第三章 運命のイタズラ⑥
六
(……ここまで言えば十分か?)
明人はチクチクと痛む罪悪感を見ないようにして、主人公・鈴木ハルトへと言葉を重ね終えた。同情もせず、優しい言葉を掛けるでもなく、これほど冷たく指摘してくるような相手なら、今後近づこうと思わないだろう。
そっと鈴木ハルトの様子を窺うと、今度は怒りと悔しさで瞳に涙をいっぱいに溜めていたが、今のところドMっぽい反応は見せていなさそうだった。
(これ以上は、ドMの才能を開花されても困る。早々にお引き取り願おう。)
「これに懲りたら、二度と俺に近づくな。仕事の邪魔だ。」
とどめのように言い放ち、眼鏡越しに冷たく見下ろして見せる明人。
(こんなもんか?)
まだドS鬼畜メガネとなって日は浅いが、今の混乱した状況でなら上手く出来た方だろう。この辺りで主人公鈴木ハルトを解放したのなら、水嶋シュウのことを嫌なヤツだと思うだけで、異常な性癖を目覚めさせたりしないはずだと信じ、明人は鈴木ハルトの拘束を解くために魔法を観察した。
(…くそっ、自分で発動させた魔法ながら、見事だな。こういう時は、本当に水嶋シュウの天才性が疎ましい。)
観察すればするほど緻密で素晴らしい魔法に悪態をつく。あまりの緻密さで今の距離では細部まで確認できないので、今の状態では魔法は解けそうもない。
何がフラグになり、性癖を開花させるきっかけになるかは分からないので、これ以上、鈴木ハルトを刺激するのは避けたいが、魔法を解かないという選択肢も不味い。なので、明人は致し方なく要注意人物である主人公へともう少し接近することにした。
(もう少しだけ……。でも、十分に距離を取って……。)
細心の注意を払い、一定の距離を維持しつつ近づいていく。
ぎりぎり魔法の全容が把握できそうな距離まであと一歩。
そこまで明人が歩を進めた時、突如それは起こった。
「っ!!」
ガタンッ
「!!」
二人分の驚愕の視線が重なる。
驚いた拍子に、鈴木ハルトを拘束していた魔法は解けた。
拘束が解けた途端、鈴木ハルトは明人の身体を突き飛ばし、室内から逃げ去った。
突き飛ばされた衝撃でよろよろと後ずさった後、室内に一人残された明人は驚愕したままその場に立ち尽くしていた。
(……今、俺……)
明人は信じられない思いで自分の手を見つめていた。
「……。」
そんな明人の脳内に、天啓のように姉の言葉が降りてくる。
「だから、最初のイベントはね。生徒会室なのよ。やって来た主人公に仕事の邪魔されて、シュウ様はご立腹して、それで!こうして!こうよ!」
その時、姉が一人で壁に向かって実演していた映像も一緒に思い出した。
(……確かに、こうして、こう、だった……)
自分のことながら、酷く遠いことのように感じるが、姉の実演通り、現実は起きていた。
簡潔に言葉で説明するならば、壁ドンしてキスだ。
実際に起きたことは全く違うが、結果だけ見れば同じことである。
(……だって、唇掠ったよな……、多分。)
実際は近づいた拍子にぶちまけられた書類を踏んだ明人が足を滑らせ、主人公の背後に手を付き、その勢いのまま主人公にぶつかりそうになり、寸でのところで耐えはしたが、殺し切れなかった勢いで唇が掠めていったのだ。
「はぁ……。」
明人はやり切れない思いを吐き出すように大きくため息を吐いた。
(……どうしてこうなる?何で、イベントが向こうからやってくるんだよぉぉぉぉ!!)
明人は両手で顔を覆って項垂れた。
そんな明人の脳内には、まだ姉の言葉の続きが再生されていた。
「いい?イベント名は『突然のキス』よ!!」
歓喜に溢れた姉の声を忌々しく思い出しながら、明人はしばらく立ち直ることが出来なかった。
せっかく沸かしたコーヒーもいつの間にか冷め切ってしまった。




