第五章 戦慄の学園祭、到来!!⑥
六
学園祭はようやくフィナーレを残すのみとなっていた。
途中、様々なトラブルは起きたものの、優秀な生徒会執行部の面々により無事に解決され、今のところ中止となるほどの事態には至っていない。このままいけば、学園祭は大盛況のまま幕を閉じることが出来そうだった。
先程までは運営用の本部に引っ切り無しに訪れていた者たちも、今では疎らになり閑散とした会場は祭の終わりの少し寂しげな空気を纏い始めていた。
フィナーレは校庭でキャンプファイヤーが焚かれ、その周りで生徒たちがフォークダンスを踊る催しが開かれる。これは、BL学園の創立以来の伝統行事である。
フィナーレの前に、生徒以外の訪問者は退場させられるので、フィナーレの参加者に外部からの客はいない。それ即ち、女子の参加のない男子生徒だけ(一応、例外として教員の参加は認められている)のフォークダンスという地獄の(性的指向如何によっては天国の)催しがこれから始まろうとしていた。
さすがにここまでくれば大丈夫だろうと、明人は一人、一日中詰めていた運営本部になっている生徒会室を抜け出す。
この時間までフル稼働だったせいで、疲労感が半端ない。
朝からずっと問題の対処に当たっていたが、いくら水嶋シュウのポテンシャルをもってしてもそろそろ限界だ。
生徒だけになった校内は、それでもまだ祭りの余韻でところどころ騒がしい。
いい加減、人ごみにうんざりして明人はふらふらと人けのない場所を探し始めていた。
それでなくても、今日は最後まで気を抜かずに主人公・鈴木ハルトをまだ避け続けなければならないのだ。
(……フォークダンスから、一番遠い場所は……?)
キャンプファイヤーの炎から逃れるように、疲労困憊の身体を引き摺り、最後の力を振り絞るようにして校内を進んでいく。
そして、全ての喧騒から離れた明人は、屋上へと到着した。
屋上の扉を開けて、ふらふらと進む。
到着した屋上の手すりに身を預けて、明人はようやく大きく息を吐いた。
(ここまで来れば誰も来ないだろ……。)
眼下に遠く見えるキャンプファイヤーの炎。
今頃、あの炎の周りでは男子生徒だけが参加するフォークダンスが始まり、野郎が野郎の手を繋いで輪になって踊るという何が楽しいのかも分からない地獄絵図が繰り広げられているに違いない。
疲労困憊の明人にはもうそんな精神的ショックに耐えるだけの体力ゲージが残されていなかった。
それでもさすがに優秀なBL学園の生徒たちは違う。屋上からは一人一人が豆粒大にしか見えないが、かなりの数の生徒が真面目にフォークダンスに参加しているようであった。
今頃、主人公・鈴木ハルトもあのフォークダンスの輪の中で、誰かと祭りの終わりを名残惜しく感じながらも楽しく手に手を取ってダンスを踊っていることだろう。
(……結局、誰の手を取ったのやら……。)
水嶋シュウという攻略キャラの一人でありながら、明人は遠い出来事のようにその光景を感じていた。
誰かとフォークダンスを踊り、その誰かと幸せになるために未来へと進んでいく主人公・鈴木ハルト。そのルート上に、水嶋シュウはもう攻略対象として存在しえない。
その事実が、疲労困憊で重たすぎる明人の身体を唯一軽くしていた。
鈴木ハルトの相手が誰になったかなど、この際どうでもいい。水嶋シュウでさえなければいいのだ。それに、どうせ攻略キャラは生徒会の誰かなのだから、わざわざ聞きに行くことなどせずとも、そのうち漏れ聞こえてくるだろう。明人は後日、その二人を祝福さえすればいいのだ。
(……やっと、やっとだ……。)
転生してからここまでの日々を思い、報われた努力を噛み締める。
明人はついに脱力して、手すりに持たれながらずりずりとその場にへたり込んだ。
「……はははは。」
力なく笑いだす明人。
もう立ち上がることすら出来そうもないが、心は満たされていた。
(……やった!やったぞ、俺は!)
「はははは。」
水嶋シュウでは漏れ出る笑い声すら何かを企む悪辣な響きのようになるが、それでも良かった。
誰も聞いていない時くらい、自由に笑わせてほしかった。
明人はついに自由な未来を手に入れたのだから。
誰もいない祭りの後の屋上では、しばらく水嶋シュウの笑い声が響き続けたのだった。




