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ポンコツの後始末

作者: 電子笑鬼洞
掲載日:2026/05/23

先日某番組で“この人”の運の良さを改めて感じたので書いて見ました。“あの人”のファン及び新潟県民の皆さまには誠に申し訳ない。

「はっ!」


ふいに男の意識を覆っていた重い霧が晴れた。


男の目の前には燃え盛る寺院が。


「何だこれは……」


周りを見渡せば一目で分かる殺気立った無数の軍勢が


「女子どもに構うなぁー!!」

「大殿を探せぇー!!」

「ご側近○○殿、討ち取ったりぃぃぃ~!」


喉も裂けよとばかりに叫び、走り回っている。


男は()()(ただ)中に立ち竦んでいた。


(何だこれは…)


周りを見渡して男は愕然とする。自分は長年敵の勢力圏に攻め込み続け、いよいよ敵の主力を引きずり出した同僚の援軍に向かう為に居城を出立したのではなかったのか。その仕上げの為に最前線へ向かっているのではなかったのか。


空を見れば既に夜が明け始め、紺色の夜空の端が白く染まり始めている。


目の前には男の家の紋を染め抜いた(のぼり)を背負い次々と燃え上がる寺へ叫び声を上げて突撃して行く自分の兵達がいる。


「ち、違う…」


男は呻いた。


「これは、これは……」


虚ろな目を燃え上がり崩れ落ちる寺に向けて男は絶叫した。


「違うんだぁぁぁぁ~!!!」









天正10(1582)年、関東管領の地位と名門上杉家の名跡を継いだ越後の戦国大名・上杉氏は滅亡の危機に瀕していた。


先代・上杉謙信は「軍神」の異名通り、戦場に出れば凡人が思いもよらぬ戦い振りで必ず勝ちをもたらし「向かう所敵無し」の文字通り近隣諸国に恐れられた英雄だった。今で言う()()()()であった。


その謙信が頓死した事により、本国・越後を中心として北陸・北関東に威を振るっていた巨大勢力圏は突如として跡目争いの坩堝と化した。


謙信は戦での勝利に全てを捧げる為に、帰依する毘沙門天に誓いを立て「女色を断つ」生涯不犯を通していた事は広く知られる所だった。


当然、自らの血を受け継ぐ実子は無く、外交関係で人質を兼ねて関東北条氏から養子に迎えた景虎と謙信の姉の子・景勝(かげかつ)が激しい家督争いを繰り広げ、景勝が勝利を納めた。


謙信が越後を本拠に拡げに拡げた勢力圏は越後の外に佐渡・上野・下野・越中・能登・加賀・信濃北部・出羽沿岸部に及んでいたが、後を承けた景勝には残念ながら互いに利害が一致していない各地の武将を纏める力量など持ち合わせていなかったのである。


有名な直江兼続など自分が慣れ親しんだ側近ばかりを重用し、跡目争いの時に自分の味方をしてくれた遠方の豪族たちを政権から外すに及んだ時、各地で反乱・離脱が相次いで見る間に謙信が築いた勢力は溶けて行った。


越後で起きた大規模な叛乱を抑える事に力を注いでいる内に気がつけば関東は北条氏に占められ、北陸からは今をときめく織田家が猛将・柴田勝家を総大将に大軍が攻め寄せ加賀・能登・越中は失われ、越中越後の国境を守る魚津城は陥落寸前となっている有様。


ここを抜かれたら春日山までは目と鼻の先である。


これをピンチと言わずして何と言う。


本拠地に一番近い最前線の魚津を見捨てて日本最大級の山城だった春日山に立て籠り、何とか挽回しようと息巻く景勝と側近たちを、諸将は白けた目で眺めていた。


大和守(やまとのかみ)殿がご存命であれば…」


誰かがため息混じりにこぼす。


()()を跡継ぎに決めたのはその大和守ではないか!」


別の誰かが語気荒く吐き捨てる。


越後は詰んでいた。


それはそうであろう。同盟を結んでいた関東北条氏の当主の弟・上杉景虎を相続争いで殺してしまい、謙信に職を譲って隠棲中だった前関東管領・上杉憲政まで殺した事で今の上杉家は関東を敵に回した状態である。


阿賀野川から北に勢力を構える揚北(あがきた)衆は会津の葦名、米沢の伊達と結んで絶賛反乱中。


北条との関係を切る代わりに武田の姫を嫁に迎え信濃方面は一安心と思っていたら、織田への盾になるはずだった武田家は援軍を送る間も無く滅亡。


東西南北すべてを敵に囲まれて援軍などどこからも来ないのが分かりきっているのに。




現実逃避する主君と取りまきたちが突然


「不識院へ参りましょう!!」

「そうだ、それがいいですな!」


と力強くキラキラした目で声を張り上げた。


(はぁ?!)

