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少年は世界を夢見る  作者: 楠瑞稀
第四章 約束の海は遠く
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5、嘘と真相の欠片(2)



 海賊島デザイア。

 『欲望』という名を冠し、悪徳の栄える島という異名を持つその場所は、しかし一見したところでは普通の街といたって変わるところは無い。

 唯一違うところを挙げるとすれば、それは国家や司法の干渉から逃れたまったく自由な領域であるということだけだろう。様々な物資の購入場所であり、陸ではおおやけにできない情報の交換場所であり、なによりも非合法の一大歓楽地。

 しかしだからと言ってそれは、ここがまったくの無法地帯だと言うことを意味する訳ではない。

 海賊には海賊の掟というものがあり、それを破るものにはそれ相応の制裁が下るようになっている。

 ようするに普通の街より若干特殊でやや荒っぽいものの、彼らにとって街であることには一切代わりは無いのである。

 


 陸地に降り立ち数歩あるいた所で、ジェムは足をもつれさせその場に尻餅をついてしまった。

 整備されているが、どこか統一性を欠いた湾岸風景。がやがやと賑やかな、しかしそれでいて雑然とした街並み。

 ジェムは地べたに座り込んだまま呆けたようにその様子を見つめていた。


「よお、どうした。腰が抜けたか」


 乱暴に肩を小突かれ、ジェムは振り返った。ダリアは肩に大きな荷物を担いだままにやりと笑う。


「えっと、久々に地面に降りたら、足元が少しふらついてしまって……」

「ふん、軟弱者だな。だが、それでこそ船乗りという奴だ」


 だから自分は船乗りじゃないんだけど、そんな文句を言うのはとうに諦めた。実際何十日も船の上に居続けた所為で身体が船上にすっかり慣れ、逆に陸の上で揺れを感じてしまっているのは確かだ。


「なかなかいい港町だろう」


 自身も街並みを見ながら、ダリアはジェムに話しかける。


「はい。すごい活気があって、なんだか隠れ島だなんて思えないくらいです」

「ここにいるほとんどが海賊か、海賊の関係者だ。オレにとっては第二の故郷みたいなもんさ」

「えっと、じゃあ本当の故郷は……?」


 ダリアはどこか誇らしげな顔付きで自分の背後を親指で示した。そこには陽光を受けて燦然と輝く青い海原があった。


「とりあえず、オレ等は船荷の積み下ろしやなんかで忙しい。勝手が分からないお前らに手伝われても逆に邪魔になるだけだからな。夕方まで暇くれてやるから、町ん中でも見物して来い」

「えっ、いいんですか」

「お前らにはお前らの用事があるんだろう」


 にやりと気前の良い笑みを浮かべ、ダリアはうなずく。


「その代わり、夕方には戻って来いよ。楽しいことが待ってんだからよ」


 その物言いになにやら不穏なものを感じはしたものの、ジェムは有り難くその申し出を受け取ることにした。



 


 賑やかな街並みの中をジェムとフィオリはおずおずと、そしてシエロは物珍しそうに歩いていた。

 デザイアの探索を一人で行うつもりだったらしいシエロは、はじめジェムが付いてくることに難色を示した。

 けれどそこをどうにかと拝み倒して、ジェムは何とかシエロに同行させてもらうことに成功したのだ。そうすると必然的にフィオリを残していくことができず、結局三人での行動になった。


「ちぇっ、せっかく一人でのびのびと見物して回ろうと思ったのにさ」

「え、なんですか?」


 ジェムはきょとんとシエロを振り返る。


「いえいえ、なぁんにも。だけどさ、やっぱり君らは無理についてくる必要はなかったんじゃないの。ここにいるのは荒っぽい連中ばかりだし、ジェムたちは争いごとが苦手だろう?」

「でも、……ぼくも何かお役に立ちたいですから」

「あたしも、スティグマを返してもらうための努力を惜しむつもりはないわ」


 二人の子供の熱心な物言いに、シエロは苦笑して肩をすくめた。


「ま、いいけどさ。でも俺の傍を離れるんじゃないよ。身の安全が保障できないから」


 西の大陸の民が尊重されるのはここ海賊島でも同じ――いや、より顕著らしく、柄の悪そうな人間がそこかしこに窺えるなかジェムたちは、余計なちょっかいを出されることなく目的の場所にたどり着いた。

 それは立てた棒を柱にし、四方を布で覆って壁にした粗末な占い小屋だった。その前には占い師本人なのか、それとも客引きなのか、痩せた男が一人座っている。耳にジャラジャラと飾りをつけている少々独特な身なりの男だ。

