ファニー・オーシャン2043
ファニー(奇妙)でオーシャン(太平洋のこと)です。パシフィックは省略されました。
相変わらずアメリカ側視点と他者視点からはアラビア数字、日本側視点からは漢数字を使っています。
ユリウス暦2042年9月から2043年10月の太平洋ははなにもない1年だったと言える。
戦争しているのに太平洋は平和だった。一隻の船さえも沈んでいない。
後にファニー・オーシャン2043と呼ばれる事になる。
当事者の一方であるアメリカ海軍はエセックス級正規空母の就役を待ち訓練に勤しんでいる。小型空母6隻も就役した。週刊護衛空母や日刊護衛駆逐艦も続々と就役を始めている。
ただ戦争開始後に立てられたエセックス級空母とアイオワ級戦艦の増産計画は変更されていた。ハワイが長期間使えない事が判明したために一部が大型浮きドックの建造と工作艦の建造に回されたのだ。
片や一方の当事者、日本海軍に正規空母の追加はない。商船などの改造空母が数隻増えたくらいでお茶を濁さざるを得ない。来年になっても装甲空母一隻と中型正規空母一隻が増えるだけだ。
駆逐艦もたしいて増えない。海上護衛戦力として対潜対空を重視した一千トン未満の戦時急造海防艦が多数建造されているが、就役は二千四十三年冬以降だった。
なんとしても空母の隻数で有利な内にアメリカ海軍を引っ張り出したいが出てこない。ダッチハーバーではそこまでの脅威とは見られなかったようだ。
ならば、と二千四十三年九月一日に発動されたのが《 嶺号作戦 》である。
[シアトル強襲とパナマ封鎖を同時に行い政治的に圧迫し、日本への反抗開始時間を早めアメリカ海軍を強引にギルバート諸島攻略に引っ張り出す。時間が経つほど戦力の差が開く。日本としては南雲艦隊 ’ を含めても二千四十四年秋以降は対抗不能と見ている]
作戦内容だが
パナマ封鎖作戦はパナマの周辺で潜水艦による通商破壊戦の展開。もちろん遠すぎるので、旧南雲艦隊’の潜水艦戦隊が実行部隊となる。何しろ十日ごとに艦内物資が元どおりになるのだ。水中行動時間も長い。他艦の例からすれば爆雷の直撃を受けても船体は破壊されない。
インチキな潜水艦が無ければ考えられなかった作戦である。
この潜水艦各艦には、対潜能力向上に伴う静粛性向上策が施されている。これまでは放置されていた水中騒音の発生源を耐震ゴムなどを使用し大幅に減少させている。甲標的は積んでいない。
各潜水艦は本土を出港した後、南方でバナナ・パイナップル・パパイア・マンゴーなどの果物を積んでトラックで休養を取りギルバート諸島経由でパナマに向かった。
作戦期間は往復を含め三カ月間とされている。
十月十五日、パナマ沖に到着した潜水艦戦隊は作戦を開始した。休養を取るための空の船倉部分が改装された望洋丸(健洋丸 ´)と護衛に入間(利根 ´)と荒山(霰 ´)が付いてきている。各艦とも当地で電探を装備し対空兵装も増やしている。人員も追加で当地の人員が配置されている。
改装した場合は十日ごとの物資回復に影響されず改装した内容が保たれることは確認済みだった。ドックや艤装岸壁だと船体に手を入れることも可能だった。大変都合の良い機能?であるが、改装した部分に搭載された当地物資は回復しなかった。そこまでご都合主義ではないようだ。
潜水艦戦隊から開始した旨の通信が受信され北米大陸太平洋側南部で通信量の増大が確認され、北部太平洋を航行中の嶺部隊(南雲艦隊 ’) には、本土から作戦続行の電文が届いた。
「まさか、また単冠湾から出撃するとは思わんかった」
「全くです」
「単冠湾に終結したときは戻れるかもしれんと期待したのだがな」