(いやいやいや、この期に及んでどの面下げて…)


重臣古参たちの内心も知らず、景勝らは春日山城の一角にある不識院へと繰り出して行った。


「……宜しいのですかな?」


誰にとも言うでなく呟かれた声に答える者はいなかった。





(あ~、面倒臭ぇ)


生前切望していた高野山に葬って貰える事もなく、勝手に「越後の守護神」として城内の不識院に自身の亡骸と共に留めおかれていた上杉謙信の魂は、二日酔い気味の頭でボヤいた。


せっかくいい気分で寝ていたのに仮住いの前に養子とその家来たちが押し寄せて「存亡の危機」やら「今こそお力をお貸し下さい」やら喚く声で叩き起こされてしまったのだ。


自分たちは精一杯やったのだが力及ばずだの、不届き者たちが言う事を聞かずだの、自己弁護や責任転嫁をてんこ盛りに勝手な事を言い募る“跡継ぎ”を見る軍神の目は醒めていた。


(死んでると出来る事少ねぇんだよなぁ~)


こうなる前に何とかしようと毘沙門天に相談に行ったら雷を落とされてしまったのだ。


「あのな、戒律って知ってっか?」


金色に輝く鎧兜を身に纏い、近くに寄らなくとも分かる霊圧を放つ戟を肩に掛けて毘沙門天は願いを退けた。


「お前ぇはよぉ、まぁ人間にしては中々のモンだよ。だがな、僧籍に在りながら人は殺すわ酒はガブ飲みするわ如来様が諭した戒めを片っ端から破ってんだろうが」


「で、ですが…」


言い訳の気配を察したか、立派な太眉の下の眼に力が籠る。


「女色を断つだぁ? そんなの基本の8つの約束の内の()()()1つだろ?

それ()()守ったからってなんだっつーの。オメーが強かったのは己自身の才能よ。それもあんだけ戒律を破って加護を失っておいてなおプラスになる位のな!!!」


ドンガラズドドォ~ン!と本物の雷を落とされてほうほうの体で毘沙門天の前から退散する外なかった。



(あ~ぁあ、ど~すっかねぇ~)


なおもお助けをだのやむを得なかっただの言い訳をし続ける連中を見て、言い訳体質は我が一族の属性なのかとうんざりする。


自分だけでなく父上も兄上も姉上もそうだったし。


(しゃあね~な)


一応ここに据えられてからは毎日酒を供えられていた身である。せめて酒の分だけでも仕事はしてやるか、と溜め息を吐きながら軍神は腰を上げた。






()()の所へ行ってみると中々優秀な者だと分かった。比叡山に所縁が在るらしく僅かに抵抗があったが、不眠不休で勤めに励むせいで弱っていた心を乗っとるのは謙信には容易かった。


『殺せ』


意識を奪った後は生前に培った判断力で男に軍略を授ける。

()は少数』

『味方は大軍』

『敵の援軍は遠方』

『千載一遇の機会(チャンス)ではないか』


元々優秀だった男の力量と相まって呆れるほど手際良く手筈は整った。


『殺せ』


男の軍勢が総大将の逗留先に攻め掛かったの見て謙信は離れた。


(後は自分で何とかしろよ)


越後に帰る前に割合近くにある高野山でも寄って行くかなぁ、などと呑気な事を考えながら、謙信は火の手が回り始めた夜明けの寺を空から眺めていた。





「何故だぁぁぁぁ~!!」


()()()()()()()の前で絶叫していた。


自分が手配したのは覚えている。()を確実に倒すために万全の準備を整えた。それなりに自負があった物の、その作業に関わっている間、自分の頭の冴えはまるで()()でも降臨したかの様な神業と言える物だった。


しかしその()とは中国地方の毛利家であった筈だ。


羽柴殿が長年かけて播磨・因幡・但馬・備前と毛利の勢力圏を削り取り、本拠地の安芸から出てこない毛利家の本隊を備中高松城を水攻めにする事で引きずり出し、大殿・信長様の率いる最大戦力との決戦を強いる、その為の出撃だった筈だ。


「あ、あ、あ、あぁぁぁぁ~~~!!!」


光秀は頭を抱えて燃え盛る本能寺の前で蹲った。


「何故だぁぁぁぁ~~!!!」







越後まで後少し、という所で突然()()()()()()()柴田軍は退き始めた。


他の方面で織田勢が撤退したという報告は無かったが、不自然なまでに攻め込む動きが無くなった。


上杉攻略部隊の最大兵力を率いる柴田軍があっという間に退き、上杉家による追撃を警戒していた頃、ようやく越後にも京で起きた大異変の報せが届いていた。


何も考えていない幸せ者たちが「謙信公のご加護じゃ」「毘沙門天がお守り下された」と大はしゃぎしてまたしても年寄りたちに白い目を向けられていたが、一先ず目の前に迫った危機は去ったのだった。






後世、「本能寺の変」として知られる明智光秀の謀叛は、どう調べても動機らしい物が見つからないまま今に至る。


首尾良く信長親子を討った後も、細川忠興・筒井順慶といった姻戚たちが全く協力してくれず、朝廷や寺社からも距離を置かれ、何がしたかったのか謎なのだ。


機を見るに敏な事にかけては天才的な羽柴秀吉がまさかの軍勢高速移動(中国大返し)をやってのけ、山崎の合戦になった時もそうだ。


今でも大きな勝負の分かれ目を「天王山」と言う事がある様に、山崎で戦うならば付近の最高地点・天王山を押さえた者が勝ちである。


羽柴軍を迎え撃つ明智勢は羽柴軍より()()天王山に布陣していたにも拘わらず、羽柴軍が接近するとわざわざ下りてしまい、後から到着した秀吉勢が天王山を占領して戦いに勝利した。


合戦後に京の南郊・小栗栖で光秀が落武者狩りに逢ってあっさりと歴史から消えてしまった為に「何故」が分からないままになってしまった。


だから光秀が()()()()()()()を起こして以降、謀叛の成果を定着させる事も拡げる事もせず譫言(うわごと)の様に

「違う…、違う…」

と繰り返し、

「何故だ、どうしてだ…」

と虚ろな目で呟くだけで、何もしなかった訳を知る者はいない。

私が歴史物を扱うと何故かギャグになってしまう。謎です。

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