第三章 運命のイタズラ④
四
(あ、危ねぇ!)
明人は反射的に魔法を鈴木ハルトへと向けていた。
向けたのは風の魔法を応用した身体拘束用の物だ。
明人が考え事に没頭しているうちに、鈴木ハルトは更なる苦境へと自分を追いやろうとしていた。
それを未然に防いだ形の行動だが、緊急事態だったせいでなりふり構わない状態になってしまった。
(コイツ、無鉄砲にもほどがあるぞ……。どうしたら、あの状態で立ち上がろうなんて思うんだよ。)
巻き込まれ体質という性格設定の付けられた主人公ではあるが、これでは巻き込まれ体質ではなく注意力の欠如だ。ただおっちょこちょいで迂闊なだけだ。
明人は主人公・鈴木ハルトの性格設定に疑問を呈した。
「何をしている?」
とりあえず今後の安全のことも考えて、指摘してやらないと可哀想だ。このままではいくら命があっても足りない。
明人は拘束したままの主人公の元へと近寄った。
近寄るついでに、主人公が立ち上がろうとした拍子に落ちそうになった荷物を元に戻すことも忘れない。こういうところは水嶋シュウの洞察力がなければ気づかないところだ。以前の明人だったら、荷物は更にぶちまけられていたし、何なら明人と主人公の二人で大ケガしていてもおかしくない。
(……重いな、この箱。スオウのヤツ、ここに何入れやがった?)
重いものを頭上に収納するなど、バカのやることだ。万が一、頭の上に落ちたらどうするつもりだったのか?
明人はスオウに後で説教しようと固く心に誓った。その際に、荷物を片づけさせることもである。
拘束されたままの主人公・鈴木ハルトは、明人の接近に明らかに怯えていた。
その様子を確認して、明人の心に罪悪感が芽生える。
咄嗟のこととはいえ、魔法を使って拘束するなど、あまり褒められた手段ではない。いくら身の危険が生じかねない状況だったとしても、原則的に魔法は学園の敷地内では特定の場所以外で使用禁止であるし、有無を言わさず拘束されたのでは怯えるのも致し方ない。
それに、冷静に考えてみれば、魔法を使うなら落ちてくる荷物の方を風の魔法か重力の魔法で浮かせておけばよかったのだ。何も先輩相手に怯える後輩を魔法で拘束する必要などどこにもなかった。
明人は怯える鈴木ハルトを見つめ、拘束を早く解いてやらねばと思った。
だが、咄嗟に魔法を捻り出したせいで、解き方が分からないことに気付いた。
(えーっと、風の魔法を消せばいいんだよな……。ん?このまま、適当に消しても拘束された人間は無事なのか?)
慌てていたこともあり、思ったよりも高度に魔法式を組み上げていたようで、単純に魔法を消し去っても大丈夫なのかが分からない。水嶋シュウは魔法学の天才だが、明人はただの凡人であることでラグのようなバグのような状態の思考回路になり正解が分からなくなっていた。
まさか、眼の前の人物が魔法の解き方を見失っていると思わない鈴木ハルトは、理由も分からず拘束されたままの理不尽な状況の中で、ついに涙を我慢できなくなっていた。
「……な、何で、こんなこと……するんですか?」
ぼろぼろと大きな涙の粒を流しながら、感情のまま哀切に訴えてくる鈴木ハルト。
明人は鈴木ハルトの号泣に明らかに狼狽えた。
明人としては、鈴木ハルトを助けたつもりなのだが、どうやら上手くそれが伝わっているとは言い難い状況だ。
しかし、鈴木ハルトに伝わっていないのは、それだけではなかった。
今、明らかに明人が動揺していることも、そのせいで魔法の解き方が余計に分からなくなっていることも、何なら何を答えたらいいかも見失って二の句が継げなくなっていることも、全てが鈴木ハルトには伝わっていなかった。伝わらない原因は、もちろんどんな場合でも余裕綽々に見える水嶋シュウの冷やかな外見のせいであった。
「お、俺は……っく、ひっ……。」
明人が沈黙を続ける間にも、鈴木ハルトの涙は止まらない。
明人はどうにもならない上に、自分の手に負えなくなり始めた事態に絶望したまま、心の中で絶叫した。
(だ、誰か!助けてくれぇぇぇぇぇぇ!!!!)
だが、そんなことを知らない鈴木ハルトには、眼の前の冷酷な鬼畜メガネが失態を犯した自分を弄んでいるようにしか見えてはいなかった。