「本当です」
「軍令部と連合艦隊はこんな欲張った作戦考えてどうする気なんだ」
「我々でなければ不可能でしょう」
「それはそうだが片道三千五百海里は厳しすぎるな。大艦はともかく水雷戦隊はきついぞ」
「水雷戦隊のことを考えて豊根丸(東栄丸 ´)の改装をし風呂とベッドを付けましたから」
「それでも航行しながらの休息はきついだろうに」
「帰ったら温泉にでも放り込みますか」
「そうだな。往復すれば二週間の休暇は出さんとな」
などと南雲長官と航海参謀が話していたりする旗艦の空母葛城長官室。
ハワイが事実上使えないので周辺の哨戒網は緩かった。潜水艦はおろか航空機との接触も無しにシアトル沖八百海里まで接近している。ここで豊根丸に護衛の薬師(霰 ´ )を付けて帰路につかせた。後に追いついて合流する予定だ。
作戦内容は「シアトル軍港攻撃」「ピュージェット・サウンド海軍造船所攻撃」「シアトルのボーイング工場攻撃」「バンクーバー島軍港攻撃」の四点でバンクーバー島軍港攻撃は規模の点からついでのような扱いになっている。
攻撃時間は日本時間で十月十九日となっている。攻撃して減った弾薬が翌日には元通りに。十の付く日だから、十日・二十日・三十日の三回機会はある。
さすがに六百海里まで近づいたときに哨戒艇に発見された。速攻で撃沈したが電波は発信後。こちらの存在がバレた。
「電波管制解除。総員警戒配置。艦隊第二戦速」
矢継ぎ早に長官から指示が出される。
「強襲になるのはわかっていたことだ」
「ここまで出しているとは思いませんでした」
「軍令部の見積もりが甘いな」
「こちらのことは彼らの領分ですので、致し方ないかと考えます」
「さて、艦橋に上がるぞ」
「ハッ、お供します」
「長官入室」
敬礼に対する答礼の後
「艦長。速力このまま。夜間もいけるな」
「当然です。そのように鍛えてあります」
「航海参謀、艦隊速力と隊形このまま。念のため各艦の間隔を千まで開ける」
「ハッ、直ちに各艦に指示を出します」
「参謀長、空母全艦に通達。翌〇七:〇〇にシアトル攻撃隊発艦始め。目標飛行場」
「長官、軍港ではなく飛行場ですか」
「うむ。航空機の攻撃を受けたくない。いくら艦が不死身だろうともな」
「直ちに通達を出します」
その頃、アメリカ本土では市民のみならず陸海軍もパニックになりかけていた。
海軍基地では
「間違いなくこちらに来るな」
「目標はどこなのでしょうか」
「君はどう考える」
「我々のいるここ(バンゴール海軍潜水艦基地)と、ピュージェット・サウンドと考えます」
陸軍基地では
「上陸は無いと考える。ダッチハーバーも上陸はしなかった。シアトル市からの問い合わせがうるさいが、上陸しても少数部隊による一部施設の破壊が目的で占領は無いと答えておいた。また少数部隊なら撃退出来るとな。日本は遠すぎる。補給も出来ないのに占領するわけなかろう」
「目標はもちろん海軍の造船所でしょう」
「そうとも言えんぞ。ボーイング社だ」
「ボーイング社だと困りますね」
「爆撃機の生産が減るのは困るな」
「先程、各地に救援要請を出しておきました。すぐに返事が来るでしょう」
海兵隊は最新戦闘機F4Uを40機飛ばすことにしたが、今からだと現地到着が午後11時頃になり夜間編隊飛行と夜間着陸が出来る技量ではない、として翌黎明に飛ばすことにした。技量優秀なパイロットはヨーロッパに送っているのだ。
海軍はサンディエゴで練成中の空母部隊を緊急出撃することにした。ただ、パナマ沖に日本の潜水艦が現れ通商破壊戦を始めている。そちらにインディペンデンス、プリンストン、ベロー・ウッドの小型空母3隻を対潜警戒に回していた。
