第六章 学園祭、その後……⑪
十一
明人は、そのまま足早に寮の自室に帰ろうとした。
だが、そんな明人の後を、ちょこちょこと小走りで付いてくる鈴木ハルト。
今日は特に理解不能の行動をしてばかりの鈴木ハルトの存在が、明人は目障りで気になって仕方なくなり廊下の真ん中で立ち止まった。
ため息とともに振り返り、あまり機嫌の良くない声で尋ねる。
「……何だ?」
前を行く明人が突然立ち止まったせいで、急ブレーキをかけたようになり前につんのめりながら鈴木ハルトは立ち止まって明人を見上げた。
「……し、心配なんです。お、送ります。」
強者を見上げる小動物のような視線で明人を見上げて、もじもじしながら明人の質問に答える鈴木ハルト。
明人はため息を重ねた。
「……必要ない。」
「……で、でも。」
鈴木ハルトは諦めが悪く何か反論しようとするので、明人は独断で話を切り上げて鈴木ハルトから視線を外した。
(……もう放っておこう。どうせリーチの違いで、そのうち追いつかなくなるだろ?)
背が高く、足が長いという水嶋シュウの利点を最大限に生かせば、鈴木ハルトを振り切ることなど造作もない。
ただでさえ、今は寝不足で本調子ではないし、頭痛がひどくなっているのだ。
理解不能の鈴木ハルトに構う余裕などない。
明人はそう結論付けて、先程よりも速度を上げて歩き出し、一気に鈴木ハルトを振り切ることにした。
今までなら、ここまでやれば鈴木ハルトは諦めて、すごすごと皆が待つ慰労会の会場に帰るはずだった。
だが、今日は何故かめげもせず懸命に小走りで追いかけてくる。
「み、水嶋さん!!」
必死に明人の背中に呼びかけてくる声すら聞こえる。
明人はその声に煩わしさを感じたが、それ以上に引っ掛かりを覚えた。
今の響きに、圧倒的な違和感があったのだ。
(……ん?……コイツ、俺のこと今まで『副会長』って呼んでなかったか?)
その事実に気付いた途端、明人の身体に理由の分からない戦慄と恐怖が走る。
そのショックは、明人の足を止めさせるに十分だった。
またも足を止めた明人に、鈴木ハルトが小走りで追いついてくる。
肩で息をしながら、鈴木ハルトは明人を見上げる。
明人は愕然として鈴木ハルトを見下ろした。
(……水嶋って、呼んでなかったよな?)
そもそもあまり面と向かって自己紹介をした記憶すら怪しい。そのくらい鈴木ハルトとは距離を置いていたはずだ。鈴木ハルトだって優しくもなく親しくもない先輩のことを、副会長という役職で呼んで一定の距離を取っていた。
だが、今はどうだろう?
取っていた距離をわざわざ詰めてくることばかりして、あろうことか名字で明人のことを呼び始めている。それに、どれだけ追い払ってもめげずについて来ようとする。
それは、もう懐いた小動物の行動であり、それと同時にまるでドSの主を定めたドMの行動ではないのか?
明人は自分で辿り着いたあまりにも恐ろしい可能性に、驚きのあまり言葉も出ない。
そんな明人の気も知らず、鈴木ハルトは上がった息を懸命に整えながら、じんわりと額に滲んだ汗を手の甲で拭っていた。
「……頭、痛いんですよね?……はぁ、はぁ。」
小走りで付いてきただけで、コイツは何故こんなに息が上がっているのか?
普段、運動不足なのか?
それとも、必死さを伝えるための演出か?
明人は更に強く痛みだした頭を抱え、リーチの長さがこれほどの状況を自然に生み出すのか否かを気にすることで、この場でギリギリ正気を保とうとしていた。




