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少年は世界を夢見る  作者: 楠瑞稀
第四章 約束の海は遠く
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2、イア・ラ・ロド(3)






「ところで『下っ端』はともかく、どうして『詐欺師』や『貴族』がエジルさんのあだ名なんですか」


 じゃあ今度は役職者のもとに案内しよう、そう言われてジェムは再び船内に下りていた。


「そりゃあ、この高貴な顔立ちに優雅な物腰が貴族的だからでせぇ」


 にやりとエジルが笑う。

 手前味噌を上げるエジルにジェムは思わず苦笑をするが、確かにエジルは荒くれ事には縁遠いような上品な顔をしている。

 これできちんとした格好と言葉遣いをすれば、貴族とまではいかなくてもその小姓としてぐらいなら充分通用するだろう。


「けけっ、違うだろう。顔が良いだけの役立たずだから『貴族』。貴族のように見えても柄が悪いから『詐欺師』なんだろう」

「ひっでぇなぁ」


 その会話を耳に挟んだ海賊仲間が笑いながら茶々を入れて通り過ぎ、エジルは顔をしかめて反応する。

 ジェムもそのやり取りにくすくすと笑みをこぼしながら、ここまでに教わったことを確かめる。


「えっと、この船で役職者は、船長さん、操舵手さん、水夫長さん、船医さん、大工頭さん、料理長さんなんですよね」

「そう。もっとも水夫長は今は操舵手と兼任されていて、あと会計係や鍛冶屋もいるんだけどそいつらは負傷したり買出しなんかのために今船を下りているねぃ。まぁ、おまえさんに関係あるのは船医と料理長と操舵手ぐらいだから、残りは会った時にで構わないさねぇ」

「じゃあ残りは操舵手さんだけですね」


 ジェムは指折り数えてうなずいた。

 船医と料理長はつい先程紹介を受けた。もっともやはり海賊船の一員だけあって、陸の医者や料理人とは一味も二味も違う。


 

 まず料理長は明るく気さくな若者だった。


「俺はサラマ。サラマガンディのサラマだ」


 てっきり本名かと思ったら、サラマガンディとは海賊たちの定番料理のことらしい。

 彼はにこにこと人好きのする笑みで、


「君の嫌いな料理は何かい?」


 と聞いてきた。

 だから素直に「モツ煮です」と答えたら、「さすがにそれは無理だなぁ」と残念そうな顔をされてしまった。

 聞くとわざわざ船員の苦手な料理を造って出すのが趣味らしい。

 それはなんとも悪趣味だと思う反面、出される心配がなくてよかったとほっと胸を撫ぜ下ろすジェムだった。


 いっぽうの船医は――医者というぐらいだからなんとなくスティグマのような人間を想像していたジェムだったけれど、非常に寡黙で無愛想な男だった。

 どれくらい寡黙だったかと言うと、結局ジェムが聞いた彼の言葉は「そうか」の一言だけだったというほどだ。紹介のすべてはエジルがおこなった。


 無口な船医は腰に剣を下げていたのだが、それがジェムの興味をそそった。

 やはり海賊船ともなると医者も武装しなくてはいけないのかと思って後でエジルに訊ねてみると、返ってきた返事は「あの人は居合いの達人だから」というものだった。


「船の上で大怪我をしたら、腐る前に損傷箇所を切り落とすしかない。その点あの人は、非常に上手くやってくれるんでさぁ」

「……」


 やっぱり海賊船の一員は誰もが一筋縄では行かないらしい。それともこれはこの船の船員に限ることなのだろうか。

 確かめるすべはないけれど、何となく後者のような気もしないではなかった。



 

「えっと、この船の船長さんは、――ダリアさんなんですよね」

「そうだねぃ。ただし本人の前でその名前を呼ぶとぶん殴られるぜぃ?」


 エジルが揶揄するようににやりと笑う。

 確かにダリア本人も、自己紹介のとき自分の事はリアか船長と呼べと言っていた。


「でもグレーンさんでしたっけ、あの人はちゃんと名前で呼んでましたよね」

「あの人は特別でさぁ」


 エジルは肩をすくめた。


「グレーンさんはおかしらと一番付き合いが長いし、おかしらにとっちゃ兄貴分にもあたる人だから」

「それでもダリアさんが船長なんですね」

「皆が納得して決めたことだからねぃ」


 その言葉にジェムは首を傾げた。

 普通だったら船長などという地位に着くのは船の持ち主だったり、もっとも経験豊富な人間であったりしそうなものなのに。


「普通の船だったらそうだろうけど、ここは海賊船だから」


 エジルは得意げな顔でちちちと指を振る。


「海賊は他のどこよりも自由で合理的でさぁ。陸の無意味な決まりごとなんかには縛られねぇ」

「それってどういうことですか?」


 首を傾げるジェムにエジルは笑いかけた。


「船長は投票制なんでさぁ」

「投票制!?」


 ジェムは大きく目を見開く。


「そう。船の乗組員は全員一票ずつの表決権を持っている。船長や水夫長といった役職者はみんな多数決によって決められるという仕組みさ。公平だろう」


 ジェムはぱちくりと目を瞬かせた。野蛮の代名詞のような海賊という組織において、まさかそんな仕組みがとられているとは思ってもいなかった。


「じゃあそうやって選ばれた船長さんが、一番偉いんですね」

「あー、一番……という訳でもないなぁ」

「へぇっ!? どういうことですか!?」


 なるほどと納得しかけたジェムだったけれど、そこでまた否定の言葉を受けて混乱する。


「だって船長さんじゃないですか!」


 自分がひと月お世話になっていたマーテル号では、船長が一番の権力を持っており、その命令に水夫たちは絶対服従だった。

 一瞬の油断が文字通り命取りとなる海上においては、常に規律を遵守する習慣こそがいざという時に命を守る重要な仕組みになるのだと聞いた。

 しかしエジルは違うという。


「まぁ、皆の信頼を受けているから船長に選ばれる訳なんだけどねぃ、僕たちの間では船長の命令が絶対の力を持つのは獲物の船や追っ手の軍艦と交戦しているときに限られるんでさぁ」


