ある募集者の話と村の移転
■第3者視点
「なあ、おまえ、服に興味があるって言ってたよな」
そう、話を持ってきたのは私の兄だ。
冒険者として5年ほど活動している。
私の2こ上で、18歳。
最近、D級冒険者になって、
若手としてはわりと注目されているそうだ。
「うん」
「最近さ、冒険者ギルドに衣服デザインの募集がかかってるんだけど」
「え、ホント?」
「ああ。アルシェ村って最近評判のいい村があるんだけど、今までは治水とかで働きやすいし食事も美味しいしで、募集をかけられたら即募集打ち切りって感じのところでさ」
「へえ」
「でも、衣装デザインって言われても、冒険者には門外漢だろ?だから、みんな尻込みしててさ。どう?一度見てきてみたら?」
衣装デザイン。
普通は、衣服ギルド所属の親方のもとで
丁稚奉公から始まる。
一人前になるのには5年はかかり、
独立するのはさらに5年。
それも実力の世界じゃなくて、コネの世界。
親方やギルドに媚を売りまくっての話だ。
でも、この募集は衣服ギルドとは関係ないようだ。
ギルドを無視して大丈夫なんだろうか。
まあ、そんなに強いギルドじゃないけど。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
軽い気持ちで集合場所であるアルシェ村に
訪れてみた。
説明を受け、契約魔法を交わした。
そして、ある建物の中にある魔法陣に入ると
ちょっとクラっと来たと思ったら、
外の光景は入る前と全然違っていた。
「え、何、素敵すぎる」
建物が見たことのないような煌びやかさだった。
真っ白に近いオフホワイトの内装、
見たことのない透明で大きな窓、
気温は魔導具で一定にコントロールされていた。
トイレも清潔さで溢れ、不潔さとは程遠い。
そして、食事。
美味しいなんてもんじゃなかった。
素材はじゃがいもととか雑穀らしいんだけど、
貧乏人向けの食べ物じゃない。
高位貴族でも食べないのではと思うような豪華さ。
そして、仕事室に入ると、きれいな衣装の数々。
モダンすぎる。
私が想像するお姫様ファッション。
それを遥かに凌駕している。
壁には大きな不思議なツルツルのボードが。
そこには、眩しいほど綺麗な女性達が
綺麗な衣装を着て、優雅にお茶を飲んでいた。
「ああ、ここは天国」
私は瞬時に理解した。
ここがどういう場所か。
そして、あのボードに映る神々しい存在は。
「女神様」
即座にここで働く決意をした。
【村の転移】
村民人口が急速に膨れ上がり、
300名を越えた。
村の成功と判断した貴族・教会からの
従属の誘いがどんどん舞い込んできた。
さらに王家からもいずれかに従属するよう求められた。
それが開拓支度金を頂いたときの約束だったのだ。
「現在、かようになっておりまして、村では協議が紛糾しておるのですよ」
アランさんは僕に相談をもちかけてきた。
「難しい問題ですね。僕としては村の総意を尊重するとしか」
「私どもはですね、賢者様との関係が切れることを一番恐れております」
村がどこかの貴族の下につくというのなら、
僕は村を離れることは
以前から村のみんなに伝えてあった。
機械系農機具とかとともに。
だって、特定の貴族の利益になるようなことは
僕はする気はないからね。
貴族=傲慢
これが僕のイメージだ。
昨年、隣領の丸を退けたけど
あれで貴族のイメージが固定化された。
僕は傲慢な人間に対してはトラウマがある。
前職の上司がハラスメント男だったんだ。
それで僕は心を病み、退職。
未だに傲慢な人間を見ると、冷静ではいられない。
この村は誠実さに関しては文句がない。
気心の知れてきたし、
様々な成果を上げてきた。
だから、僕としても村を去るのはおしい。
「アランさん、提案があるんですが」
「はい、何でしょう」
「この地にいるから、どこかに従属する必要があるわけですね」
「そうです」
