第四章 小動物vs鬼畜④
四
学園祭準備で校舎内はいつも以上に騒々しい。
クラスの出し物や模擬店。それに文化部の活動発表。それぞれが自分の活動の発表の場であるために意気込んでいて、そのエネルギーが校舎内には充満していた。活気があると言えなくもないが、静かに作業をしたい人間にとっては何とも不都合な場所であった。
賑やかな校舎内を通り抜けて、少しでも静かで落ち着ける場所を探すべく歩を進めていく明人。
ただでさえ忙しいというのに、作業場所まで奪われた明人だったが、さすがに鈴木ハルトのことを恨む気持ちにはなれなかった。
それどころか、少し心が痛むのを感じていた。
ただ、そんな甘さを一瞬でも見せたら何が起きるか分からない。ここはそんな世界である。一寸先はBL展開。何が作用するか分からない罠だらけの道を進んでいるのだ。
だから、明人は自分の心の痛みを見て見ぬふりして、冷徹な態度をぐっと我慢して続けていた。
(……それもこれも、学園祭が終わるまでだ……。)
学園祭が終わり、明人の未来の安全(主にBL方面の)が確実になれば、さすがにその後に他の人間との仲を切り裂くかのようなイベントが無理矢理起きるようなことは考えにくい。そうなれば、主人公・鈴木ハルトをここまで警戒しなくてもよくなっていくだろう。ただ、急に態度を変えるのも違和感があるので、少しずつ徐々に優しくしていってもいい。明人は心から鬼畜なわけではないのだ。
(……学園祭での働きとか、褒めたりしたらいいな、たぶん。)
明人が徹底的に拒絶&無視しなければ、もう少し二人の接点も生まれてくるだろう。何より生徒会メンバーではあるので、協力する必要性だって出てくる。そんな時、円滑な人間関係が築かれていた方が絶対に有利なはずだ。
忙しない校舎を抜けて、少しでも静かな場所を求める明人は涼しげな表情の裏でそんなことを考えていた。
中身は平穏を望むありきたりな男子高生である明人にとって、このまま主人公・鈴木ハルトを無視し続けるのは精神的な負荷が大きすぎる。今も自分を見ては小動物のように怯える鈴木ハルトに出くわすたびに、ちょっぴり傷つき、悪いことをしているかのような罪悪感に襲われる。こんなことは長く続けたくなかった。ただでさえ転生して他人を生きることになった明人には、生まれつき同一人物として生きてきた者よりも別の困難が多いというのに、更にこのまま特定の人物を避けながら生きていくのは無理難題が過ぎるのだ。
それに、もしも鈴木ハルトが他のキャラと幸せになる道を選んだ後、あまりに態度が悪い水嶋シュウを人生から徹底的に排除されたら寂しい。鈴木ハルトの持つ選択肢の中のキャラは押しなべて明人とも関係性の深い者たちである。なので、明人は鈴木ハルトとその相手の未来を祝福したいし、何なら結婚式には呼んでもらいたい。そこを仲間外れにされたら、絶対に落ち込む自信がある。
(……式で出しものとかしたくないけど……。)
水嶋シュウが祝福の歌とか歌うなんてキャラ的に無理だし、楽器とか出来るのかは分からないし、面白おかしいこととか似合わな過ぎて罰ゲームを通り越して出席者を凍りつかせそうだし……。
水嶋シュウの出席者としての姿を想像し、明人は一つの結論にたどり着く。
(祝福のスピーチが妥当だな。)
スタンドマイクの前で、スピーチを淡々とする水嶋シュウのしっくりくる姿を想像したところで、ようやく明人は落ち着けそうな場所を発見した。
そこは、裏庭にあるベンチである。
さすがに裏庭にあるベンチまでは、校舎内の喧騒が届くことはないようで、静かで落ち着いた空気が流れていた。
(ここで少し時間を潰すか……。)
作業場所を求めて移動してきた明人は、秋の空気が満ちた裏庭にあるベンチへと狙いを定めて向かったのだった。




