第1話 おわりのはじまり③
高所特有の強い風が吹く。
まるで彼等の心境がそのまま表わされているかのようだった。
冗談には聞こえなかった。状況も、事情も一切わからないが突き刺さるような真剣さだけは伝わった。
「と…とりあえず頭を上げてよ」
張り詰めた場の空気を変えようと声を掛けたのは兄・紀一のほうだ。
その流れに弟の真二も続く。
「君たちは何か知ってるの?オレ達、まったく現状を理解出来ていなくて…」
「そうそう。だから…その言葉の意味も分からないっていうか…」
ゆっくりと、二人の目を真剣に見ながら謎の人物達は立ち上がる。
性別不詳?の大柄な人物が口を開く。
「そうよね。性急過ぎたわ。500年待ったものだから…」
──ん?
どういうことだろうか。ごひゃく?
聞き間違いかもしれないので一旦声には出さず、二人は話を聞くことに集中した。
「いや待ったのはその半分かしら…まあいいわ。アタシはアイアン。鉄の鉱人なんだけど…そちらの世界の人間は知らないわよね?」
「いしびと?てつ?」
「説明するより見せたほうが早いわね。見てて」
アイアンは周囲をキョロキョロと見渡す。
4・5mほど先にあった大岩に目をつけ、ツカツカとピンヒールのパンプスで向かっていく。地面は足場の悪い石と固まった土の山道であることから、体幹は相当なものであることが伺える。
「いくわよ──ええいッ!!」
カーーーーーンッッ!!カーーン!カーン!カー…ン!
雄たけびと共に耳を劈くような金属音が木霊する。
大岩に衝撃を加えたのだ。道具や武器を使ったのではなく、己の足で。
「…え?」
二人は思わず覆った耳からようやく手を放し、違和感に唖然とする。
果たして人の足で岩を蹴ったとしてあのような音が響くだろうか。
「──どうかしら?ホラ」
カンッカン!
アイアンは薄く笑うと自分の手と手を叩く。そうして二人に自分の両の手をそれぞれ触らせた。
「……!!!」
「!?冷たッ…固ッ!?」
筋肉質の真二の腕とも、やや低めな紀一の体温とも、勿論比ではない。
──人間ではない。
弾力と温かさのない身体に触れ、そう理解するのは容易いことだった。
「そう。アタシは身体が鉄で出来てるの。だから種族は鉱石の人、鉱人と言うワケ」
「同じく私もニンゲンではありませんよ」
暫し見守っていた、牡鹿のような角と膝上の袴姿が特徴的な女も続いて話し始める。
見慣れたものとやや違うとはいえど、和服をみると多少安心を覚えるのは日本人の性なのだろうか。
「申し遅れました、私は胡菟。アイアンと同じく説明するより、まずは見てもらったほうが早いでしょうか」
「き、君はさっき浮いてたもんね…」
現状を受け入れ始めたのかキャパシティを超えたのか、紀一はハハ、と愛想笑いをする。
それに対し少女はニコリと笑って返した。
「でもそれだけじゃあ無いんですよ」
「胡菟、ついでに場所も変えましょう。二人にここは寒いわよ」
そうしましょう、そう頷くと彼女は勢いよく駆け出した。
まるで助走をつけるかのように徐々にスピードを上げ、下駄のような履物からコッコッコと小気味のよい音が鳴る。
混乱と情報量過多の疲労も相まって静かに見つめていると、それは一瞬の出来事だった。
「あ…え……!!!!」
「「ええ~~~!?!?!?」」
少女は姿を消し、目の前に映っていたのは大きな蛇──架空の生き物も含めて例えるならばまさに【龍】の名に相応しいものが現れたのだ。
「ホラ、行くわよ!」
いつの間にかその背に乗っていたアイアンは二人の手を掴み、ひょいと持ち上げるとそのまま同乗させる。
「(しっかり捕まっていて下さいね!)」
どこからどもなく先程の少女─胡菟の声がする。
言われるがまま兄は鬣を握り、弟は両手両足を大きく開きその体躯に全身を使ってしがみつく。
動き出し降下するその様子には、両親と幼いころ何度も行ったテーマパークを彷彿とさせた。
久しく乗っていないジェットコースターと乗り終わった後のぐったりした両親の顔が脳裏に浮かぶ。
とは言えども、その時より遥かに速く乱雑な現状は当時の両親以上にダメージを受けそうな気がする。
気持ち悪さからか懐かしさか何なのか、兄弟はすこし目が滲ませていた。