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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼(大人の残酷童話)

作者: 闇河白夜

彼は幼少期、意地の悪い父方の祖母に独占された。彼は祖母に気に入られるため、生きるために媚びを売り、心無いおべっかを使うことを覚えた。祖母の喜ぶ自分を作り上げて演じ、本心は隠した。それでも、いつ自分が嫌われて捨てられるかと、常におびえて暮らした。その家に彼は存在しなかった。


その後、母が酒浸りの夫に愛想をつかし、彼を連れて出ていった。母には、媚びが通じなかった。ファザコンの母は、対人恐怖になって自分のもとに戻った弱い息子を許せず、彼の必死の演技をはぎ取り、その自分のない惨めな正体をさらしてはあざ笑い、暴言と虐待で徹底的にそのプライドと自尊心を破壊した。このとき、彼の存在は完全に消えうせ、ただ怒りと憎悪と悲しみだけが残った。


彼は超絶なほどの美形に生まれ、スタイルも抜群だったが、自分をこの世で最も醜くおぞましい化け物だと信じた。周りがどんなに誉めようが、それを嫌そうに否定し、寄ってくる女性には意地悪く酷い態度で接して追い返し、一人の友達もいなかった。


だが、いつしかそのきれいな顔も苦痛と憎悪にゆがみ、彼の思惑どおり、その内面と同じように醜く見えた。だが、それでも一人でふと鏡を見ると、世にもまれな美しい男がいるので、そのたびに深く傷ついた。彼の持つ美しさは、その全てがただの無駄な持ち腐れでしかなかった。




そのころ、他国との戦争が起きた。彼は喜んで志願した。くだらない人生でも、せめて最後に国の役に立ってから死ねるチャンスだと思ったのだ。だが死ぬことはなかった。戦地で爆発に巻き込まれたうえ、倒れた重機に頭を挟まれて圧迫され、面長の顔がひしゃげて丸くなり、輪郭が完全に別人のようになった。


それだけでなく、顔は赤黒く焼けただれ、あごも額も頬も、そこかしこがボコボコと膨れて腫れあがり、もとは筋の通った鼻も潰れて、ただ二つの黒い穴だけが顔の中央にぽつぽつとあいた。


右目は波打つ皮膚に埋もれて消え、丸い左目だけが、火口のような眼窩の中で、ぎょろぎょろと不気味にうごめいた。口は大きく裂けてカエルのように唇もなく、長くカーブした切れ目から、いくつもの形の悪い歯がむき出してのぞいた。髪は散り散りでほとんど残らず、焼け野原のようだ。顔のみならず、もともと猫背だった背中は大きく曲がり、その姿は、一見沼から這い上がった恐ろしい妖怪か、大鎌を持つ忌まわしい死神である。


これを初めて鏡で見たとき、彼はさすがに絶句した。が、見るうち、心が言いようのない喜びに満たされ、高揚するのを感じた。


これこそ、この世にもおぞましい化け物のなりこそが、本当の自分だ。生まれてから二十歳になる今日までずっと、超絶美形という似合わない皮をかぶって生きてきたが、真の自分はここまで醜く不快で、周りから忌み嫌われる、おぞましい存在なのだ。彼は生まれて初めて、自分のというものに納得ができた。もう存在しない偽りの自分ではない。ここに確実に存在する本当の自分を今、やっと取り戻したのだ。これからは、真の自分の人生を好きなように生きられる。彼は病棟で、周りの深い同情の視線を尻目に、何日も眠れぬほどに興奮した。




そこで終戦後、彼が祖国に戻ってやったのは、人生の完成のため、自分にあった、自分らしい生き方をすることだった。犯罪である。さすがに往来では包帯とサングラスで顔を隠し、コートの襟を立てて目立たなくしたが、組織に入ってからは、アジトの組員たちの前で包帯を取り、その顔の凄まじいほどの恐ろしさで、百戦錬磨のヤクザたちすら魂から震えあがらせた。その話声も、美形のときとは似ても似つかぬ低くドスのきいたしわがれ声で、まさに地獄の底から湧き上がる呪いの語り、喋るたびに部屋の壁がガタガタと振動するようだった。


彼は盗み、殺人、強姦と、なんでもやった。とくに被害者の女性に対し、その顔を見せて悲鳴をあげさせるのが何よりお気に入りだと、仲間内で嬉しそうに語っては嫌がられていた。だが、その外見どおりの行動をとり、見た目にふさわしい人生を送ることが、彼のもっとも納得できる生き方であった。彼の中身も、容姿と全く同じに根底から腐り果てていたのである。




だが犯罪組織はあっけなく壊滅し、逃亡した彼はスラムに身を隠した。だが収入はゼロでツテもなく、なにより顔を隠すのが大変で、次第に、なにもかもがめんどくさくなった。そこでふと、「そうだ、通り魔になろう」と思い立った。その考えは彼の中でみるみる膨らみ、かつてないほどに魅力的に思えた。


子供のころから、ドラキュラやフランケンシュタインなどの怪談や、妖怪、化け物のたぐいの話が好きでよく読んでいて、なにより「不幸な怪物が社会に受け入れられずに忌み嫌われ、結果、民衆に追い詰められて無残に殺される」という悲劇のシチュエーションに、胸を焦がれるほどの憧れを抱いていた。そんな最期ほど自分にふさわしいものはない、と素直に思った。


彼は毎夜、ナイフを片手に人気のない往来にひそみ、通りがかった者を手当たり次第に襲った。誰でもよかった。チャンスとあらば暗がりに引きずり込んで、口をふさいで喉をかき切ったり、あとをつけ、人目がなくなるや背中を刺して逃げたりした。たまに、相手の連れに顔を見られても気にしなかった。むしろ誇らしげに笑いかけさえした。


「善良市民、化け物に襲われる!」「醜い怪物の恐怖!」などと地元の新聞はセンセーショナルに書きたて、下手だが恐ろしい形相の人相書きが街じゅうに貼られた。警察は躍起になって彼を探したが、なかなか尻尾がつかめない。それもそのはず、彼はまさに妖怪らしく、マンホールの下の下水溝にひそんでいた。


最後はあっけなかった。真昼どき、空腹でマンホールから出た彼は、通りがかった少年に顔を見られた。少年は指さして「化け物だああ!」と叫び、大人たちがわんさと集まってきた。彼は「これこそ、願ってもない状況だ」と、通りを走りだした。無数の市民たちが憎悪の叫びをあげ、石を投げながらあとを追ってくる。


街はずれにどぶ川があり、追い詰められた彼は飛び込んだ。立ち泳ぎする彼の顔に何発も石が当り、彼はその痛みにへらへらと笑い、血まみれで至福の快感に溺れた。


これで、世界から拒絶される化け物として死ねる。これで自分らしい人生が、誰からも愛されず、ただ嫌われ、排除され、消されるだけの存在である本当の自分が、今ついに完成するのだ。「かわいそう」とか言うなよバカ。(「彼」終)

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