 それ以外の重要な問題の取り決めはまた投票で決めるのだという。


「だからおかしらがおまえさんを拾ってきた時も、船に置くかどうかは投票で決めたんでさぁ」

「そ、そうなんですかっ」


 だから思ったよりもあっさりと、自分は皆に受け入れてもらえたのか。

 しかしもしも置かないと投票で決まっていたら、自分の身柄は果たしてどうなっていたのだろう。それは怖いのでちょっと聞けなかった。


「ようするに船長が偉いのは非常時のみだ。その上もし采配の振るい方に落ち度があれば、あとから蒸し返されてクビになることもある」

「た、大変なんですね」


 ジェムはごくりと息を呑んだ。

 それは絶対の権力を保障された普通の船長よりも責任が重いのかもしれない。


「まぁその代わり、皆の信頼に応えているうちは船長室が与えられるし、分け前も多めに貰える。ただし、それだけだねぃ」


 エジルはあっさりと言った。


「要するに、権力を持つ者が一番偉いとは限らない、いい例だとぼかぁ思うよ。だいたいこれだけ分かりやすく、公平なところもそう無い」

「そうですね。船の皆さんもすごく活き活きとしていましたし」


 たぶんそれはみんながこの仕組みに満足しているということなのだろう。


「まぁ、万事が万事理想どおりという訳にも行かないけどね」

「えっ?」


 エジルはふっと意味深な笑みを浮かべ、肩をすくめる。それから飄々とした表情で足を止めた。


「それじゃあ、次の役職者。操舵手殿のご紹介でさぁ」


 エジルはとんとんと扉をノックする。はい、と返ってきた返事はジェムの聞き覚えのあるものだった。


「失礼しやすよぉ」

「あれっ、グレーンさん」


 操舵手としてエジルがつれてきたのは、義足の海賊グレーンのもとだった。グレーンは机に掛けなにやら書き物をしており、そのすぐ傍ではダリアが怠惰にねっころがり果実を頬張っていた。


「あぁん? なんだよ、何か用か?」

「おかしらに用事はありやせんで。僕らが会いに来たのは操舵手殿の方でさぁ」


 エジルがしれっと答える。

 いくら船長が絶対の権力者でなくても、新入りにして遠慮ないこの言いようは勇気があるというか無謀というか。

 ダリアはやはりむっと顔をしかめるが、グレーンは仕方ないなと言うように苦笑していた。


「そう言えば、まだきちんと挨拶しておりませんでしたね。イア・ラ・ロドの操舵手を務めさせてもらっております、グレーン・キニアスです。どうぞよろしく」

「は、はい。よろしくおねがいしますっ」


 ジェムは慌てて頭を下げた。グレーンの落ち着いた物腰や、丁寧な物言いはやはりとても海賊とは思えない。


「操舵手というのは船長の次に偉い役職なんでさぁ」


 エジルが説明を付け加える。


「船長の補佐役で目付け役。船員全員の代表」

「要するにグレーンにはオレ以外の誰も命令できないってことだ」


 なぜかダリアが偉そうに鼻を鳴らす。グレーンは困った顔で肩をすくめた。


「ダリアはこう言ってますが、私の仕事は皆さんのまとめ役ですからね。何か相談したいことなどがあったら遠慮なく来てください」

「は、はい。分かりました」


 ジェムは顔を赤らめて、こくこくとうなずく。何だか優しい親戚のお兄さんみたいな感じだ。血族に縁遠いジェムではあるが、彼からは何となくそんな印象を受けた。


「彼から仕事のことについては何か説明を受けましたか」


 グレーンがエジルを指して訊ねる。まだ役職者の紹介を受けただけだったので、ジェムは素直に首を振った。


「いいえ、まだです」

「そうかっ」


 ジェムが答えると、これまで怠惰に寝っ転がっていたダリアが途端に勢いよく跳ね起きた。


「じゃあ、新米船員の始めの仕事を教えてやるよ」

「え、な、なんですかいきなり」


 その様子はなんだかバターを前にした猫のようで、ジェムは思わず後ずさる。


「あー、おかしらマジでやるんですか。こいつも」

「本当に船の一員になる訳じゃないんだから免除してあげてもいいんじゃないですか」


 グレーンとエジルがなんだか同情交じりの言葉を掛けるけれど、船長は頑として譲らなかった。


「ばろうっ、臨時だろうが嘘っぱちだろうが乗組員は乗組員だ。特別扱いなんかしてやらねぇよ!」


 ダリアは目をキラキラさせてぽん――というよりかは、バンッとジェムの肩を力いっぱい叩いた。


「なぁに、最初はちょっと怖いかも知れねぇけど慣れりゃあ気持ちいいし、やみつきになるぞ。という事で、やるよな」


 ジェムは怯えて顔を引き攣らせる。


(な、何をですかっ)


 何が何だかさっぱり分からないけれど、とりあえず拒否できないであろう事だけははっきりとしているのだった。





 

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