第三章 運命のイタズラ⑤
五
「こんなの……、酷い……。……離して、下さい……っ。」
泣きながら懇願してくる鈴木ハルト。
明人は頭を掻き毟りたくなった。
「うるさい!」
明人が発した声音は、まるで八つ当たりのように響く。
本当は混乱した頭で少しでも早く魔法の解き方を考えようとしていたので、静かにして欲しかっただけなのだが……。水嶋シュウの冷徹な声では、そんなふうに響かない。
それでも、とりあえず鈴木ハルトの元へと近づいていく。
自分が発動した魔法なのだが、咄嗟に出たもの過ぎて近くで見てみないと詳細が分からないからだ。
しかし、冷酷にしか見えないメガネの先輩の接近は、鈴木ハルトにとっては恐怖でしかないのだろう。目に見えて鈴木ハルトは身体の震えを大きくして、顔に恐怖を張り付けていた。
その鈴木ハルトの表情を見ながら、明人は別の思考回路で全く違うことを考えていた。それは、目の前で次々と起きる厄介な出来事にキャパオーバーとなった柔な明人の精神が麻痺し始め、現実逃避することで辛うじて正気を保つという、いわば精神の自己防衛のような状態であった。
(……いいな、コイツ。素直に感情が表情に出せるなんて……。水嶋シュウの顔って、表情筋が動かないんだよな……。美容機器とか使ったら、イケるのか?)
「こっ、来ないで!……お願い……。」
(そう言われても、近づかないことには魔法も解けないんだよな……。)
「……ごめん……なさい。……散らかしたの、……っ、……謝ります。」
「謝るくらいなら散らかさないでくれ。」
多分、本来ならこんな時は怯える後輩相手には優しい言葉を掛けるものだし、これ以上怯えさせるなんて以ての外だ。本来の明人なら、自分に攻撃の意思はないことを表明し、両手を上げながらなるべく穏やかな笑顔で語りかけていたはずだ。だが、水嶋シュウというキャラの設定上、そんな行動は許されない。だからこそ、何も優しい言葉は口から零れ出ず、代わりに淡々とした冷酷な指摘が口をついて出たのだ。
それに明人自身もここまでくると何だかバカバカしくなっていた。
自分の意思とは裏腹に、事態が勝手に進んでいってしまう。
そもそも、荷物をぶちまけたのは相手だというのに、明人はそんな相手を助けようと魔法を咄嗟に使ったというのに、感謝されるどころかまるで加害者の様になっている。
「帰れと言ったはずだ。何故、帰らない?」
あの時点で帰っていれば、こんなことにはならなかったはずだ。現在の事態の責任の一端は自らの愚かで後先考えない行動であると、この主人公・鈴木ハルトも理解するべきだ。明人だって望まない事態を引き起こした責任を、被害者面して泣き喚く鈴木ハルトにも感じて欲しかった。
「……だって、」
「荷物をぶちまけ、仕事を増やし、その上、泣き喚いた揚句、助けてもらった相手に暴言か?」
泣いている相手に対して、こんな言い方をしてもどうしようもないことは明人だって分かってはいたが、無防備で無遠慮に近づいてきた挙句、イベントを始めようとするような奴にはこれくらい言っても許される気もした。
「た、助けてって……。そんなの……。」
「ふんっ。先程、俺が魔法を使わなければ、お前が立ち上がろうとした時、お前の頭の上に荷物が落ちてくるところだったんだぞ。それは、助けたうちに入らんのか?」
淡々と懇々と理詰めで主人公を追い詰めるように言葉を重ねていく。
(もう、この際、とことん嫌われよう。そうしたら、コイツもちょっとやそっとじゃ俺に近づこうと思わんだろう。)
距離を取ろうと画策した明人の作戦は、主人公が自らやって来ることで失敗した。ならば、これからは主人公が近づきたくないと思わせるように仕向ければ、明人から近づくことはないので、両者に適切な距離が生み出されるのではないかと思い、明人はこの際なので苛烈な方向に作戦変更することにした。
主人公・鈴木ハルトに嫌われるために、明人は敢えて更に強い口調で責め立てていく。
「本来、学園の敷地内は許可された場所以外で魔法は使用禁止だ。生徒の模範となるべき生徒会の副会長であるこの俺が、その魔法を使用したということは、緊急事態であるということだ。お前はそんな緊急事態を引き起こしておいて、被害者面で泣き喚いているだけか?」
「そ、そんな……。」
明人の言い分に何も言い返すことが出来ず、鈴木ハルトは下唇を噛んで俯いた。ただ、悔しさを滲ませた表情の中で涙は止まっていた。明人に対する負けん気が、涙を止めたようだった。
泣き喚かなくなった鈴木ハルトに、明人は尚も続ける。泣いていないなら、より言いやすい。
「それとも、この期に及んで助けて欲しいなどと言っていないとでもお前は言うつもりか?お前はこの部屋に入って来た時点で既に荷物をぶちまけるほどの粗忽者であったというのに、次に落ちてきた荷物は避けることが出来たとでも言うつもりか?俺に指摘されるまで、自分の頭上に荷物が落ちて来ていたことすら気づくこともなく、助けられたことすら気づかなかったお前が?」
「……。」
明人の言葉に、さすがに主人公は押し黙った。




