私の怒り、そして先住猫達
こりもせず、カトリーナが再び私を奪い返そうとしだした。
「……いい加減に、しなさいよおおお!」
私の堪忍袋の緒が、ぷつりと音を立てて切れた。
目の前では、さっきからレオヴィルとカトリーナが、私の右前足と左前足をそれぞれ掴んで「私のものだ」「いいえ私のよ」と、まるでバーゲンの目玉商品を取り合う主婦のような争いを繰り広げている。いいえ、子供の喧嘩よ。
(ちぎれるーー!! 私はぬいぐるみじゃない! 伝説の魔獣なのよ! なめんな!!)
私は渾身の力を込め、喉の奥から威嚇の声を絞り出した。
「シャーッ!!(やめろっつってんでしょ!)」
その瞬間、空気が震えた。
私の体内にある、自分でも制御しきれていない強大な魔力っぽいものが、怒りに反応して暴走したらしい。私の足元から金色の波紋が広がり、庭園の芝生を飲み込んでいく。
「なっ、なんだ!? この神聖な輝きは!」
「ま、眩しい……! お花が、お花が爆速で育っていきますわ!」
数秒後。そこにあったのは、季節も植生も無視して咲き乱れる、膝の高さまである色とりどりのバラとユリ、そしてなぜか特大のひまわり、あとは分からない。庭園が一瞬にして、狂気を感じるほどのフラワーパークへと変貌を遂げていた。
「……素晴らしい。なんて雄々しい咆哮だ。怒った顔もまた、女神のように神々しい……!」
レオヴィルとカトリーナが頬を染め、うっとりと私を見つめてくる。
(……ダメだ、この人達。手遅れだわ。何してもポジティブに変換される。もう勝手にして)
私は脱力し、花の香りに埋もれながら、明日のスローライフこそは平穏であることを祈りつつ目を閉じた。
そして翌日の優雅な午後。昼寝をして、睡眠という快楽をたっぷりと味わった私は。
昨日の「大開花事件」のせいで、レオヴィルは「君の安全を確保するための結界を張る職人を呼ぶ」と、訳の分からないことを言い残し、今日は早めに出勤した。……職人より先に、自分の理性を治す医者を呼んだほうがいいと思う。
私は屋敷の使用人達の目を盗み、屋敷の裏手にある勝手口付近を散策していた。
すると、どこからか「ガツガツ」という、何かを貪り食うような音が聞こえてくる。
「……あら? 誰かいるの?」
物陰から覗くと、そこにはメイドの一人、リネットがいた。彼女は周囲を気にしながら、お皿に盛り盛りの「残り物」を地面に置いていた。
「はい、お食べ。今日は騎士団の食堂で余った、鶏肉のソテーよ」
リネットが去った後、私はその皿へこっそりと近付いた。
すると、家具で隠れて見えなかった先には猫が。一匹は、鋭い目つきをした銀色のシュッとした猫。もう一匹は、歩くたびにお腹の肉が揺れているグレーのおデブな猫だった。
「……ふん。今日の肉は、少し焼きすぎだな」
「とっても美味しいね。リネットはやっぱり料理の天才だよ。モグモグ」
銀色の猫が、生意気にも前足で肉を選別しながら喋っていた。……いや、喋ったわけじゃない。猫同士のテレパシー(?)のようなもので、私には意味が理解できてしまったのだ。
(えっ、先住猫? しかも、なんか態度デカいし!)
思わず足音が響いてしまった。銀猫が鋭くこちらを振り返る。
「……ん? なんだお前。ここは俺たちのシマだぞ。その首についてるキラキラしたもんを見せびらかすなら、さっさと失せろ」
「何よその態度。いらないわよ、こんなシマ! 私はレオヴィル……あの顔面国宝に誘拐されてきただけなんだから!」
私の反論に、銀猫は鼻で笑った。
「あーあ。お前が例の、森で拾われた『捨てられたキャット』か。公爵様に拾われて浮かれてるお嬢様かと思ったぜ」
「……誰が捨てられたキャットよ! 私はステラ・キャット! 伝説の魔獣なのよ?」
「ステラだろうが捨てられただろうが、関係ねえよ」
隣で「ムガムガ」と音を立てて肉を飲み込んでいたデブ猫……モグが、顔を上げた。口の周りにソースがついている。
「……んぐっ。ギル。新しいお友達? ねえ、君も食べる? リネットの料理はいつも最高に美味しいんだよ!」
「おいモグ、そいつは屋敷の中で高級品をたんまり食ってるんだ。こんな残りカス、食うわけねーだろ」
「ムカッ……! 残りカスって何よ。私は別に、贅沢したくてここにいるわけじゃないわよ!」
「はん」
食事を続けるギル。
「あはは、ごめんね。でも会えて嬉しいよ! 君が例の、お部屋で大事にされてる『捨てられたキャット』なんだね!」
「だから! ステラ・キャットだってば!!」
「あはは、ごめん。でも面白いね、君。僕はモグ。こっちは友達のギルだよ。僕たちは二人とも、リネットに名前をつけてもらったんだよ♪」
「……ふん! こんな派手なだけしか取り柄のないやつに、俺たちの名前を教える必要なんてねーよ。俺はもう食い終わった。行くぞ、モグ。お前も早く来い。こんな奴と一緒にいるところを見られたら、主人にチクられるかもしれねーからな」
ギルは最後にもう一度、私を蔑むように一瞥すると、軽やかな身のこなしで塀を飛び越えていった。
「あ、待ってよギル! ……ええと、ステラちゃん? またね! モグモグ……あー、美味しい。じゃっ!」
「…………」
一人、勝手口に取り残された私。
怒りと、なんとも言えない敗北感がこみ上げてくる。
(ムカつく! なんで猫如きに……私も猫だったけど……。でも、なんであんな言い方されなきゃいけないのよ! 捨てられたキャット!? 誰がよ! ムキー!!)
銀猫ギルの不遜な態度と、デブ猫モグのあまりにも平和すぎる食欲。
どうやらこの屋敷には、レオヴィルの溺愛に辟易している私とは対照的に、たくましく「庶民の幸せ」を謳歌している猫たちがいたらしい。
(あーあ、そうか。だから名前がモグなのね。……って、納得してる場合じゃないわよね)
私はふんっ、と鼻を鳴らした。
レオヴィルの過保護も鬱陶しいけれど、あのギルという猫の鼻を明かしてやらないと気が済まなくなった。
「よし、決めたわ。私はこの屋敷で、誰よりも優雅で、誰よりも『伝説』な猫生を送ってやるんだから!」
決意を新たに尻尾を振った瞬間、背後から「私の天使、ただいま戻ったよ!」という、聞き慣れた(そして暑苦しい)声がした。
(もー! 嫌なことを忘れる為に、少し頭をリセットさせたかったのに)
私の平穏への道は、ギルとの確執と、レオヴィルのいつもの異常な帰宅によって、今日も遠ざかっていくのだった




