第一章 誰か夢だと言ってくれ!!!③
三
『剣と魔法の世界で絆と愛を育む学園ファンタジーBLアドベンチャー。』
(パッケージの裏には確かそう書いてあったはずだ。)
中田明人は、とりあえず自分の物ではないベッドに座って、努めて冷静になるように心がけて深呼吸を繰り返していた。
理屈は全く分からないが、一晩寝て起きたら取り巻く環境の全てが激変していた。いや、環境だけではない。何より自分自身の存在が激変していた。身長が伸びて成長したとか視力が落ちたとか、そんなことは些末なことだ。
昨夜まで『中田明人』だった自分が、朝起きたら『水嶋シュウ』になっていたのだ。
(……これが、俗にいう転生というヤツか!?……いや、転移?いや、転生?もう!細かいことはどっちでもいい!!)
突然晒されたストレスフルな状況に、明人は頭を掻きむしった。
(……何で、よりによってこの世界なんだよ!?)
異世界転生という状況だけでも手いっぱいだが、よりにもよって転生した先が何故この世界なのか?明人が引っ掛かっているのは、特にその点であった。
(……だって、BLだぞっ!?)
気づいた頃には既に腐り始めていた姉が、最近どっぷりハマっているBLゲームが転生先であることが、明人の心を掻き乱していた。
(……だって、俺、ノーマルだよ?本来、普通のDKだよ?荷が重すぎるって……。)
脳内を駆け巡っていくのは、姉に見せつけられたおすすめシーンのスチルの数々だ。
明人はそもそも異性愛だけが世界の全てではないと思っているし、例えば友人が同性愛者であったとしてもそうなのかくらいで特に感慨を持つわけではないが、自分がそうならなくてはならないとなれば話は別だ。
(……俺、おっぱいの方が絶対いいんだけど……。)
男のイチモツなど見せられても、萎えはするが興奮する性癖は持ち合わせていない。性的指向はそうそう変えられるものではない。
だが、この世界はBLアドベンチャーなのだ。
世界の理が異性愛ではなく、同性愛なのだ。
こういうゲームの場合、女性キャラは主人公と攻略キャラの仲を邪魔してくる悪役か、ストーリーの行きがかかり上どうしても必要な道しるべのようなキャラか、あとはモブと親族と相場が決まっている。
BLという状況自体のハードルが高すぎるのに、これから異性愛を諦めて生きていかなくてはいないのか……。
(……まだ、彼女の一人も出来たことないのに……。)
明人は転生してすぐに世界に絶望し始めていた。
(……その上、何でよりによってこのキャラなんだよ……。いや、主人公とか絶対無理だけど……。)
総受けである主人公にでも転生した日には、全ての攻略キャラに狙われかねない。それを全て無視して学園生活を送るなど絶対に無理だろう。一人を避けて別の道に入ったところで、その道の先に別のキャラのルートが配置されていてもおかしくない。
明人の姉ほどストーリーを熟知していれば、ルートの切っ掛けに気付くことが出来て任意のルートを進めるかもしれないが、如何せん明人にはこのゲームに対する知識が乏しすぎた。興味のない姉の話を聞き流し過ぎたことを今更後悔しても遅いが、今は後悔くらい許してほしかった。もしも自分の身に災いが降りかかってくることを事前に知っていれば、もっと真剣に姉から必要な知識を学んでいたというのに……。
(……俺、優秀でもないし。平均的なDKなんだけど……。鬼畜メガネなんて、務まらない、絶対。)
姿見の中からは弱音を晒すかのような表情で水嶋シュウがこちらを見ている。
本来のキャラなら絶対にしない表情だろうし、もししたとしたらファン垂涎のご褒美シーンになることは請け合いだろう。
(……姉ちゃんなら、踊り狂うだろうな……。あのシュウ様が、主人公にだけ本当の気持ちを吐露してくれたのっ!とか言って……。)
明人のため息は深くなるばかりで、憂いを帯びた水嶋シュウは鏡の中から明人をじっと見つめてくるだけだった。