 彼はシエロを物珍しそうな目で見据えると、愛想のない詰まらなそうな口調でたずねる。


「よお、未来が知りたいのかい」

「そんなものには興味がないね。俺が知りたいのは、過去と現在だけだよ」


 それは何かの符丁だったのだろう。とたんに男はにやりと楽しげな笑みを浮かべた。


「久方ぶりにまともな客のお出ましだ」


 ぱんぱんと臀部を叩いて砂埃を払い、男は立ち上がる。


「来いよ。商品の受け渡しは中で行う」


 先導する男のあとに続いて掘っ立て小屋に入ろうとしたシエロの腕を、ジェムはとっさに掴んだ。


「あの、シエロさん……これって、いったい?」

「彼は情報屋だそうだよ。ここデザイアでも指折りのね」


 シエロは振り返ると、にっこりとジェムに笑いかけた。

 仮にどれだけそうした技術に長けていようと、ツテも何もない初めての場所で目的の情報を収集しようというのはなかなか骨の折れる作業だ。しかもシエロもフィオリも、そうした技術に長けているどころか、まだ未成年の子供である。

 だから彼らの仕事を依頼したマレー提督は、二人に情報収集を行うための手段を与えてくれていた。


「それこそがこの情報屋の存在なんですね」


 なるほどと納得したジェムは彼らに続いて小屋の中に入ろうとしたのだけれど、その直前で足止めを喰らった。


「ああ、駄目だめ。あんたらは外で待ってな」

「えっ?」


 ジェムはきょとんとした顔で情報屋を見る。


「あたしたち、彼の連れなんだけど。どうして入れてくれないの」


 フィオリも不満そうに文句を言った。しかし情報屋はしれっと答える。


「情報を教えてやるのは一人だけだよ。あんたらも聞きたいというなら、料金は三人分いただくよ」

「どうせ後でおれが聞いた事を教えるんだから、別に一緒に聞いたって同じだと思うんだけどなぁ」

「おいおい、何を言ってるんだい」


 情報屋は意外な事を聞いたと言わんばかりの表情で、くくっとのどを鳴らす。


「これっくらい、空の民であるあんたは分かっていると思ったけどな」


 表面上は同じ情報であっても、誰かを介して聞いたのと直接聞いたのではその価値には天と地ほどの差が生じる。

 彼らの扱う情報という商品は口伝えという性質上、間にどれだけ人を挟んだのかでその信頼性は決定する。それは内容に歪みが生じる可能性があるということもあるし、鮮度、あるいは希少性という観点からのこともある。

 だから直接に聞いた情報と例えその直後であろうと人づてに聞いた情報は、けっして同列に語られるべきものではないらしい。

 情報屋のその言葉に納得がいったのか、シエロは仕方がないと肩をすくめてジェムとフィオリを振り返った。


「悪いね、二人とも。少しここで待っててくれよ」

「ええっ、シエロばっかりずるいわっ」

「さすがに三人分の情報料を支払うだけの手持ちがないんだよ。ここで大人しくしててくれよ。勝手に出歩いたりしちゃだめだからね」

「良かったら、そこの柱に鎖があるから繋いどくかい?」


 しれっとそう言う情報屋の言葉にさすがにひくりと顔を引きつらせ二人は、「それには及ばないから」と揃ってシエロに進言することとなった。

 

 

 そうして大人しく小屋の前でシエロが戻ってくるのを待っていた二人だったが、しかしその間、非常に居心地の悪い思いをせずにはいられなかった。

 それもそのはず。ここ、海賊島にはフィオリのような少女はもちろんのこと、ジェムのようないかにも陸の民然とした育ちの良さそうな少年はほとんど見当たらない。いたとしてもそれはどこかから略奪されてきた捕虜や奴隷だろう。

 そうした面を顧みれば、この掘っ立て小屋の鎖はかなり実用的な、ここでは当たり前の類のものなのかもしれない。事実ジェムたちたちはさきほどからずっと、放し飼いにされた珍獣を見るような好奇の視線にさらされているのだった。


「もう、いつまで時間をかけるつもりかしら。いったい何を話しているのか、聞き耳を立てちゃおうかしら」


 落ち着かない素振りでフィオリはうろうろと小屋の周りを歩き回る。


「だ、だめですよ。そんな事をしたら怒られちゃいますよ」


 そうたしなめるジェムもこの状況には落ち着けずにいたが、いくら焦っていても仕方がない。

 半ば暴力的なまでに降り注ぎ始めた南の地の日差しを避けるため、ジェムはフィオリを誘って掘っ立て小屋の影に腰を下ろした。


「あ~あ。スティグマ、今頃何してるんだろう」


 どこか拗ねたような面持ちで、フィオリは足元に転がる小さな貝殻を手慰みに指先で弾いている。


「そうですね。バッツさんも、まだ具合が悪いままなんでしょうか」


 離れ離れになってしまった他の仲間のことを思うと、心臓がきゅうっと絞られるような感覚がする。

 二人は海軍に保護されているらしいから滅多なことにはならないだろう。だけどこれほど長い間離れていたのはほとんど初めてのことで、その所為か寂しさと一抹の不安がしこりのように胸の中に居座り続けている。

