第二章 ついに二学期(ゲーム)スタート!!⑦
七
それからというもの、ことあるごとに明人は主人公と接触する機会を他の攻略キャラに譲り続けた。
他の攻略キャラたちは順調に顔合わせを済ませていき、何なら独自にフラグも立てているようであった。皆が会う度に鈴木ハルトという変わった編入生の話をしているのを聞きながら、明人は涼しい顔でその鈴木ハルトを避け続けていた。
そのおかげで今のところ水嶋シュウと鈴木ハルトの出会いというイベントが起きていない。もしかしたら誰かのイベントやルートで会う可能性はあるかもしれないが、それならば明人的には安心である。
少なくとも明人は、独自で鈴木ハルトという総受け主人公に関わり、少しでもフラグを立てるかもしれない可能性を慎重に避け続けることが至上命題だと感じていた。攻略キャラの誰かといい関係になるまでは、水嶋シュウに関わらせるわけにはいかない。多分、その方が鈴木ハルトにとっても明人にとっても人生において最善の選択肢であるような気がした。
(……まあ、水嶋シュウ推しの姉ちゃんには悪いけど。)
この際、姉の推しへの愛などどうでもいい。
とにかく明人はどこまでも自分の未来のために、最良の選択肢として鈴木ハルトに関わらないことを選択して実行していた。
一度、何かの手違いで主人公・鈴木ハルトとクラスメイトでこちらも攻略キャラの陽キャ・南野タケルと二人で並んでいるところにニアミスしかけて、慌てて別の道を遠回りしたものだ。あの時、遠くの二人に気付かずにいたら、水嶋シュウとしてどんな関わり合い方をしていたか自分のことでありながら恐ろしさに震えたものだ。
そうして細心の注意を払うことで、明人は水嶋シュウのルートフラグを立てる機会を絶望的に潰し続けていた。
このままこの生活を二か月続けていけば、学園祭が開催された時に鈴木ハルトのパートナーに大して関わりのない水嶋シュウが選ばれる可能性はほぼ消滅する。そうすれば相手に選ばれないことで、穏便に水嶋シュウルートへの分岐を完全に潰すことが出来る。あとは、その時選ばれた他の攻略キャラと幸せになってもらえばいい。
明人の『水嶋シュウのルート途絶計画』は、今のところ順調に進んでいると言ってよかった。
まだ姉に薫陶を受けたゲーム攻略情報は思い出せていないことも多々あるが、学園祭というキーポイントを覚えていた功績は大きく、そこを起点にして策を立てることは有効だった。あとは、まだおぼろげな前半のイベントについてもう少し詳しく思い出せることが出来れば、完璧にフラグをへし折ることが出来て、そもそも個別ルートへの分岐の可能性を潰すことが出来る。そうなれば、その後の個別ルートのことが全く思い出せなかったとしても、何の問題もない。その頃には、主人公・鈴木ハルトは他の男と幸せによろしくやっているはずだからだ。
二学期が始まって一か月。
個別イベントどころか、未だ主人公との出会いすら訪れていない水嶋シュウ。この状況は明人にとって、もろ手を上げて歓迎すべき状態であった。
水島シュウの鋼鉄の表情筋さえなければ、にやにやが止まらなかったことであろう。
いくらBLアドベンチャーゲームの世界に転生したとて、主人公に選ばれて個別ルートに進まなければBLの理に倣わなくていいのだ。何せ、攻略キャラ達に定められているのは主人公との誠実な愛である。主人公が一人を選べば、他のキャラは二人を応援こそすれ、引き裂くようなことはしてはならないはずだ。まあ、少しの障害になるようなことはあるかもしれないが、取って代わることはありえない。それに、主人公が複数の男たちを同時に相手にすることもなかったはずだ。
明人にとってこの世界の問題は一つだけ。
すなわち『BLであること』。それだけである。
それ以外のことは、転生したことにより特にチート的高いスキルとポテンシャルを備えているという点などは、明人にとっては思ってもみなかった僥倖であるともいえた。
BL的もろもろをこなさなくていいのなら、キャラ特有の鬼畜的所業などはサービスの一環として全うしよう。そう思えるくらいには、水嶋シュウというキャラとして生きる人生は、元・凡人の明人にとっては魅力的であった。
(……このまま学園祭まで無事なら、あとは……くくく。)
心の中で一人ほくそ笑む明人。
今日も今日とて水嶋シュウには生徒会の仕事が山積みだったが、明人の生徒会室へと向かう足取りは軽いものであった。