(26)理想
日々を暮らしていれば、どうしても欲が出がちとなる。アアだったら…とか、コウだったら…といった理想を求める雑念が沸々と沸き出る訳だ。^^ 梢翠もそんな若い女性の一人だった。
晴れ渡ったとある春の朝、翠は目的もなく旅に出た。要するに行き当たりばったりの旅である。前日の夜、ふと、そう思った翠は、ベッドの横に最低限必要な物をバックに詰めて目覚ましをセットしておいた。いつもは寝坊する翠だったが、その朝はどういう訳かセットした時間の一時間ばかり前に自然と目覚めた。気持が昂っていた・・ということもある。
『新幹線は、つまらないわ、各停にしようっと…』
翠は思わなくてもいいのに、そう思った。各停とは各駅停車の普通列車である。予約もなく列車に飛び乗った翠の旅が始まった。翠の理想は景色がよく、のんびりと出来て美味しいものが鱈腹食べられ、暖かい温泉に浸かる…というものだった。理想はよかったが、目的がない旅だったから翠は駅ホームで思案に暮れることになった。
「どうされました?」
ホームのベンチに数時間も動かず座り、思案に暮れる翠を見かねた駅員が声をかけた。
「この近くに景色がよく、のんびり出来、美味しいものが鱈腹食べられる温泉はありませんか?」
駅員は翠の開けっ広げな言葉に大笑いした。
「ははは…そんな都合のいい温泉はこの近くにはありません。…少し遠くですが蝦蟇口温泉という温泉がありますが…」
「そこへ行くには?」
「10:25発の急行・飛魚に乗って下さい。三番線から出ます…」
「有難うございました…」
翠はベンチから立ち、駅員に一礼すると三番線に向かった。
その後、蝦蟇口温泉に着いた翠は、理想通りとはいかなかったが、ほどほど満足して帰路に着いた。まずまず翠の理想は叶った・・ということになる。
理想の雑念は、ほどほどがいいようですね。^^
完




