第四章 小動物vs鬼畜⑤
五
「シュウ様はね。本当に美しいのよ。何をしていても、一幅の絵画のようなの。木漏れ日の中、裏庭のベンチに座って読書をしているスチルがあるんだけどね、それがまた最高なの。長ーい足を組んで、軽くメガネを直したりしながら、本当に知的でステキなのよ!!」
裏庭のベンチに足を組んで座り、書類に目を通し始めた明人の脳内に、姉の声が蘇る。
裏庭のベンチは柔らかな陽が降り注ぎ、めっきり涼しく過ごしやすくなった秋の風が、爽やかに吹き、水嶋シュウの髪をそっと揺らしていく。今日は風も強くなく、読んでいる書類が風に乱される様なことも起きはしなかった。
最近、忙しすぎて生徒会室に籠ってばかりで帰るのも日が暮れてからだったので、明人は久しぶりに日光を浴びている気がして、晴れ渡った空を見上げると目を細めた。
(……俺が今、あのシュウ様になってるって知ったら、姉ちゃんはどう思うかな?)
眼鏡を直しながら、明人は何となくそう考えた。
この異世界にやってきて既に半年ほど経つが、姉と過ごした日々は懐かしいくらい遠くの出来事になっていた。それくらいこちらの世界での水嶋シュウとしての明人の暮らしは濃密なものだった。ただ、濃密過ぎて一瞬に過ぎ去ったような気すらしてくるのも不思議だ。
姉に教えられたたくさんのゲーム攻略情報はまだ思い出せないことも多いが、もうすぐ学園祭がやって来る。ここまで、一度だけ運悪くイベントに遭遇してしまったが、あれ以来、水嶋シュウとしてイベントに遭遇したことはない。明人にしては良くやっていると言っていいだろう。このままいけば、学園祭が終わる頃には明人はこの世界で自由を手にしているだろう。
(水嶋シュウルートに進まないってなったら、姉ちゃんは歯ぎしりして地団駄踏みそうだな……。)
怒り狂って暴れまわりそうな姉の姿を想像して懐かしさを感じ、明人はそっと笑った。
水嶋シュウルートに分岐させないことによる姉への罪悪感はない。明人にとっては、絶対に自分の未来の方が大切だった。
柔らかな秋の木漏れ日を浴びながら、穏やかな時間を過ごす明人。
(水嶋シュウじゃなきゃ、誰と幸せになるかな?アイツ……。)
水嶋シュウの前では、いつも外敵を前にして巣に引っ込む前の小動物のような態度の鈴木ハルトの姿を思い出し、明人は笑みを深くした。
穏やかな気分の中、明人は再び書類へと目を落とす。
もうすぐ学園祭準備期間も終わる。
忙しいのは相変わらずだが、学園祭が終われば明人の中で圧倒的に何かが変わる。未来への希望が持てる。
なので、それまでは忙しいことを嘆きながらも目の前の仕事を片づけていくほかないのだ。
やれば終わる。やらねば終わらぬ、何もかも。
そう自分に言い聞かせて、明人は書類の処理のために集中することにした。
運命の学園祭は、すぐ目の前に迫っていた。




