間章、1
間章『姉ちゃんの特別授業』
一
それは、明人がまだ水嶋シュウになる前のこと。
最近ハマったBLゲームの素晴らしさを布教することに目覚めた姉の中田美空が、とりあえずまずは弟から感化させようと必死の努力をしていた頃に遡る。
「ちょっと!聞いてるの?明人!」
スマホを弄って退屈そうにしている弟の明人に、姉の叱責が飛ぶ。
聞いているのかと言われても、聞いてはいるが聞きたくはない。そんな口に出せない複雑な思いを、弟は抱えていた。
そんな弟の気持ちなど忖度せず、姉は自論を繰り広げる。
「いい?これは、本当に素晴らしいゲームなのよ!明人だって、絶対にハマるから。ハマり過ぎて、沼落ちして、抜け出せなくなるから。ここは天国の底なし沼なんだから。いい?」
(いや、天国に底なし沼があるのは嫌だよ、姉ちゃん。)
そんな思いを口には出さず、視線に乗せて明人はアピールしたが、やはり姉には届かなかった。
姉は得意げに続ける。
明人は、姉は暇なんだと結論付けていた。ならば、付き合わねばならないのが弟の悲しい宿命だ。
「まずは復習です。私が好きなのはどの方ですか?」
ディスプレイに攻略キャラが全員集合したスチルを映し、姉が物分りの悪い生徒に教えるような柔らかで丁寧な口調で尋ねてくる。
明人はため息を飲みこんで、素直に応えた。
「そのメガネの水嶋何とかだろ?」
「シュウ様よ!」
即刻、姉による訂正が入る。
明人はどっちでもいいだろ?そんなもんという言葉を飲みこんで、静かに頷いた。
姉は軽く咳払いをすると、授業をするように続けた。
「まず、このゲームは恋愛アドベンチャーゲームですから、目的は恋愛です。主人公と攻略キャラの殿方たちとの尊い愛を眺めて楽しむモノです。ここまで、いいわね?」
「ああ。選択肢で好感度を上げて、個別ルートに進んで、ハッピーエンドを目指すんだろ?」
あまりに長くなりそうなので、姉の説明を少しでも短くしたい一心で今まで聞いていたことを纏めて端折って、明人は答えた。
ちゃんと理解しているらしい弟に、姉は満足そうに頷く。
「そうです。素晴らしい。ちゃんと聞いていたようですね?」
イラつくほど丁寧な口調に、明人はこの場を逃げ出したくて堪らない気持ちを隠さずにいられなくなりそうだった。ただ、そんなことをすれば、地獄が待っている気がするので、そこまでの勇気がない明人に出来るのは必死に耐えることだけである。
豪傑ではない弟には、忍耐が何よりも必要だった。
そんな弟の気も知らず、姉はディスプレイに新しいスチルを表示させながら、この茶番を続けていく。弟の事情を斟酌する気は一切ない。
「本来、攻略キャラというのは、出来るだけ仲良くなれるように努力して、好かれる様な選択肢を選んで、そうしていくことで二人の愛を育み、ハッピーエンドを目指すものです。この『学園ハーレム』でも、殆どのキャラはその道筋を辿れば、ハッピーエンドを迎えることが出来ます。まずは、好感度を上げて学園祭のフォークダンスのパートナーになり、個別ルートに進み、愛の試練を超えて、その先にハッピーエンド。これが定石です。ここまでいい?」
とりあえず叱責を受ける前に、明人は姉の話に大きく頷いておいたのだった。




