EP3 転生の逆パターン 転生リバース
______前世であろうと転生した現世であろうと、あの便所紙の言葉は認めざるを得ない。
生まれ変わったらええことばかりなんて、ある筈がにゃ~さね。
確かにオラは捨てられたとは言え、五体は健康超美麗で申し分がにゃぁ。ワンマンバンド<The Cuty Bunny>の人気も上がっているだ。
一般の人間から見れば、オラは若くして羨望のアイドル的な存在なのじゃ。
すかすオラのシンペーは当たった。
その夜はやけに寝苦しかっただ______。
起きているのか寝ているのか、自分でもよー分からんかったが、オラのベッドの横に奴は立っていた。
<ふむ、派手に人生を謳歌していおるなババ>
十六年間、なんの音沙汰も無かったあの便所紙だ。
「加齢臭とウンコの匂いが、酔う迷酒みたく混然一体となって混ざっとる。おみゃぁか便所紙! なにしに来ただ!」
オラは、もう便所紙とは前世で、完全に紙切れ縁切れだと思っていただ。
<まだ慌てる時間ではないぞ。いやナニ、注意事項をな、軽ぅ~くすっかり忘れておったのよ>
嫌な予感すかしにゃ~が、暫くオラは奴の言う注意事項を訊く事にしただ。
<ババ転生の願いを5割引きで訊いたはいいが誓約書の作成、つまりじゃまだ契約が不完全でな、ババの魂は時空を漂う宙ぶらりん状態なのじゃよ>
便所紙よ、日本語でPlease。
<うむ、早い話がババは前世に戻る事が可能じゃ。しかもそれは突然やってくるサプライズでな>
パク
パク
麗美の開いた口が塞がらない。
「すかす、もう十六年が......前世のオラはとっくに無縁仏の身じゃ。魂が墓の中に戻ったとして、オラはどうなるんじゃ?」
確かに墓の中にババの体は無い。あるのは灰だけだ。
<ふ、ところがどっこいワシは神じゃぞ。なぁ~に死ぬ前の99歳ババに戻るだけじゃ。どうじゃ安心のアフターサービスに、さぞ腰が抜けて入れ歯が吹っ飛んだろうて>
______今度は転生の逆パターン。転生リバースである。
十六歳までの美少女の経験を持ったまま、また99歳のババにも戻ると言う意味で、それは突然やって来ると言うのだ。
「なんちゅう迷惑な話じゃ。オラ麗美は転生して楽しくやっておるんじゃぞ」
<まぁ良く訊けババ。前世に戻ってもババの病は全快バリバリ、余生を存分に楽しむがよい。では今度こそさらばじゃババ>
それからと言うもの、オラはいつ前世のババに戻ってしまうのか、毎日怯えて暮らす事になってしまっただ。
「今更99歳のババに戻って、何が出けると言うんじゃボケぇ、カスぅ」
悩んでいても、その時は必ずやって来る。
「ならばオラが出来る事は一つ。Rockしかにゃい。それもバニーガールでじゃ!」
99歳ババのバニーガール。想像しただけでも、泡を吹いて卒倒しそうな絵ずらである。
大方の生理的拒否反応を無視して、オラは99歳のババに戻ってもRockで余生を楽しむ決意をしたのだった。
「流石にヘッドバンキングだけは......無理じゃな、止めとこ」
◇アフターサービスにはオマケがあった◇
______決意はしたものの、オラは毎日が憂鬱になってしまっていたのだが、しかし前世の99歳に戻っても、ある事で有名になる事が出来る事をこの時、麗美はまだ知らなかった。
今の所、活動の主体はYoutuberで、高校の親衛隊みたいなパソコンが得意な男子が、撮影と編集を率先して引き受けてくれていた。
「あいつ等、荷物運びとかもやってくれるで便利じゃのう。しかも只じゃ。これだから美少女は得だのう」
そんなこんなで、我が高校の人気はうなぎ昇り。マスコミ取材もあって、校長も教頭もオラの活動は大いに推奨してくれていた。
______しかしその瞬間は唐突にやって来た。
ベッドに寝てはいるが、部屋で何かが鳴っている。
『ほはっ! あの音は......ついに来たぞよ99歳ババの転生リバース』
心電計の音、消毒臭い部屋。十六年前の99歳ババのオラが、ベッドに横たわっていたのだ。
しかもあの秋山看護師が、もう一度見回りに来た時間だったのである。
「あ、気が付きましたかキヨさん。歌を歌ってましたのでびっくりしました。調子がよさそうで何よりです」
おぉッ?
と言う事は転生していた十六年間が、戻った途端にリセットされた事を意味した。
同時に老衰の筈が、何故か体に力が沸いて来る。
はにゃぁぁぁ~?
「ど、どうされました? きよさん、今先生を呼びますから」
慌てて秋山看護師が、ナースコールのボタンを押した。
「これはぁ まるで三十年若返ったような気分じゃ。しんぺぇはいらんぞい」
えぇぇ?
この転生リバースでは、十六歳の麗美の記憶とテクニックが内蔵されている。
すぐギターを弾きたかったが、それは退院が叶った時だ。
その後、あらゆる検査をパスして、二週間後オラは目出度く退院し、住み慣れた安アパートに戻って来れただ。
「すかす問題は生活費がねぇ。生活保護と言う手もあるけんど」
そこで前からしたかった、路上単独ライブで日銭を稼ぐ事である。
思い当るのは施設長が、向こうの世界で中古で買ってくれた最初のギターセットだった。
「あれが無くてはライブは出けん」
値段は15,000円だが、オラは秋山看護師を半ば脅迫して借り倒した金子を手にその店を訪れると、見慣れたオラの中古セットが売れ残って鎮座していた。
「ババさん、ここは楽器屋で紙おむつなんかを売ってる介護用品店ではないんですよ」
「オラは客だがや! はやぁ~、このセットは、これから十年売れずにここにおったのかい。オラ、再会でけて嬉すいぞよ」
セットを奪うように購入すると、ババはにやけた顔で帰路についた。
その姿を目撃した人々の情報では、寝巻とサンダルのミイラババが、奇声を上げながら笑って走り去って行ったと言う。
ここを起点に、99歳ババが願った奇跡の路上ワンマンロックが始まるのであった。