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モフモフ猫魔獣に転生した私は、イケメン公爵にモフモフ可愛がられるだけのスローライフが待っていました。  作者: 逆立ちハムスター


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未体験の癒し

窓枠の形に切り取られた日差しが、私の毛並みをじりじりと黄金色に焼いていく。

喉の奥で小さく鳴る「ぐるぐる」という音は、かつての私には出せなかった満ち足りた吐息。


重たい瞼を薄く開けると、磨き抜かれたガラスの向こうには、色彩の異世界が広がっている。そういえば旅行、随分と行ってなかったな。

宝石を砕いて撒いたような噴水、風に揺れる銀色の木々。


「……ああ、もう、働かなくていいんだ」


そう思うだけで、心までふわふわと綿毛のように軽くなる。

遠くで聞こえる庭師の鋏の音を子守唄に、私は再び、深い微睡みの淵へと沈んでいきそうだった。


「……平和ね。あっ、また寝そう」


この体になってからというもの、とにかく常に眠い。1日10時間以上は寝ている。でも不思議と爆睡はできない。でもなぜか心地よい。


昨日のギルとの言い争い(一方的にバカにされただけだけど)でささくれ立った心は、公爵邸の窓際で浴びる午後の日差しによって、とろとろに溶かされていた。レオヴィルには色々と思うところはあるけど、やっぱり感謝しなくちゃね。

……そう思ったはずだったのだが。


「待ちなさい、兄様! その無骨な指で私の天使に触れないで! ブラッシングは繊細な芸術アートですのよ!」

「ふん、カトリーナ。君は分かっていないな。ステラ・キャットの毛並みは魔力の流れそのもの。騎士団長として魔力を統べる私こそが、最も彼女を輝かせられるのだ」


私のアンニュイな午後は終焉し、視線を上げれば、そこには「伝説の聖剣」でも抜くかのような悲壮な覚悟で、ブラシを構えた美形兄妹が立っていた。


レオヴィルが手にしているのは、ドワーフの至宝と謳われるらしい『エーテル製の魔力循環ブラシ』

対するカトリーナが構えているのは、極彩色の羽があしらわれた『精霊の涙で磨いた琥珀のブラシ』

この体には色々な知識がなぜか詰まっているらしい。


(……ねえ。たかが猫のブラッシングに、国宝級のアイテム持ち出すのやめてくれない?)


私は呆れて「ふにゃ(勝手にすれば)」とあくびを漏らした。それが合図となった。


「まずは私だ! 天使よ、至高の指さばきに酔いしれるがいい!」


レオヴィルの大きな手が、私の背中を優しく、それでいて的確な圧力で撫で上げた。


(ひゃっ!? ……え、何これ。温かい……?)


エーテルの櫛が毛並みを梳くたびに、滞っていた魔力がスルスルと解けていくのがわかる。前世で蓄積された「キーボードの打ちすぎによる肩こり」や「万年睡眠不足の重だるさ」が、本物の魔法のように消えていく。


(くっ……! 癪だけど、気持ちいい……。あ、そこ、耳の後ろ……あぁ、そこはダメ……溶けるぅん♡……)


「あら、兄様のやり方は単調だわ。次は私ですわよ!」


カトリーナが琥珀のブラシを滑らせる。こちらは、まるで絹糸を一本ずつ整えるような繊細さだ。精霊の力が宿っているのか、地肌にひんやりとした清涼感が走り、思考が真っ白になる。


(抗えない……! これが権力(金)の力なの……!? 庶民の安マッサージとは次元が違う……!)


私はもはや、伝説の魔獣としてのプライドも、元社畜OLとしての理知もどこかへ投げ捨て、ゴロゴロと喉を鳴らしながら「もっと……もっとやって……」と、無様に足をピクつかせるしかなかった。


「兄様、やはりブラッシングだけでは不十分ですわ。この子の美しさを完成させるには、全身のケアが必要です」


一通りの決闘(?)が終わった後、カトリーナが鼻息荒く宣言した。

彼女が手を叩くと、王都から召喚されたという凄腕の調香師とマッサージ師達、さらには謎の「泥パック職人?」までもが部屋になだれ込んできた。


「さあ、始めなさい! 最高級の『アロマ泥パック・スペシャルコース』を!」


レオヴィルが「男の私が入るわけにはいかないか……」と血涙を流しながら退場させられた後、私はカトリーナと共に、特製の湯船(金箔入り)にいつの間にか浸かっていた。脳がとろけてしまって、もはや記憶が飛びかけていた。


(……待って。私、今、猫よね? なんで泥塗られてるの?)


私の全身には、死海の泥を三回濾過したような、しっとりとした黒い泥が塗りたくられていた。ものすごい魔力を感じる。隣ではカトリーナも、同じように顔にパックを貼り付け、優雅にハーブティーを啜っている。


「いい? これがレディの嗜みよ。……ふふ、あなた、泥を塗るとタヌキみたいで面白いわね」

「(誰がタヌキよ! え? いるの? これでも伝説の……あぁ♪ でもなんていい香り……)」情緒が飛ぶ。


部屋中に広がるのは、最高級のローズとサンダルウッドをブレンドしたアロマの香り、らしい。マッサージ師達の神業によって、猫特有の関節の強張りがほぐされていく。


カトリーナはパック越しに、ふっと寂しげな笑みを浮かべた。


「……本当はね、ずっとこうして動物と触れ合いたかったの。でも、アレルギーのせいで誰も近づけてくれなくて。兄様は仕事で忙しいし、私はずっと、一人で鏡を見て美しさを磨くしかなかったのよ」


彼女の細い指が、泥でぬるぬるになった私の頭をそっと撫でた。


「ありがとう、不思議な猫さん。あなたが来てから、この屋敷が少しだけ明るくなった気がするわ」


(……カトリーナ……。あんた、意外と良い子じゃない)


前世の私だって、本当は誰かとこうしてゆっくり美容の話をしたり、愚痴を言い合ったりしたかった。でも、現実は締め切りと数字に追われる日々だった。

泥パックの温かさが、心の奥底まで染み渡る。


「にゃ〜ん(ま、たまにはこういうのも悪くないわね)」


私はカトリーナの腕に、泥がついたままの頭を預けた。

「あら、服が汚れるじゃない!」と怒りつつも、彼女はとても嬉しそうに私を抱きしめてくれた。


仕上げはお風呂。

なんでもロバのミルクとか。よく分からないけど、高いだけあってものすごく心地よい。あぁ♪ 最高♡

ラッコのようにプカプカと浮く私は、同じくお風呂で癒されているカトリーナを見つめる。

カトリーナ、ありがとう。


結局、エステが終わった後の私の毛並みは、触れると火花が散りそうなほど(物理的に魔力で)光り輝き、歩くたびに高級香水の香りを振りまく「究極の美魔獣」へと進化を遂げていた。


「おお……! 眩しすぎて直視できない! まさに、私のために降臨した女神……!」


帰還を待ちわびていたレオヴィルが再び悶絶し、それを見たカトリーナが「私のプロデュースのおかげですわ!」と胸を張る。


(……ふん。これなら、あの野良猫ギルだって、私の神々しさにひれ伏すに違いないわ!)


私は鏡に映った自分のピカピカな姿に満足し、今夜こそは「本当のスローライフ(爆睡)」を堪能しようと決めたのだった。

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