第2話 いのちの価値①
「…待て待て待て待て!!!!」
双子の弟・真二は声を張り上げる。
今日一日で様々なことが身の回りで起きた。
元の世界で死に、なぜか異世界に飛ばされ、頭が痛くなるような情報量に襲われた。
挙句の果てにとんでもない要求をされている気がする。
「ハ!?もしかしてオレ達を神に即位させる気ってこと!!?」
「ええあ゛ッ!!??」
真二の言葉に双子の兄・紀一も奇声を張り上げる。
原因の元となるアイアンと胡菟は一見すると口角を上げて微笑んでいるが、目は笑っていなかった。
「もうこの世界に人間はいないので…そうなりますかねぇ」
「今の神が即位前にね~…人間を淘汰したのよ…」
さらりと小声で爆弾を投下するが、無論聞かなかったことには出来ない。
「…ッッとっに…おいっ!オレ達が人間ってバレたらやばいのって…それじゃないか!」
「淘汰って!マイルドに言うな!殺されてるじゃん!つまり殺させるじゃん!!」
「無理無理無理無理!!」
兄弟は全力で首を横に振る。普通の高校生でしか無かった自分達には重すぎる話で、今後の視野に収めるにはあまりに突拍子も無いプランだった。──既に今更感は否めないが。
「まあまあ」
「うーん。少なくともおバカじゃないようで嬉しいわ」
二人とも想定内のことだったのか、存外兄弟の拒否は受け入れているようだ。
心なしか余裕もあるように感じる。
「逃げようぜ真二」
「同感だ」
兄弟が耳打ちしていると「おやめなさい」とアイアンが一喝する。
「アンタ達は危険因子として見做される可能性がほぼよ。今の政治を気に入ってる奴は多いもの。特に上位種族─強い力を持ってる種族とかね」
「複雑な思いはあるでしょうが、ひとまず私達といた方が安全です」
「まあ…そうなんだけども…なあ?」
「ヤバいことに巻き込まれている予感しかない」
「正直不死とかもまだついていけてない」
「分かる。オレもう良く分かってない。一夜漬けタイプなんだけどな」
眉間に皺を寄せて互いを見合わせる。どちらからも不安の色が見てとれた。
そんな兄弟の様子を察して胡菟が再び声をかける。
「強制はしません。そもそも人間に逢えたことは私達にとって大きな一歩ですが…。そもそも不死の神をどうやって代替わりすればよいのかまだ分かっていないのですから」
「ま、そんな訳だから。ひとまずアタシ達とこの世界を見て知ってくれない?協力してくれるかどうかはそのあと判断してくれればいいの。ま、今日はもう疲れたでしょう。せっかく町にいるんだもの、宿で休みましょう」
まだ日は落ちていないが、落ち着きたいのもありアイアンの言葉に従うことにした。
*
宿屋はホテルや旅館といった施設より、ロッジに近い庶民的なものだった。自分達の家の部屋より少し広いくらいの大きさでシングルベッドが2つ、それとテーブルとイスが置かれていた。
紀一はベッドに横たわり、真二はイスに腰掛ける。
「どうしたもんかな、これから」
靴を脱ぎながら紀一が語りかける。年季の入ったベッドは身動きを取るとキイと少し軋んだ音が響いた。
「選択肢はほぼ存在しないけどね。正直、あの二人にしばらくは付いていくしか無いと思う」
そう言うと真二は瓶に入った飲料水をやや警戒しつつ一口飲む。薄くレモンが香るのでフレーバーウォーターのようなものらしい。宿屋に入る前にコチラの貨幣で買って貰ったものだ。その隣にはテイクアウト用に包んだサンドイッチもある。
「まずオレ等にはこの世界のお金が無い。稼ぎ方もわからない。このまま逃げたりしたらあの子達の二の舞だろうね」
「…そんなオレには到底、助けることも出来なかったな」
悲しい顔をした3人の子供達をふと思い出す。
