第六章 学園祭、その後……②
二
ふっと気が付くと、明人の視界には空が広がっていた。
意識を手放した時は暗かった空が、何故か薄く白み始めている。
「ふ、副会長。」
上から降りてくるように聞こえる声の主を探して、視線を彷徨わせると、声の主は情けない顔でこちらを見下ろしていた。
白み始めた空を背景にして、鈴木ハルトがこちらを見つめている。
「あっ!」
明人の目が開いたことを確認して、鈴木ハルトの顔に笑みが広がった。
「目が覚めたんですか?」
子犬が飼い主を見つけて尻尾を振る時のような顔で、こちらに語りかけてくる鈴木ハルト。
どうやら明人は仰向けの状態になっているようだ。
目が覚めてまず初めに、かけ慣れ始めたメガネを明人は探した。
しかし、メガネは顔にもない。頭の上にもない。その上、自分が持っているわけでもない。
明人が目覚めて動き始めると、鈴木ハルトは明人を見下ろしたまま話し始めた。
「あ、あの、……お、起きたなら、あの、そ、そろそろ。どいてください…。」
何故か頬を赤らめ、鈴木ハルトは明人にそう要求してくる。
(……どく?)
鈴木ハルトの要求の意味が分からず、明人は鈴木ハルトを裸眼でじっと見つめた。
「お、俺、…も、もう、あ、足が、痺れて……。」
(……足?)
じっと見つめられた鈴木ハルトが、もじもじと動かしたことで、明人は自分の頭の下に鈴木ハルトの足があることを何となく認識した。
「……?」
(……えっ?…これ、いったい、どういう状況?……どうなってんの?)
何故、仰向けに寝ている状態の明人の頭の下に、鈴木ハルトの足があるのか?そして、その足が痺れているのか?
状況が理解できず、明人はとりあえず自分に理解できていることの質問をすることにした。
「俺のメガネはどこだ?」
「こ、ここです。」
鈴木ハルトは律儀に質問に答えると、制服のポケットから水嶋シュウのメガネを取り出した。
差し出されたメガネを受け取り、明人はしっかりと掛ける。
「あ、あの、メガネ、大丈夫ですか?……み、水嶋さんが眠った時に、落ちてしまって、……拾ったんですけど。」
「そうか。」
おずおずと鈴木ハルトは説明するが、掛けた感触からしても特にメガネに問題はなさそうだ。
メガネのおかげでクリアなった視界で、辺りを見回す。
この鈴木ハルトも今しがた説明していたが、どうやら明人は疲労困憊のあまり屋上で寝落ちしていたようだ。花火が上がっていた時は、とっぷりと夜が更けていたが、現在は夜空も白み始めている。
「今何時だ?」
「えっと……。」
スマホを取り出そうとしてもたもたしている鈴木ハルト。
明人は鈴木ハルトから答えを得ることを早々に諦め、自分のスマホを取り出した。
「……五時か……。」
(……おい、大分寝たな、俺。)
既に日付は変わり、完全に学園祭は終了しているようだ。
取り出したスマホにはたくさんのメッセージが届いており、明人はそのままの状態でメッセージに返信し始める。
『すまない。寝ていた。』
スオウや他のメンバーにとりあえず自分の状況を端的に説明して送り、スマホを仕舞い込む。こんな早朝では、どうせ向こうからの返信は期待できまい。
「あ、あのー……。」
スマホを片づけた明人に、恐る恐ると言った様子で鈴木ハルトが声を掛けてくる。
「……そ、そろそろ、ど、どいてください……。」
明人を見下ろして懇願するような口調の鈴木ハルトは涙目であった。
(……そういえば、どくって何だ?)
先程も、鈴木ハルトがそんなことを言っていたのを思い出す。まだ目が覚めてすぐの脳みそでは、完全に事態を把握できているとは言い難かった。
「……あ、足が……、んっ、……痺れ……てっ……。」
自分でもじもじと動きながらも、びくっびくっと反応する鈴木ハルト。
涙目でこちらを見下ろしながら、唇を噛んで何かに必死に耐えている。
(……妙な声を出すんじゃない。)
明人は少しの間、そんな鈴木ハルトをメガネ越しにじっと見上げていた。




