第四章 小動物vs鬼畜③
三
それから瞬く間に時は過ぎ去っていった。
学園祭の準備に忙殺される毎日は音速で過ぎていってしまう。
一つ仕事をこなしたかと思えば朝が昼になり二つ仕事が増え、その仕事をこなしたかと思えば夕方になり、明日の仕事の準備もしなくてはならない。
そんな中、順調に生徒会メンバーの一員として明人の指導の下で成長していく南野タケルは、立派な戦力となっていた。
(さすがだな。さすが、攻略キャラ。無駄に優秀だ。実に頼もしいヤツだ。)
元々の要領の良さのおかげで飲みこみも早く、学園祭を待たずして独り立ちできそうなほどの成長を見せる南野タケルのポテンシャルの高さに、明人は満足していた。
もう一人の新メンバーの指導の進捗状況には一切関わらず、明人は少しずつ南野タケルに任せる仕事の負荷を増やして独り立ちの時期を探っていた。
「あっ、副会長。ここなんですけど……。」
今日も南野タケルは余すところなくその優秀さを発揮して、学園祭の運営のための雑事をテキパキとこなしている。その合間に、分からないところをこちらの手が空いている隙を窺いながら聞いてくるという何とも気の利いた芸当を平然とやってのける。
「何だ?」
こちらも膨大な書類をチェックしながら、明人は将来有望な新メンバーの指導に熱を入れていた。
「分かりました。ありがとうございます。」
質問も終わり、タケルは学内の見回りのために忙しく去っていく。
この分なら、もうそろそろ指導係の仕事も終わりかと、その背中を見送る明人。しっかりと吸収して成長する後輩というのは、実に気分のいいものであった。
学園祭の準備が本格的に始まると、仕事が天文学的に増え、そのせいで生徒会室にメンバー全員が集まる機会も格段に減っていた。誰かしらは何かの用事で外に出ていることが殆どである。
今日も、タケルが去って行った生徒会室には、書類の山と格闘する明人だけが一人残されていた。
そんな室内に、ノックの音が響く。
そのノックの音を聞いた途端、明人は嫌な予感がした。
控えめに叩くのでもなく、かといって無遠慮に叩かないのでもなく、リズミカルというよりはオドオドとしたそんな音のノックである。こんな音を出すのは、明人の知る人間では一人だけである。
「あの、失礼します。」
「………。」
入室の合図とともに、明人の予想通りの人間が姿を現した。
明人は手近の書類を軽くまとめると、席から立ち上がった。
室内にやって来た人物は、明人の姿を見つけるとあからさまにたじろいだ。
明人は極力その人物を視界に入れないようにして、用事があるとでも言うように書類の束を抱えて歩き出した。
そのまま生徒会室を速やかに後にしようとして、扉へと向かう明人。
自分の傍を無言で通り過ぎていこうとする明人に、室内へとやって来た人物・鈴木ハルトは勇気を振り絞るようにして思い切って声を掛けた。
「あ、あの!」
「……何だ?」
さすがに話しかけられてまで無視するほどの根性の悪さも図太さも明人には備わっていない。なので、嫌々ながら返事をした。
「か、会長は、その、どちらに、いますか?」
勇気を振り絞った鈴木ハルトの声は、すぐに尻すぼみになる。
明人は視線を合わせずに答えた。
「知らん。自分で探せ。俺は忙しい。」
言うことだけ言うと、今度こそ明人は生徒会室を出ていく。
イベントを起こすことが運命づけられているかのような主人公・鈴木ハルトと生徒会室に二人きりなど、そんな状況では何が起こるか分かったものではない。ここは早々と立ち去って時間を潰して、他のメンバーが揃ったのを見計らって帰ってくる方が得策だ。他の人間がいれば、そうそう滅多なことは起きないはずだ、多分。
前回の失敗から学習した明人は、あからさまに主人公の存在を避けて、それを相手にも見せつけることにより嫌な奴に徹していた。
(……どこか、静かなところは……?)
しばらく生徒会室が使えない以上、別の作業スペースを確保しなければならない。
明人は喫緊に処理せねばならない書類の束を抱えたまま、廊下を歩き出したのだった。




