第1話 おわりのはじまり⑥
店外に出た4人が目にした光景は、思わず目を張ってしまう痛々しいものであった。
量こそ多くはないが地面に血液のようなものが散乱しており、場所によっては引きずったような血痕がある。
先程の声の主だろうか。7・8歳くらいの子供が出血を伴いながら、目の前の成人男性を今にも殴りそうな眼光で睨みつけている。残念ながら体形差からとても達成されそうにないが。
子供と思しき者がそれぞれ3人、対立している大人が4人。──それを周囲で囲ってみている野次馬が多数。
「ちょ…!!何アレ!?止めないの!?」
紀一が静観するアイアンの肩を揺さぶる。それに対する応答はない。
「あんな小さい子が血だらけで…おい真二!いくぞ!」
「あっ…ああ!」
──ガクン!
野次馬の人壁を飛び出そうと勢いをつけた瞬間、振りかざした手を強い力で押さえつけられる。
「いっ…!!!なにすんだよ!」
「いいから。見ていて。お願い」
「…ッ!」
紀一はアイアンに向かってふざけるな!と怒鳴りつけようとしたが、掴まれた手から感じる僅かな震えと絞り出した悲痛な訴えを受け、一旦堪えることにした。
「やあねぇ。暴れちゃって」
「あんな年齢で犯罪者なんてねぇ」
「失礼、奥様方。あの少年達はどうしたんですか?」
胡菟が遠巻きに談笑していた女性に尋ねる。そのうちの蝶のような羽が生えた婦人が妙に生き生きとした声色でその問いに答えた。
「窃盗をしていた少年グループですって!それで2人は肉食系の獣人だから労働囚役みたいなんだけど、もう1人の、ほら薄荷色の子!」
もう一人の爬虫類のような表情の女性が「あれよ、あれ!」指をさす。
血だらけの獣交じりの少年二人のすぐ後ろには対照的なほど外傷の無い、透明感のある薄い緑色の少女が倒れこんでいる。3人とも共通して手足に枷がついている。
「どうやらあの子は宝石の鉱人みたいで、価値が高いから大きい都市で売りに出すって話よ!」
己の得たスクープを他社に話せて嬉しいのだろうか。2人組の女性はきゃあきゃあと盛り上がっている。
「私宝石の子なんて初めて見たわ!」
「私は見たことあるけど数百年ぶりよ~!!すごいわねえ」
論点のずれた盛り上がりに兄弟は絶句する。百歩譲って犯罪者だとして、あの扱いは全うなのだろうか。
少なくともその【宝石の子】とやらを守ろうとしている少年二人は必死の形相で、何度も何度も自分達より数倍大きな大人達から蹴られたり殴られたりを繰り返している。
「食べ物を盗んだのはオレ達だけだ!フォスは関係無いって言ってるだろ!」
「うるせえぞ。500年生きてて共犯って言葉も知らねえのか」
「こいつ等熊と狼なだけあるなあ。全然怯まん。いい労働力だが…そろそろうっとおしいな」
「その宝石のガキ引きはがしたら大人しくなるだろ」
「っ!やめろ!」
成長しきっていない少年たちの体では抵抗虚しく大人達の言う通り引き離され、そしてそのまま子供達は別々の檻に入れられ運ばれて行ってしまった。
獣人と呼ばれた少年たちはしばらく叫んでいたが、耳障りだったのか口枷を無理やりはめられ、やがて呻き声も聞こえないほどの距離となった。
フォスと呼ばれた鉱人は己が運命を受け入れているのだろうか。一言も発することなく連れていかれた。
群がっていた人々も徐々に散り散りとなり「行きましょう」とアイアンに促されるまま兄弟たちもその場を後にした。
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「どうして助けなかったんだ?」
人気の無い町外れの空き地で紀一が問いかける。その声色は怒りでも悲しみでもなく、ただ疑問だった。
なぜあんな非常なことが出来るのか、誰も何も感じないのか。彼は知りたかった。
「あの子達が既に犯罪者だったからよ」
「窃盗って言ってたやつ?でも食べ物だったんだろ?あそこまでする必要…」
真二の言葉に胡菟は首を振る。
「関係ありません。もちろん罪の種類によって罪刑の大小も変動しますが…。一度犯罪者として捕まってしまうとその記録は刺青となり一生消えません。中途半端に助けるよりは刑を受けて釈放を待つほうが余程今後のためになるからです」
「あんな小さい子達が飢えて食べ物盗んで捕まってボコボコにされてもいいって?」
「少なくとも囚役についている間はキチンと食事が出ます。自由は無くなり労働などを強いられますが…窃盗をせずとも生きていけるのです」
「……」
