第三章 運命のイタズラ②
二
明人が財布を受け取ったことで手持ち無沙汰になった主人公・鈴木ハルト。
財布を受け取ったことで、用は済んだと室内へと取って返す明人。
これでこの場はお開きとなるはずだった。
だが、忘れてはいけないのは主人公・鈴木ハルトの真面目さと健気さ。それに、開花するかもしれないドMの才能だ。
主人公・鈴木ハルトは止せばいいのに、水嶋シュウの威圧感から逃れた隙に立ち上がり、律儀にぶちまけた荷物を片づけようとし始めた。水嶋シュウにビビったのなら、このまま捨て台詞のように謝罪の言葉を残し、早々に立ち去るのが最適解であるというのに、だ。
背後で片づけを始めた主人公・鈴木ハルトの様子に、明人はため息を吐いた。
(……健気な性格は分かるけど、時と場合ってあるだろ?今は帰れよ。俺は今、それを見て見ぬふりしたいんだよぉ。……どうせ、生徒会の奴らなら器用に避けて部屋に入ってくるからさぁ……。……まあ、スオウは引っ掛かるかもしれないけど、それは自業自得だから、ヤツに片づけさせる口実になるんだよぉ。)
口に出せない言葉を心の中でしっかりと吐きだした後、明人は主人公・鈴木ハルトへと振り返る。
「……用が済んだのなら、早く帰れ。」
「で、でも!お、俺が、あの、散らかしちゃったので……、なので、あの……。」
初めは威勢よく懸命に反論する鈴木ハルトだが、水嶋シュウの威圧感のせいですぐに勢いが衰え、言葉は尻すぼみとなる。
明らかに水島シュウにビビって怯えている様子の鈴木ハルトに、明人は出来るだけ穏やかに聞こえるような声音を響かせた。何がイベントやフラグに関わるか分からない以上、早く帰って欲しいし、何より勝手が分からない上に怯えている鈴木ハルトが片づけるよりも、自分で片づけた方が絶対早い。
「……責任を感じているなら、余計に早く帰ってくれ。お前がいると仕事にならないし、片づけだって何も分からないお前がするより、俺がした方が早い。これ以上、邪魔をしないでくれ。忙しいんだ。荷物はそのままでいい。財布はスオウに渡しておく。もういいだろ?」
水島シュウのキャラに許されるだけのギリギリの柔らかさで、明人は懇切丁寧に鈴木ハルトに説明を試みる。ただ説得が上手くいったとは言い難かった。全ては水嶋シュウという外見の為せる業である。丁寧さが慇懃無礼さに聞こえても、ストレートな表現が嫌味に聞こえても、それは明人の責任ではなく偏えに水嶋シュウのキャラクターが引き起こすものだ。決して明人の本意ではない。本意ではないのだが、現実は厳しい。
鈴木ハルトはその場でショックを受けた後、下唇を噛んだ。
「……。」
今にも零れ落ちそうな涙を堪えるようにして、必死に耐えている鈴木ハルト。
明人は頭を抱えた。
(……どうしてこうなる?というか、何故コイツはこうまでして帰ろうとしない?)
ただ帰って欲しいだけなのに、何故そんな簡単なことがこうまで難しく拗れるのか?
明人は頭を抱えて唸った。
責めているわけでも、まして攻めているわけでもない。ただ仕事の邪魔だから、人生の障害となりうる存在に目の前から退散してもらいたいだけだ。主人公・鈴木ハルトだって、こんなところで鬼畜メガネの餌食となって人生を無駄にするより、他の攻略キャラに優しくしてもらった方がいいに決まっている。その方が互いのためなのだ。
ドSとドMが邂逅している場合ではないのだ。
(ああー、どう言ったらコイツに俺の真意が伝わるんだ?誰か助けてくれー。)
キャラの設定上、決して口には出せない心からの望みを明人は真剣に願った。
だが、その願いは決して叶わない。
何故なら、ここはBLゲームの世界で、明人はそのゲームの攻略キャラなのだから。
それを明人はこの後、痛いほど思い知ることになる。
運命は必ずしも万人に優しいわけではないのであった。