 たぶんその思いは、物心ついてからずっとスティグマと供にいたフィオリにとってはより顕著だろう。


「早く二人に会いたいですね。きっとスティグマさんもフィオリさんのことを心配してますでしょうし」


 ジェムは同情するような気持ちで彼女を慰める。しかしフィオリはあっさりとこう答えた。


「あら、違うわよ。あたしの方が、スティグマを心配しているの」

「へっ?」


 ジェムは思わずきょとんとした顔をする。フィオリは言おうか言うまいかしばし思案しているようだったが、やがてぽつりと言葉を漏らした。


「スティグマはね……時々、夜にうなされていることがあるの」


 野宿の時や大部屋に皆で泊まる時は眠りが浅い所為か、そうした様子を見せたことはない。だからジェムはそれを知らなかったが、十年近く彼とともに過ごしてきたフィオリにとってはよく知ることだった。


「眠っている時にね、苦しそうな声が聞こえるの。『どうして』『なんで』って……。そうして自分の悲鳴で目を覚ますの。そういう時は、きっと居ても立ってもいられないのね。ふらりと部屋を出て、明け方まで帰ってこないわ」


 ジェムはどきりとした。フィオリの語るそうしたスティグマの行動は、ジェムにとっても馴染み深いものだったからだ。

 そうした思いを読み取ったのだろう。フィオリも、どこか悲しげな笑みを浮かべて頷く。


「今にして思えば、初めて会ったときにスティグマがあなたの事をあんなに気にしていたのも、自分と似ていると思ったからかもしれないわね。あなたもあの時、辛そうにうなされていたもの」


 ツキンと疼く胸の痛みを自覚しつつも、ジェムは小さくうなずく。

 自分が過去に犯した罪から逃れられないでいるように、スティグマもまた辛い記憶に苛まれているのだろうか。


「いったいスティグマさんは昔、何があったんでしょうか……?」


 おずおずと窺うようにジェムはたずねるが、フィオリもまた小さく首を振った。


「あたしも良くは知らないの。スティグマは昔のことは何も話してくれないから……。なんでもないよって笑うだけ……」


 それはフィオリにとっては何より辛いことだろう。大切な人のことを何も知らず、ただ苦しんでいる姿を見ていることしか出来ないでいる。

 寂しそうにうつむくフィオリにジェムはわざと明るく振舞い、声をかけた。


「それじゃあ、みんなと合流できたら聞いてみましょう。ぼくも、スティグマさんのことが気になりますから」


 ジェムにとっても、スティグマはすでに大切に仲間だ。同じ大陸の人間としても、身近にいる年上の男性としても、頼りになる先達だ。

 それ以前に色々世話になっているわけだし。できれば役に立ちたいとジェムはただ単純にそう思った。


「ん、あれ……?」


 しかしそう意気込んでふと顔をあげたジェムは、その途端首を傾げた。

 自分たちは小屋の陰にいるため向こうには気付かれていないが、すぐ傍の道を良く知る人間が通り過ぎていったのだ。


「今のって、グレーンさんでしたよね?」

「えっ、そうだった?」


 気付かなかったフィオリはきょとんとした顔をする。

 だが目深に外套を被ってはいたけれど、義足のグレーンは杖を付き、少々独特の歩き方をしているので見ていればすぐに分かる。ジェムは確かに二人ほどの供を引き連れたグレーンが、薄暗い路地を曲がっていく所を目撃していた。

 もっともそれだけなら、ダリアに何か用事を申し付けられたグレーンがそれを果たしに行ったのだろうと思うだけだ。

 だからジェムがそれを気にしてしまったのは、そのうしろをまるで人目をはばかるように付いていく不審な男の存在があったからである。

 あんなにしっかりとしたグレーンのことだ。自分の手助けなんて要らないかもしれない。だけど、グレーンは男の存在には気づいていないのだ。もし、自分が遠慮した所為で取り返しのつかないことになってしまったら?

 なにやらその男に不吉な予感を覚えたジェムは、いても立ってもいられなくなった。


「ごめんなさい、フィオリさん。すぐに戻りますので、待っていてください」


 唖然とするフィオリをおいて、ジェムはすぐに彼らのあとを追いかけることにした。



 


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