町もあまり治安がよろしくないらしくてね。たとえ昼間だとしても、君みたいな幼い子がひとりで出歩くのは心配だよ。それも目的地がこんな所だとしたら尚更だ」

「ぼくはそれほど『幼く』はありませんよ」


 子ども扱いされてつい唇を尖らせるジェムに、彼は肩をすくめて見せた。


「これは失礼。勇敢な少年だ」

「でもどうしてこの街はこんなに治安が悪くなってしまったんですか? ここには大きな港町だし、巡礼の出発地点として立派な神殿もあるのに……」


 ジェムが周囲のすさんだ様子に恐る恐る視線を向けながらたずねると、彼はあっさりとした口調で答えてくれた。


「多分大きくなり過ぎてしまったんだろうね。街が大きくなればその分街に巣食う闇も増殖する。それを退治できるほど、この街の『剣』は鋭くはない。それに神殿自体も昔に比べれば力は大分衰えてしまった。ここは大昔から存在する、権威ある神殿だけれども今の人々にとってはそれほど恐れ多い場所ではないのかもしれないね」

「あなたは怖くないのですか?」


 物慣れた足取りで街の暗部に足を踏み入れ、神殿を語る彼。彼にとっては街の闇や神の威光はどのように映っているのだろうか。

 ジェムの問いに彼は面白そうに唇を吊り上げた。


「俺かい? 俺は、そう……。どうだろうね」


 ふいに彼は足を止める。目配せされた視線を追うと、吊り下げられた看板がゆらゆらと風にゆれている。


 『暁の鳥篭亭』


 それは彼が目指していた店の名前だった。






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