自分達の世界で例えるなら小学生くらいだろうか。そんな歳の子が食うに困っていたという時点で酷く心が痛む。
紀一は不貞腐れてゴロンと背を向ける。そんな兄を見て弟は小さく、ため息を一つ吐いた。
「紀一。お前の気持ちもわかるよ。でもいつまでも気にしてられないぜ。正直オレ等は今他人のことを考えている余裕なんて無いんだ」
「そりゃそうだけど…」
「しっかりしろ。これからについて話すぞ。まず、あの二人の提案はオレ達にとって悪くない。一緒に旅して回るってやつ。オレ達には圧倒的にこの世界に対する知識と、理解がないからね」
「おん」
「先のことは後で考えたい。2人もそれは許容してるみたいだし」
「だな。今の神様ってのを引き摺り下ろして、オレ達がすげ替わらせたいってことだもんな。ヤバすぎるよなぁ!?」
「いきなり犯罪者は願い下げだ。あの二人、悪い奴には見えないけどさ」
いきなり殺してほしいと懇願してきたり、神になってほしいと提案してきたり、無茶なことを立て続けに言葉にしてはいたが、決して立場を利用して強いることはしなかった。
仕舞いには少しでも休めるように、と部屋を自分達と別々にしてくれたくらいだ。
自分達が見たのはほんの一部ではあるが、この世界で常習化されてしまった【膿】について立ち向かおうとしてるのであれば尚更善人なのが伝わる。
何より、あの二人の目は濁っていない気がした。
「何も知らずにただ付いていくのは危ない。それに詐欺師って最初は良いやつだったりするから」
「そこで急激に不安煽るじゃん!…まあオレも同意見だよ。少なくとも、オレ等だけで彷徨うよりよっぽどいいだろうね」
そう言えばさ、と紀一は身体を起こす。
「結局オレ達って死んだのかな」
「それはそうじゃん?でも死ぬ際の記憶とか、痛かったとか、そういうのは覚えてない」
「オレもそこら辺記憶ないのよ。轢かれる!ってなってからココで目が覚めるまで、なんつうか眠ってたみたいな感覚でさあ…」
「オレも同じようなもん」
「もしかしてさ…オレ達実は死んでないんじゃね?」
「いや、あの本の著者だって死んでこっちに来たって…」
「いや、明確にはなって無かった。そしてオレ達もそこら辺は曖昧だろ?ワンチャン、死ぬ前に来たって可能性…あるんじゃね?」
「!」
確かに、と紀一の言葉がストンと腑に落ちる。
状況から考えて命を落として輪廻転生のような感覚でいたが、確証は無いのだ。
真二のしっかりと鼓動する心臓が、一気にドクドクと脈打つ。
「もしかしたら…」
「ああ。オレ達、まだ帰れるかも知れない」
流されて、諦めて、考えないようにしていた。期待なんて捨てていた。
たった1日しか離れていないというのにひどく懐かしく感じる家族、友人、環境。
思い半ばで散った白球。それら全てに再び出会えるとしたら。
「うおッ」
真二が勢いよく立ち上がり、その反動で座っていたイスが床に倒れる。少しばかりその先が紀一の足にぶつかるが、当事者は全く気付いていない様子だった。
あまりにも嬉しそうな表情だったので余計な追及はしないこととした。
「オレ、マジでお前と2人で助かった」
「お互い様」
「そうなると益々情報収集は大事になるな!俄然やる気出てきた」
よし!と声を上げるとその真二はその勢いのままテーブルの上のサンドイッチにかぶりつく。紀一も弟の様子を見て安心したらしく、同様に紙袋から取り出し一口かじる。
──その後は部屋付けのシャワー・明確に言えば湯の出るホースがあったので身体を洗い、汚れや汗を落とす。
実に情報量も困惑も多い1日ですっかり疲弊しきっていたが、心は大分軽くなっていた。
その日は布団を被ると一瞬で眠りへとついたのだった。