第六章 学園祭、その後……③
三
ようやく脳みそが軽く稼働し始め、とりあえず明人は起き上がった。
まだその場に座ったままの姿勢で、きょろきょろと辺りを見回す。
そこは、昨夜寝落ちした屋上だった。
固まった身体を軽くほぐしながら、大きく伸びをする。
明人には今、脳みそを更に稼働させるための酸素が必要だった。
何度か欠伸をして、首をぽきっと鳴らした後、ようやく少しだけ頭がすっきりしてくる。
「……あっ……、んっ…。……っ。」
すっきりした明人の頭に響いてきたのは、鈴木ハルトの妙な声だった。
鈴木ハルトは明人が起き上がった後も大して動くことなく、涙目で何かを必死に耐えながら唇を必死に噛んで声を押し殺している。
(……コイツ、何やってんだ?)
鈴木ハルトの行動の意味が分からず、鈴木ハルトを見つめたまま明人は首を傾げた。
(……確か、足が痺れてるって、言ってたか……?)
確かに、そう言われてみれば、鈴木ハルトは足が痺れている人間によく見られる苦悶の表情をしているようだ。先程から上げている妙な声も、足が痺れているのを必死に耐えているのだとすれば説明はつく。
「お前はいつまでここにいるんだ?」
足が痺れている人間をそのまま置いていくのもどうかと思い、本当はもう屋上から立ち去ろうと思っていた明人は鈴木ハルトに尋ねてみる。
「……ま、まだ……、足が……。」
どうやら質問の仕方を間違えたようだ。
明人としては足が良くなったら帰るのかを聞きたかったのだが、これでは足が痺れている人間を無理矢理動かそうとしているように聞こえなくもない。ただ、鈴木ハルトの足が痺れていないのなら、屋上に用がないのは理解出来た。
(…確か……、足が痺れるのは……血流が阻害されるからだよな…。)
まだ寝起きの頭で、明人はそんなことを考える。
(だったら……、どうすればいいんだ?)
足の痺れに有効な方法が思いつかず、明人は首を捻って唸る。
(んー?……血流を良くすればいいのか?)
このまま鈴木ハルトを放っておくことはあまり得策ではない。本当は無視して帰りたくて仕方がないが、それもそれでドMの思うツボな気もするし。かといって、足が痺れてすぐには動けない鈴木ハルトを明人が運んでいくのも面倒だ。
とりあえず、明人は鈴木ハルトの足をつついてみることにした。
「……。」
その場に座ったまま無言で、鈴木ハルトの足をつつく明人。
「ひゃっ!」
鈴木ハルトは悲鳴を上げた。
明人は、よく分からないが、今の行動を続けることにした。何もしていないと、鈴木ハルトの足の痺れが収まるまであまりにも暇で手持無沙汰だったからだ。
「ひやっ!やっ!……あっ!や、やめてっ!!……っ!!」
連続で悲鳴のような妙な声が上がる。
それでも明人は構わず、鈴木ハルトの痺れた足をつつきまわした。
終いに鈴木ハルトは泣き始めた。
「……やっ!!やめてっ!!や、んっ、やめてくだ……さいっ!!」
「……。」
鈴木ハルトが泣き始めたことで、明人は少し我に返った。
(……何してんだ、俺は。)
さすがに、それ以上つつきまわす気にはなれず、明人はその場から立ち上がった。
どうしようもなくアホな行動をしていたような気がするので、それを誤魔化すように咳払いをする。
「……足はどうだ?」
ついでに自分の行動には深遠な意味があったっぽさも付け加えるように、白々しいほど淡々とした表情で尋ねてみる。
鈴木ハルトは涙を拭いながら、足をそっとさすっていた。
「……さっきより、大丈夫……です。」
「そうか……。」
本人が大丈夫というのなら、きっと大丈夫だろう。
明人はそう結論付けると、まだ座ったままの鈴木ハルトを見下ろして続けた。
「俺は行く。」
「……えっ?」
まだ涙の残る瞳で明人を見上げて、鈴木ハルトは驚いた。
その鈴木ハルトの表情に少しバツが悪い思いを感じ、そっと視線を外すと逃げ出すように明人は歩き出す。
「……世話を掛けた。ゆっくり休め。」
ただ、さすがにそのまま立ち去るのはあまりに非道だと思ったので、去り際に捨て台詞のように言い置くことはしておいた。
そそくさと屋上から逃げるように立ち去る明人。
水嶋シュウが立ち去った屋上の扉を、鈴木ハルトはその後もしばらく見つめ続けていた。




