第1話 おわりのはじまり④
「ということで、私は龍。龍人です」
少しずつ鱗から肌に戻っていく頬を擦りながら、ぐったりと倒れてしまっている兄弟に語り掛ける。
「ちょっと特殊で龍の姿と人の姿、どちらにもなれる種族なんです。ちなみに人型でも多少浮けます」
「変身できる種族ってそう居ないのよ」
は
「…ところで大丈夫ですか?」
少しバツが悪そうに胡菟が覗き込む。
やや上体を起こし、ぜえぜえと息を切らして口を開いたのは兄だった。
「いや順番逆じゃない!?まず心配してッ」
「………」
弟は余程気分が悪いのか明後日の方向を見たまま沈黙を貫いた。
「す…少しはしゃぎ過ぎちゃいましたね?」
「少しかなあッ!?体ちぎれるかと思ったんだけど!あんなジェットコースターあったら間違いなく問題になるよ!!」
「ジェッ…?まあ標高2000くらいはあったかしらねえ。そこから急降下してるもの。んもう、胡菟ったら」
得体のしれない朽ちた祭壇のあった山から一転、現在は平地の森に居た。
所々から光が差し込み、そよそよと柔らかな風が入り込む過ごしやすい所である。
おかげで少しずつ体調も回復してきたような気もする。
小学校の頃、夏に赴いていた祖父母の住む田舎にこちらと似たような場所があったことを思い出す。
カブトムシやセミを求めてあちこちの森を駆け回る。
汗だらけになった身体で丁度いい日陰を見つけて、母の用意してくれた水筒の麦茶を飲む。そんな情景だ。
「…オレは相沢真二」
つぶやくように真二が口を開く。ハッとしたように紀一もそれに続いた。
「まだ名乗ってなかったな。オレは相沢紀一。双子でオレのが兄貴になる」
アラ、とアイアンが目を丸くする。その後ろで胡菟が二人を交互に見て首を傾げていた。
「顔はそっくりだと思ってたのよ」
「そちらの世界では双子でも髪色が異なっていたりするのですね」
彼女の口ぶりからブリーチやカラーなどの文化がないことが窺える。
「ええと…なんつうか、元々の色は同じだけどわざと金色に染めてんのよ、オレが」
「髪を?そんな技術が…やはり文明・文化レベルはこちらより数段上なのでしょう」
「凄いわねぇ。アタシも髪色変えてみたいわ」
やはり胡菟とアイアンは明確に【ここ】が【二人のいた世界】と異なることを把握しているようだった。
先程の言葉も含め、真二は説明を求める。
「さっきのもそうなんだけどさ、本当にオレ等なにもわからなくて…」
「そうそう!ここどこ!?」
「そうねえ。どこから説明したものかしら…」
「ひとまず、私たちが【人間】では無いということはご理解いただけましたか?」
アイアンは鉄の皮膚を持ち、胡菟は龍に変身していた。
もちろん今までの常識からは掛け離れており、とても信じがたいことではある。
だがどちらも直接目にしてしまっているため、受け入れない訳にはいかなかった。
「まあオレ等の住んでる所には居なかった…かな?」
紀一は隣の真二に「な?な?」とふざけ半分で同意を求めるが見事に無視をされてしまう。
『いるわけないだろ』という意思表示のようなものだろう。
「私たちも直接そちらに行ったことはなく、過去の文献なので見知った程度なのですが…この世界では【人間】、つまりあなた達二人のような種族は【完全体】とも言われています。この世界には極端に数が少なく、非常に希少な一族として扱われていました。そんな人間だけが住む世界がどこかにある、とだけ…」
「アヤシイ殴り書きの文章だったけど、本当だったのね~…。アタシ持ってきてるわよ。見る?」
そう言うとアイアンは懐から一冊の本を取り出した。
かなり年期は入っているようで、かなり朽ちている。
差し出された真二は破かないように恐る恐るページをめくった。
「……!!」
異世界と仮定して読めない字を想定していたが、文章を見て驚愕する。
読めないには読めないのだが─ほぼ間違いなく見たことのある文字・文法で書かれていたのだ。
おそらくはヨーロッパ圏の言語だろう。所々見たことのある単語が目に入る。
そしてさらに驚くべきは読めるのだ。自分たちの慣れ親しんだ日本語で。
「えっ……?」
「なんだこりゃ!?しかも筆記体だよな!?オレでも意味わかるぞ!」
まるで翻訳でもされているかのように文章が理解できた。
二人に知識が無いのに、だ。
「それは神様の法律によるものですね」
「「え?」」
謎に向かい合っている最中にまた一つ謎が増えた。平然と彼女は語る。
「歴代の神様の中でも傑物だったと名高い5代目の神様が言語を共通理解の物と定めたのです。バラバラだったすべての種族の言葉を全員がわかるように、と頭の中で変換されるようになった…らしいです」
これも過去の文献で知った内容ですが、と付け加えた。
そもそも神様とは?法律?そんなことが可能なのだろうか。
ますます疑問が増えるばかりで疲弊しきったニューロンが焼き切れてしまいそうになる。
ひとまず真二は本の続きを読むことにした。
──1488年4月17日。天気:快晴
今日でここに来て1週間が経つ。相変わらず出鱈目な世界観である。
人の姿であるのに獣が混じったり、場合によっては面妖な魔術を使う者もいる。
今日は背丈が私の半分にも満たない人種にも出会った。
~中略~
どうやら皆が言うには私は【異世界】からやってきた存在らしい。
「!!これって…」
「オレ達みたいな人が前にも居たってこと!?」
「…めくるよ」
──1488年4月26日。天気:曇りのち晴れ、強風
まだ元の世界の開拓も始めたばかりだというのに、こちらの世界への理解度が高まってきた。
どうやら私が呼ばれたのは病の流行で【人間】という種族が存続の危機を迎えている─ということらしい。
そのため私のような者がたびたび現れているとのことだった。
例外なくそういった者はあの山の頂に到着するようだ。次回は私もぜひ同行させてほしいと村の者に頼んでみた。同郷の者に会えるのだろうか、それとも未開の地に住む者だろうか。少し、楽しみである。
次のページに進もうと手を進めたら、その先は紙がボロボロになってしまっていて読める状態ではなかった。書いてある年号が西暦なのだとしたら無理もない。
「もともとページが飛び飛びなのよねぇ。でもその本のおかげで希望が持てたの」
アイアンはふう、と一息はく。
「アタシたちが読んでた最中に崩れちゃったんだけど、その中に【元の世界で嵐に巻き込まれて船が転覆した】って文章があったわ」
「そして気が付いたらコチラにいた…て内容でしたかね、確か」
紀一も真二もその言葉にピンときたらしく、お互いを見合って頷いた。
自分たちがこの世界に来た時と同じである。
嵐の中海に放り出されて生きている人間はいないだろう。数百年前なら尚更。
元の世界で死んだこと。
それがきっとこの世界にきた原因であり理由なのだ、と。
やはり自分たちが死んでしまったというのは間違いないらしい。
決定打を撃ち込まれた心境だった。あの状況から薄々受け入れてはいたことだったが。
──父さん、母さん。…みんな。
ごめんなさい。