「獣人の子達はおそらく建設現場などでの労働力、鉱人の子は公的競売にかけられたうえで暫くどこかの奴隷として年期が明けるまで働くことになります。今回のケースで言うと目を引く子だったので、豪商などが落札し自身の商店の客引き販売員として扱われるのではないでしょうか。…一生を犯罪者として逃げ続けるよりは正直、良いかと…」
「奴隷…」
何となく理解はできたが納得は出来なかった。それくらいには自分達が恵まれた環境で生きていたのだと実感する。
「──昔はこうじゃなかったのよ」
アイアンがぽつりと呟く。
「きっとあの子達の親はそれぞれ働けなくなったか、いなくなってしまったか…あの子達を捨てたのね。別に珍しいことじゃないわ。親の居なくなった子供が犯罪者になってしまうこと自体」
「親が子供を捨てる?どうしてそんなことをするわけ?」
「500年生きてるからよ」
またその単語だ、と兄弟は顔をしかめる。
この期に及んで冗談ではないのだろうが、いまいちその歳月については受け入れ切れていなかった。
「長くなりますが、ご説明します。この世界について」
「まず現在の神についてなんだけど─」
「おん?」
紀一はいきなり飛び交った予想外のワードに思わず変な声が漏れ出てしまう。彼等の出自から考えても、あまり馴染みのないもののため致し方無いかも知れない。
「神?神様ってこと?それってキリストとかブッタとかそういう…?」
「宗教っつーこと?」
兄弟は互いに目を合わせ、肩をすくめる。
「キリスト…シュウキョウ?」
彼等から飛び交った単語にアイアンと胡菟も同様、困惑する。どうやら宗教という文化が無いようなので、真二が悩みつつ応えた。
「えーと…オレ達の世界で神様って言うと、信仰の対象とかそういう扱いで…。色んな考え方があると思うんだけど、現存はしてない感じかなあ」
「なるほど、そういうのとは違うわね。コチラにおける神様ってのはざっくり言うと統治者よ。世界で一番偉い人ってことね。勿論実在してる」
「スケールのデカい総理大臣的なモンかな?」
「後は世界全体の王様的な?」
「ソウリダイジンは存じませんが、王様というのが近しいかも知れません。世界の王様、それが神様です」
「おっけー理解した!」
「こちらも続けるわね」
──それからアイアンと胡菟は世界について語った。
兄弟なり解釈を加えると、以下のようなものになるらしい。
この世界は神が統治する神政国家のようなもの。
神は唯一無二の絶対的存在である。
そして新しい神が即位する度に1つ【法律】を追加でき、どういう訳かどんなものであれ在位中は必ず順守されるらしい。
そしてそれは制定した神が退位──亡くなると同時に除外される。
詳細は不明だが例外はあるらしく、先程話題に出た5代目神の制定した言語統一は今も何故か継続されている。
「そして今は11代目。その神が問題なの」
「…!もしかして今の神が決めた法律って…」
勘の良い真二はハッと目を見開く。
そんな馬鹿げたこと、とも思ったが今まで聞いた内容からして自然と導かれてしまった。
「不老…不死?」
「!」
紀一も思わずクラリと視界が揺らいだ。
兄弟の反応を他所に、2人は至って冷静に頷いてしまった。
「仰る通りです」
「アタシ達─この世界の住民は全員、その時から歳を取っていないの。大体今で500年くらいね。正式な年数は忘れてしまった…そのくらい長い時間を過ごしてる」
「だから『殺してください』ってか…。でも、どうしてオレ達に?」
「では、その質問の前にまず住人たちの説明をしますね」
──話によると、この世界の種族は大分類で2種類に分かれるらしい。
1つはアイアンや胡菟達など今日出会った全ての人達のような【人間と何かが混じった姿】の【不完全体】、そして【人間】と呼ばれる、完璧なヒトである【完全体】。
中分類で3つ、【上位種族】【中位種族】【下位種族】に分けられる。
またこの分類に関してはは現在の神が即位してから制定されたらしい。
小分類で龍人、鉱人、獣人、のようになる。
「なんか差別的だな。特に上位中位下位だの…」
「中分類については今の神が即位して、しばらくしてから発表されたわ。きっと上下関係をハッキリさせて、自分達が生きやすいように決めたのね」
「おい紀一。…オレ凄い嫌な予感がしてきた」
先程の疑問に対し、わざわざこの説明を先にした理由。真二は背筋がゾッと凍るような心境だった。
【完全体】は人間だけ。そして自分達はこの世界基準でみても何も混ざっていないことは明白であり、恐らくそこに分類されるであろうことは間違いない。
「そして、とっても大事なこと」
がしりとガタイの良いアイアンの両手が紀一と真二、それぞれの肩を強く掴む。
絶対に離さない─そんな意思が伝わってきそうだった。
「この世界で神になれるのは完全体──人間だけなの」