第一章 誰か夢だと言ってくれ!!!②
二
「おっ。」
思わず声が出てしまうくらいにはメガネはピッタリだった。
顔への馴染み方も、度数も、全てがまるで自分のために誂えたようにばっちりだった。
思いがけない偶然の一致に、今日という日への期待がさらに膨らむ。
クリアになった視界で、明人は周囲を見回す。
顔には微笑みが自然と浮かんでいた。
だが、その微笑みはすぐに張り付いたようになり、思考が固まった。
はっきりとした視界を得たはずの明人の脳内に浮かんだのは疑問符だけであった。
(ど、どういうことだ?)
恐慌を来しそうな脳内で、それでも現状を把握しようと試みる。何か救いになりそうなものに縋りたくて、必死に周囲を見回した。
(……へ、部屋が、違う?ここは、どこだ?)
見覚えのない室内にいる自分。だが、記憶をいくら探っても、そんな状況に陥った理由が見当たらない。
昨夜は、いつもと同じようにベッドに入ったはずだ。
姉によって散々興味のないBLゲームの講釈を聞かされて、精神的に消耗した状態だったとはいえ、自分の部屋を間違えるわけはない。大体、自分の部屋を間違えたとしても、自分の家の中から出ていないはずなのだから、見知らぬ場所にいるはずはない。
(ゆ、夢か!?)
起きたつもりでまだ夢の中という可能性も捨てきれず、ベタではあるが明人は自分の腕をつねってみた。
「……っ!」
痛みはあった。
(夢じゃないのか!?)
状況が分からず、余計に混乱する。そんな中でも痛覚は正常に機能しているようで、その痛覚が明人に現実を知覚させた。
きょろきょろと辺りを見回し、他に何か現状を把握する助けとなりそうなものを探す。
すると、部屋の隅に置いてある姿見が目に入った。
先程までは身長が伸びた気がして、確認してみたくなった鏡だが、いまはそれどころではない。何が起きているのか分からないまま、明人は縋るようにして姿見に突進した。
だが、姿見に全身を映し、明人は絶句する。
「………。」
姿見というものは自分の姿を映して使う物だ。
だが、これはどういうことだろう。
初めは、この姿見が実はイタズラ用の物で、鏡としての機能を有してないのではと疑ったが、どうもそうではないらしい。
明人の動きにぴったりと寄り添い、左右逆転した像を明人に見せつけてくる。
明人が動いたと意識している動きのまま、姿見はトレースした像をその鏡面に映し出す。
(……鏡は正常なのか?)
だとすれば、何が正常ではないのか?
「……どういうことだ?」
重々しい声音で絞り出すように疑問を口にする明人。
だが、よくよく考えれば、今朝起きてからずっと違和感はまとわりついて離れなかった。
その違和感の正体が、この鏡に映っている現実ということなのかもしれない。
(……こ、コイツは……。)
鏡の中から驚愕の表情でこちらを見つめているのは、連日に渡る姉の布教で脳内にこびり付いた姉の推しキャラ『水嶋シュウ』、その人であった。




