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少年は世界を夢見る  作者: 楠瑞稀
第一章 始まりの神殿
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3、「罪と権利の話」(1)



「駄目だな」


 冷たい灰色の目がじろりと彼らを睨み付けた。


「あの者の釈放は許可できない。諦めるんだな」

「でも、本当に困るんです。彼には大切な役目が合って、出してもらえないとその役目が果たせないんです」

「駄目と言ったら駄目だ」


 黒い軍服に身を包むその男は頑なにそう言い放つ。

 けんもほろろな扱いは、学校の融通の利かない事務職員を思い出させジェムはちょっと懐かしくなったが、まったく進まない話にそろそろ彼も焦りを感じ始めていた。

 何とかしなければと、縋り付くようにしてその兵士に頼み込む。


「お願いします。どうにかなりませんか?」

「規則だから仕方がないな」


 取り付く暇もない。がくりとジェムは肩を落とした。さきほどからずっとこの調子で、まるで交渉する余地がなかった。

 絶望的な気分でジェムが深くうつむいたその時、いままで口下手という理由で(それもかなり怪しい理由だが)、全ての交渉をジェムに任せ静観していたシエロがひょこんと首をかしげた。


「ねえ、どうしてそんなに駄目なんだい?」

「どうして?」


 端から見てもかなり機嫌が悪そうな剣呑な眼差しで、兵士は彼に目をやる。

 その視界の範疇外に居たジェムすら縮み上がるほど鋭くも危険なその眼差しに、しかしシエロはまったく怯む様子を見せずにいつものようにのほほんと微笑んだ。


「だってさ、彼はまだ子どもだし、第一先に喧嘩を吹っかけてきたのは相手の方だって聞いたよ? 普通だったら厳重注意だけで済むんじゃないのかな」


 確かにその通りだ。どうして彼がここまで拘束されなければならないのだろう?

 兵士は眉間に皺を寄せたまま(もしかするとそれが素なのかも知れない)軽くうなずいた。


「ならば理由を教えてやろう。ひとつ、この街では喧嘩は両成敗だ。どちらが先でどちらが後かは関係がない。ひとつ、奴はこれが二度目だ。短時間で二度も騒ぎを起こしたら反省がないと取られても仕方がない」


 そして、と彼は一瞬目を伏せた。


「奴がこの大陸の人間でないこと。これが最後の理由だ」

「えっ、どうして外国人であることが理由になるの?」


 納得の出来ないジェムを、その兵士はじっと見る。


「おまえはこの大陸の人間だな」

「そ、そうですけど……」


 鋭い眼差しに気後れしつつもおずおずと頷く。


「ならば考えても見ろ。もしこの大陸で他の大陸から来た人間が好き勝手に狼藉を働いたら? それがまかり通るようになったら? 決して気分は良くなかろう」

「それはわかります。でもそれとこれとでは話が違います」

「違わない」


 兵士はひたとも視線を揺らがせず、言葉をつづる。


「民を守ることがその国の義務であるのと同様に、他の国の人間が国内で乱暴を働くのを阻止するのはその国の権利だ。国は他国の人間に犯罪を犯させない義務があるのだ」

「……そのためには、子どもでも牢に繋ぐんですか」

「それがやむを得ない場合もある」


 何かが違う。

 ジェムはそう思えて仕方がなかったが、どう反論すればいいのか分からなかった。兵士の言ったことは正論で、それに異を唱えることはジェムにはできなかったからだ。

 黙りこんだジェムに補足するように、シエロが訊ねた。


「この後シェシュバツァル君はどうなるんだい?」

「とりあえず、奴の出身大陸に強制的に帰されるだろう。その後は、その大陸のやり方に任される。理解したらおまえたちも早く去れ。いつまでも居られると業務に差し障る」


 それだけを言い残し、兵士は彼らに背を向けた。






 詰め所を追い出されたジェムとシエロは、少し歩いたところでどちらともなく足を止めた。


「困ったね」

「……」

「これじゃあ、他の人たちが来ても出発はできないなぁ」

「……」

「どうしちゃったの、黙りこくっちゃってさ?」


 首をかしげるシエロに、ジェムは暗い顔で視線を足元に落とした。


「僕、何も言い返せませんでした……」


 自分は早く巡礼の旅を終わらせて学院に戻らなければならない。なのに、そのための仲間一人助けることもできなかった。

 ジェムはがっくりと気を落とすが、シエロはけらけらと声を立てて笑った。


「そりゃそうだ。だって彼の言葉は根本からして間違っていたもん」

「へっ?」


 ジェムは目を丸くする。


「いくら現行犯逮捕だからって、情状酌量もないなんておかしいよ。彼の言う通り国内で犯罪行為をさせないと言うのが国の権利なら、シェシュバツァル君の言う通り自己防衛だって立派な個人の権利だ。それを認めず自分の権利ばっかり主張するのは、間違っているよ」


 にやりと唇を吊り上げて、シエロはピンと指を立てた。


「しかし彼のあれはわざとだね。話をわざと逸らしてうやむやにしたんだ。いやはや見事なもんだよ。あそこまで自然に的外れな話にそらされちゃったら、言い返すのは至難の業だからね」

「じゃあ何であの場で言ってくれなかったんですか!」


 顔を真っ赤にしたジェムはとうとうシエロを怒鳴りつけた。陽気であっけらかんとした彼の口調が、今はかなり腹立たしい。

 思いがけない迫力に、シエロはだいぶ驚いたようだ。恐る恐るといった様子でジェムに訊ねる。


「もしかして……、怒ってる?」

「怒ってますっ」


 ジェムはぐすんと鼻をすすり涙ぐんだ。


「約束したじゃないですか、シェシュバツァルさんと。釈放してもらえるよう掛け合ってみるって。どうするんですか」

「いや、だってさ。あの石頭の御仁を説得するなんて時間がいくらあっても足りなそうだったし。仮にそれがうまくいったとしても、彼一人言いくるめたぐらいでうまく釈放まで話が進む訳でもなさそうだったからね。別な方法を考えた方がよさそうだなぁ、と」


 慌ててそう言い訳するシエロに、ジェムははぁとため息を吐いた。それならそうと先に言って欲しかった。


「それじゃあ、一体どうするつもりなんですか?」


 半分以上呆れ返りつつも、じっと視線に力を込めて彼を見つめるとシエロはとぼけた仕草で肩をすくめた。


「そうだねえ、いっそ力ずくで無理やり脱獄でもさせてみようか」

「冗談でもやめてください。そんなこと言うのっ」


 この人、暴力が苦手だなんて絶対に嘘だ。そう思いながらジェムは頭を抱えた。


「とりあえず神殿の神官さんに相談してみましょう。彼の身元を保証してくれるかもしれませんし」

「そうだね、それが一番いいかも知れないね。ジェム君、君って頭がいいねぇ」


 名案だと目を輝かすシエロに投げやりにうなずき、ジェムはもう一度深々とため息を吐いた。


 誉められてもぜんぜん嬉しくなかった……。





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