「じゃあ、村を移転しませんか?」
「はい?」
「場所は女神倶楽部の隣。川向こうですね」
「この村を捨てて一からやりなおすわけですか」
「この村は捨てると言うか、王家に差し上げたらいかがですか?これだけ開墾し、水路も引いたわけですから、開拓支度金の分の働きはしたでしょう」
「まあ、おっしゃるとおりですが……」
「僕は川向うの土地をいろいろ調べているんですが、かなり肥沃なんですよ。ただ水が不足しているだけです」
「そうなんですか?」
「ええ。発展の余地がものすごくあります。しかも、ほぼ前人未到の地。ここらの荒れ地と川で王国とは距離があります。自然の国境が王国との間に横たわります。村は独立するわけです」
「は、独立ですか」
「土地の整備ならば、すぐでしょう。村の皆さんのステータスも上がりました。各種農機具もあります。私もお手伝いしますし」
「うーむ。非常に良さげではありますね」
「なんなら、支度金の倍のお金、僕が払いますから、返金されては?」
「いや、そこまでされては」
「いやいや、後腐れがないことが一番なんで」
「いやいや、そこまでご迷惑をおかけするのは」
「うーん、でしたら分割払いで僕に返金して頂くのはどうでしょうか」
「なるほど。それなら村人の了解もとりつけられそうです」
気軽にお金を出してしまうと、
村人の依存心が出るかもしれない。
これは女神様の注意ポイントの一つだったよな。
「なるほど。私の一存ではあれですから、みんなと相談してみます」
◇
アランさんの返答を待つまでもなく、
村は移転の話で大盛りあがりになった。
実は、女神倶楽部にハマった人も
多数いるのだ。
そして、王族・貴族・教会・ギルドとかの
へんなしがらみのない世界を作れるということで
村人としてはベリーウェルカムの話なのだ。
「じゃあ、移転計画作りますか。1ヶ月ほどを目処にどうでしょうか」
「賢者様、確かに今は2月。播種時期が来月あたりから始まります。それまでに急ぐ必要があることはわかりますが」
「いや、アランさんもこの村の開拓速度を思い出してみてください。最初、私がこの村に来たときにどれだけの時間で建物や地面が整備されたか。あるいは畑がどのくらいで耕されたか。あるいは水路」
「ああ、そういわれれば。しかも、今のほうが我々の力がアップしてます。300人規模の村一つ、一ヶ月あれば目処がつくのかもしれませんね」
「まあ、やってみましょう」
◇
やってみた。
一ヶ月足らずで村の形ができた。
「やってみるもんですねー。アルシェ村よりも下手しなくてもいい感じに仕上がってるんじゃないですか?」
「アランさん、そうですね。まだまだ手の入れようがあるのでしょうが、移転計画は順調ですね」
「ええ、早速移転していきましょう」
この新しい村とアルシェ村とは
転移陣でつながっている。
だから、移転もスムーズだ。
村は公式には解散することになった。
そして、村を王国に返納することは
アランさんたちが王国と交渉してくれた。
いろいろな交渉の末、
村はハイデル領所属とし、
ドワーフ村として生まれ変わることになった。
そもそもハイデル街のドワーフたちが
村や女神倶楽部に行きたがる奴らばかりで、
ハイデル街としてもドワーフ流出の危機だった。
彼らは武器・防具や生活道具生産に欠かせない。
街からいなくなれば、かなりのダメージなのだ。
ドワーフ村と新村とは転移魔法陣で
秘密裏に繋がれることになった。
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この作品はここで一旦終了いたします。
長い間、お付き合いいただきありがとうございました。
次作
『悪徳領主家の嫌われ貴公子に転生した~チートスキルで火炙りの未来をぶち壊せ
乙女ゲームに舞い込んだ主人公、無自覚にざまあ連発』
を2月1日から投稿する予定です。
お時間ありましたらよろしくお願いいたします。