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少年は世界を夢見る  作者: 楠瑞稀
第一章 始まりの神殿
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6、「真紅と言霊の刃」(3)



「ひとまず、命に別状はないみたいだな」


 アンジェリカの火傷の具合を見ていたゼーヴルムがそう言ってうなずいた。


「ヘエ、一応手加減はしてたんだ。偉いじゃん」


 バッツの頭に手を置いてシエロがにっこりと微笑む。それをうっとうしげに払いのけながらバッツはけっと吐き捨てた。


「こんなものを焼き殺したら、俺の炎のほうが穢れちまう」


 部屋を満たしていた炎はもはや跡形もなかった。

 「誰がバッツだよ」などとぼやきながらも、軽く腕を振っただけで一瞬にして炎が消え去ったことに、ジェムは目を見張り心底感服した。

 どうにか意識を取り戻したアンジェリカに水を飲ませていると、ジェムは扉の所に少年達が鈴なりになっていることに気がついた。

 見ればどの少年もこの大陸においてはかなり目立つ容姿で、それがこれだけいるとなるとかなりの圧巻だった。


「おい、おまえたち。もういいぞ。どことなりとも好きな所へ帰れ」


 ゼーヴルムがそう言って手を払うが少年達は動こうとしない。ただ不安そうに互いに目を見合わせている。


「あの、どうしたんですか?」


 ジェムが訊ねてみると、ひとりの少年がおずおずと前に出て来て言った。


「でも、その、船が……」


 それを聞いたとたん、ゼーヴルムがぎろりとその鋭い瞳でアンジェリカをにらみつけた。


「貴様、子ども達に船はすでに出港したと嘘をついたのだな」


 灰色の瞳はもはや氷点下の冷たさで、その険しさと言ったら肉食の大型獣でもひと睨みで退散させられそうである。


 多分話から推測するに、彼女(いや、もはや彼か)は他の大陸からやって来た子ども達をつれて来ては、彼らが乗ってきた船はもはや無いのだと、すでに港から出たと告げていたのだろう。

 中には本当に大陸を離れてしまった船もあったかもしれない。しかしそれが嘘か本当かは関係ないのだ。


 見知らぬ土地に置きざりにされた子どもには、もはや仲間を追いかけるすべも、自分達の故郷に帰るすべもない。

 絶望にかられ、どうしようもなくなった彼らはアンジェリカにすがるしかなくなるのだ。

 その元凶が彼にあったとしても。



「平気平気、だーいじょうぶ。心配することは何ひとつないよ」


 怯える彼らを動かしたのはシエロの明るい声だった。

 凍てついたように緊張する空気を、かんらかんらと陽気な笑い声が溶かしていく。


「船のことなら安心してかまわないよ。きっとこの街の警備隊の人たちが責任を持って、誠心誠意真心を込めて、君たちを生まれた大陸まで送り届けてくれる…………かも知れない」


 なんとも信憑性の欠けたセリフではあったが、そんなシエロの朗らかな笑みに後押しされひとり、ふたりと子ども達がその場を後にする。

 そして子ども達が全員いなくなると、シエロはその優しげな笑顔をくるりとアンジェリカの方へ向けた。


「で、問題はあんたの方だ。なぜこんなことをしでかしたのかい? 捨てられたと思い込んだ子どもが何を感じるか、あんたに分かるのかい?」


 取り立てて詰問口調という訳ではないが、その笑顔と楽しそうな声音が逆に空恐ろしくも思えてくる。

 アンジェリカはぽつりとつぶやいた。


「……さびしかったんだ」

「はっ?」

「さびしかったんだよっ、私は!!」


 自分の髪をぐしゃりと掴み、アンジェリカはわなわなと唇をかみ締める。


「物心ついたときから私は独りきりだった。心を許せる友も、信じあえる仲間もいない。両親でさえ滅多に会うこともなく、会ったとしても温かい言葉の一つもかけやしなかった。捨てられた子どもが何を思うか分かるかだと。ああ、分かるさ。両親がいても、私は捨て子同然だった!」


 一気にまくしたてアンジェリカは荒く息を吐く。



 たとえそばに近寄ってくる人間がいたとしても、それは決まって自分の財力や権力をあてにし、おこぼれを預かろうとするハイエナのような者たちばかり。

 奴らはただおのれの利益ばかりを望み、調子のいいことを言っては自分に擦り寄ってくる。

 そんな奴らの媚びた目や、生臭い息にはもう飽き飽きだった。

 自分はただ誰かに愛されたかったのだ。



「目立つ格好をすれば、誰かが振り向いてくれるかもしれない。そう思ってこんな服を着るようになった。誰でもいいから、誰かの目に止まりたい。やがてそれが昂じて珍しいものを集めるようになったが……」

「あの子ども達も収集品のひとつか?」

「……違う。見知らぬ土地で独りになった子どもなら、私の気持ちを分かってくれるかと、そう思ったんだ。それをお前たちは……っ!」

「どちらにしてもとんでもない愚か者だな」


 やれやれと、ゼーヴルムが吐き捨てる。


「さもなければどうしようもない甘ったれだと言い換えてやってもいい。貴様は結局、自分のことばかりではないか」


 冷たい灰色の目が容赦の欠片もなくアンジェリカを刺し貫く。


「自分は独りだと? 周りに誰もいないだと? そんなのは当然だ。貴様に良いことを教えてやろうか。貴様が孤独なのは、独りなのは、全部自身の傲慢さが原因だ。貴様が全て、悪いのだ」


  ――ずきり


 鋭利な刃にも似たその言葉は、直接向けられたわけでもないジェムの心臓にも鋭い傷をつけた。アンジェリカは顔を蒼白にし、ぶるぶると震えている。


「子どものようにただ嫌だ嫌だと駄々をこねて。それでいったいどれだけの人間が傷つき、迷惑を被った」

「けれど私は寂しかったんだっ!!」


 身を引き絞るような切ない叫びがアンジェリカの口から漏れる。


「私のこの胸の中には、いつも冷たい風が吹き荒れていた。誰かがそばに居てくれれば、きっとその風も止むだろうと信じていたんだ!」

「寂しいといえば全てが許されると思っているのか?」


 ゼーヴルムは冷たく言い捨てる。


「人は所詮独りなのだ。他人と分かり合えるというのは幻想にすぎない。ただでさえそれが真実なのに、その上ひとの気持ちも分かろうともしない奴のそばにいったい誰が居たがる? 自分の気持ちばかりを大切にしている奴を、誰が愛したがる? 貴様は傲慢で、しかも愚かだ」


 虫けらでも見るような冷酷な目がアンジェリカを見下ろした。


「だから貴様は独りなのだ」


 しばしの沈黙が過ぎると、小さく、徐々にはっきりと低い嗚咽がけして狭くない室内にゆっくり広がっていった。

 焦げ付いた床に横臥したまま、アンジェリカは涙を流していた。

 悔しいのか、それとも後悔しているのか。

 容赦ない言葉のナイフでぼろぼろに傷つけられたアンジェリカに、ゼーヴルムはさらに何かを言い募ろうと唇を開く。


(もう、これ以上は――、)


 ジェムはゼーヴルムを止めようとした。

 アンジェリカはもうじゅうぶん傷ついた。

 彼のしたことは取り返しのつかない事かも知れないが、もうこれ以上彼を追い詰める必要はないはずだ。

 少なくともジェムはそう思った。ゼーヴルムの腕を掴もうと手を伸ばす。


「だめっ!」


 しかしジェムが掛けようとした静止の言葉は、彼の口からではなく部屋の入り口の方から聞こえた。



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