第一章 誰か夢だと言ってくれ!!!⑥
六
中田明人にとって、『水嶋シュウ』としての学生生活は当初の予想に反して、順調だった。
まず、完全にお手上げだと思っていた剣や魔法は、実際に試してみると身体が覚えているというような感覚で、勝手に出来た。何の支障もなく、誰かに教えを乞うこともなく、不自然なくらい自然に優秀な生徒として振舞うことに何の問題もなかった。
魔法学などの学問も、脳内に無意識のうちに答えが浮かび、それを口にするだけでよかった。中田明人として生きてきた学生生活では、平均点ギリギリを維持するためにどれだけ無駄な努力をしたのかと嘆きたくなるほど、元々の脳みその出来が違うのか、それともこれが転生チートというヤツかは分からないが、とにかく出来過ぎて困ることはあっても、出来なくて困ることは皆無だった。
一番の懸念材料であった水嶋シュウという鬼畜メガネキャラとしての振る舞いも、あまり口数を多くせずにいれば、その冷たい美貌と鋭利な視線が幸いして、勝手に周りが誤解してくれた。その上、全身から自然に滲み出る近寄りがたいオーラのせいで、親しいもの以外を寄せ付けることはなかった。まあ、これは幸いなのか災いなのかの判断は明人にとっては微妙なところだが……。
それに、明人は水嶋シュウとしての学生生活を送っていて、自分が勘違いしていた大いなる事実に気付いた。
その大いなる事実は、明人の心を格段に軽くしていた。
まさに古代の哲学者が閃いた時のように『エウレーカ』と叫びだしたくなるほどだ。
明人が気付いた事実。それは、ここがいくらBLゲームの世界であっても、明人の知る限り『受けは一人だ』ということだ。
それは逆に考えれば、自分を含めた全員の攻略キャラが攻めであるため、相手が主人公でなければカップリングが成り立たないということだ。
その上、いくら総受けの主人公と言っても、全員とカップリングされるハーレムルートなる主人公の身が心配になりそうなシナリオは、明人の知る限り用意されていなかったはずである。更に主人公は初心設定だったはずなので、複数の男を同時に相手にするなど、キャラ崩壊も甚だしいことはさすがに世界観上あり得ないだろう。
その全ての推論をもって、明人は一つの結論にたどり着いていた。
『主人公が水嶋シュウルートに入らなければいいんじゃね?』である。
その結論を得てからというもの、明人の前途には光が射し始めた。
明人は水嶋シュウとしての役割を担いつつ、他の攻略キャラとのルートに入るように主人公を誘導してやれば、荷が重いBLゲーム内であっても一定の自由を得た人生を送れるはずだと、そう確信していた。
攻略キャラは何も水嶋シュウ一人ではないのだ。
ゲームの主人公には、他の攻略キャラと幸せになってもらえばいいし、それを水嶋シュウとして明人が冷やかしたり祝福したりすればいいのだ。
明人は他人のBLには寛容である。自分でなければ、愛は等しく尊いものだとそう思える。
そして、明人が勘違いしていたのはそれだけではなかった。
この世界はBLゲームの世界なので、存在するのはほぼ男だけだと思っていた。
だが、この学園が全寮制の男子校であるだけで、学園の外にはたくさんの女性たちがいたのだ。もちろん、男女共学の学校や女子高なんかもある。
休日に学園の外に出た時に、明人は初めてその事実に気付き、胸を撫で下ろした後、一人で心の中で喝采を叫んだものだ。
そうなると水嶋シュウに転生したことも意味は変わってくる。
水嶋シュウという男は、圧倒的にヴィジュアルがいいのだ。
もちろん、それぞれ攻略キャラたちはヴィジュアルが群を抜いているが、その中でも水嶋シュウはその冷たい美貌が近隣の学校に通う女子達に大うけであった。
休日にカフェのテラス席に座っているだけで、キャーキャー言う女子達の声が途切れることがない。
こんなことは明人の今までの凡人人生史上、起きたことのない奇跡であった。
この事実に気づいてからは、明人は休日になると女子の嬌声や歓声を浴びに街へ繰り出すことが大いに増えた。表面上は涼しい顔をしながら、内心は小躍りしているのだが、いまのところその中身と外身のギャップを誰かに気付かれたことはない。
とにかく、中田明人にとって、水嶋シュウに転生したことは今のところ僥倖といって差し支えないほど、その恩恵に与っていたのだった。