シアトル救援に向かったのは、緊急出港が可能だったサラトガ、ヨークタウン、ホーネット、ワスプ、エセックスと洋上で訓練中だったエンタープライズ(Ⅱ)、キアサージの計7隻。他の艦は練成不足でまだサンディエゴに配備されていない。2隻だけ先行させなかったのは真珠湾攻撃部隊と同じ規模だとやられるだけと考えたからだ。7隻なら600機以上の艦載機で十分対抗可能と考えている。7隻の空母が護衛を従え近いということで燃料消費を気にせず洋上を驀進する。
陸軍航空隊も似たようなもので、20機のP-38と30機のP-40を翌朝飛ばすことにした。
現地にも活動中の航空機がいる。現地の受け入れ能力の関係でこれ以上は無理があった。ボーイング社の飛行場は完成した機体が並んでいる。空きはない。
普通に考えればシアトル襲撃は翌日の午後以降であり間に合うと思われていた。日本艦隊が巡航速力なら。誰も夜を徹して第2戦速で向かってくるとは思っていなかった。
「帽振れ」
天文薄明の時間に次々と発艦していく第一次シアトル攻撃隊。搭乗員はこの時間に東へ向かいたくはないが命令とあらば飛ぶ。ほぼ全員黒眼鏡な所が可笑しい。
さすがにシアトル手前から迎撃を受ける。弾が当たっても機体は大丈夫だが、ぶら下げている危険物に当たると機体が耐えられるかわからない。不安はある。
護衛の零戦二一型は二十ミリ機銃の弾倉のみ百発入りに変更されている。他に変更は無い。だがこれで継戦能力は大幅に上がった。
迎撃に上がってきたP-40を阻止し、編隊はシアトル上空に侵入。
九七艦攻は八十番を滑走路に投下し大穴が開く。格納庫は吹き飛ぶ。九九艦爆は降爆でボーイングの工場棟を吹き飛ばす。徹甲ではなく通常(陸用爆弾)なので炸薬量が多く威力が凄まじい。戦闘機隊も地上を銃撃したかったが、地上銃撃は厳に戒められている。
続いてやってきた第二次攻撃隊は海軍工廠に重大な損害を与えた。
「効果はどうか」
「ハッ、飛行場に関しましては十分な打撃を与えました。ボーイングの工場と海軍工廠は再度攻撃の必要性有りと認められます」
「……良し。軍港とバンクーバーは攻撃しない。ボーイングの工場と海軍工廠を再攻撃する。但し、一回のみだ」
「長官。軍港とバンクーバーはよろしいのですか」
「参謀長。余裕があればだが。時間が後になるほど敵も増援を送ってくるだろう。無理はせん」
「いえ、私もそう考えておりまして確認させていただきました。それにサンディエゴにいるだろう空母も気になります」
「貴様はそちらの方をやりたいのだろうな」
「全員、陸よりも船だと思っているでしょう」
「俺もそうだ」
「では、陸上攻撃はあと一回で、敵機動部隊に備えることでよろしいですか」
「そうしてくれ」
第三次攻撃でボーイングの工場はぼぼ吹き飛び、海軍工廠も残骸になっていた。
アメリカ軍の増援戦闘機がやってきたのはその頃で、激しい空中戦が展開されたが弾数と速度以外は無敵に近い零戦隊に酷い目に遭わされた。
その頃アメリカ海軍機動部隊はようやく隊列を整え、サンフランシスコ沖をシアトル沖に向かっているところだった。まだ戦闘は発生していない。
次回更新 11月9日 05:00 予定
この嶺部隊( 南雲艦隊 ’ )は、後に嶺から零と呼ばれることが増え零部隊と公式に呼ばれるようになります。
キアサージはヨークタウン(Ⅱ)のはずのエセックス級空母です。キアサージの名前を使ったので、キアサージは別の名前に。
積んでいる機体は、F6F、SBD、TBFです。7隻で600機もF6FとTBFの主翼折り畳みが有ればこそ。緊急出港なので甲板係止などしている時間はありません。




