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生神贄伝  作者: キアラ
始動篇
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第三章 それぞれの学び舎[前編]

リンラとヒバルの青春(?)学生生活、その1。

 俺は、E・リンラ・エヴァフォードが嫌いだ――それはスパイラルアカデミーの生徒、S・ミツヤ・ヴァラームの口癖だった。やや長い紫色の髪を中分けにした彼は、青に近い碧色の目をしている。

 軍事部の制服は、出陣を承認されている特待軍人の軍服とは違って紺色で、ミツヤは学ランの前を開けて身につけていた。そこそこ身長はあるが筋肉質とは言い難く、体格だけなら大人しい系の少年だった。

「消毒くらいでギャーギャー騒ぐな!」

 そう、体格だけなら。

「薬は決められた日に決められた分だけ飲めっつったろうが!」

 ミツヤは怒鳴る。せっかくの聴き心地がいい高めの声音を無駄遣いするように、とにかく怒鳴り散らす。ひときわ彼が力を注いでいる医療が関わってくるとそれに拍車が掛かり、さながら見るもの触れるもの全てに牙を向ける虎の子のようだった。

「こないだの怪我、もう平気なのかよ」

「お前微熱あんだろ、保健室行け。あと薬はちゃんと携帯ゼリー食ってから飲めよ」

 けれども実家が小さな病院であるゆえか、医療に向ける気持ちは本物で人を選んだりすることもないため、本人の与り知らぬところでは結構モテていた――そんな世話焼きな彼が四年生の頃から唯一`嫌い`だと公言しているのが、一年先輩のリンラである。

 同じ軍事部でもミツヤが医療クラスなのに対して、リンラは歩兵クラスで学年も違うため、三年までは全く接点がなかった。けれども四年から始まる二学年合同の実戦演習で二人は相対し、以降ミツヤはリンラを一方的に目の敵にしている。


「ではこれより、六年と七年の合同実戦演習を始める」


 そして今、その演習が行われようとしていた。青空が覗く平日の昼前、場所はアカデミーからバスで三十分の所に設けられている演習場。教員用の青いスカートタイプの軍服を纏った女性の号令のもと、少年少女が整列し敬礼する。

「ふわぁ~、眠ぃ……」

 ただ一人、リンラを除いて。最初は教員からも口煩く注意されていたが、今ではスルーされている。生徒たちはリンラが本物の戦場を経験し功績を残しているゆえに、多少の不真面目な態度は大目に見てもらえていると思っているようだが、

(逆らったら殺されるかもって怯えてるだけだろ)

 最後列で敬礼をしながら、ミツヤは最前列で欠伸を零しているリンラの背中を睨んだ。ひとクラス平均して十人。医療・情報・航空・砲兵・歩兵の五クラス、それが二学年で総勢百人。二人の距離は相当なものだが、静止している集団のなか単独で動けば嫌でも目に付く。

「それでは各自、指示書通り赤組と青組に分かれて戦闘準備に入りなさい。十五分後に開始します」

 散、という号令に生徒たちは「はっ」と声を揃えて応えると、直ちに二組に分かれて左右に広がった。演習のルールは、ランダムに選出された司令官役の生徒を討伐・捕縛したチームが勝ちという至ってシンプルなもの。

 各クラスの戦闘スタイルは基本的にアラウンドと同じだが、航空クラスに限っては小型戦闘機の数に限りがあるため、搭乗して戦う者と砲兵クラスに混じって銃火器でサポートする者とに分かれている。作戦は一週間前に司令官役の生徒と情報クラスの代表者が立てており、詳細を記した指示書は二日前に一同に配られていた。

「……チッ」

 ヒバルは青組でリンラは赤組。今回ミツヤはリンラと同じ赤組だった。気乗りしないまま、それでも貴重な演習の機会だからとミツヤは位置につき、医療キットを広げていく。護身用にメスを五本と拳銃一丁、目眩ましの煙幕や痺れ薬などを袖とウェストポーチに忍ばせた。前方に歩兵と砲兵クラスが控えているからといって、油断はしない。

 今の戦場では前後から敵に挟み撃ちにされる可能性など皆無に等しいが、十数年前の本物の戦場ではどこからどのタイミングで敵襲に合うか、予測はあくまでも予測でしかなかった――そう語っていた大先輩の、広くも孤独な背中を思い出して深く息を吐く。

(歩兵・砲兵クラスによる正面突撃で、ギリギリまで敵軍の中心に斬り込む。敵の意識が概ねそっちに向いたところで、戦闘機が上空からミサイルに見立てた大型の爆竹を敵陣地に降下。敵軍を散らして司令官を打倒……か)

 在り来たりだとミツヤは思う。自分なら敵に気づかれないように初っ端から戦闘機を飛ばし、歩兵クラスによる正面突破に見せかけてミサイルを落として、それから……。

『上空よりミサイル確認!』

 耳に装着した通信機から、情報クラスの女生徒の声が聞こえてくる――演習が始まったのだ。身構えるより先に自陣は爆竹音と煙に包まれ、視覚と聴覚を一度に奪われた。簡易ガスマスクを忘れたことを悔みながら姿勢を低くし、周囲を警戒していると、

「動くな」

 背後から後頭部を鷲掴みにされた。頭部から首筋にかけて感じる強い冷気に、嘘だろとミツヤは戦慄する。情報クラスの彼がなぜ敵陣に……いや違う。戦闘開始直後はともかく、その後に後衛が前に出てはいけないという規定はない。

「司令官のもとに案内しろ。大将同士の一騎打ちといこうじゃないか」

 司令官が前に出てはいけない、という規定も勿論ない。敵陣に出てなお部隊を纏め、指示を出せる力がその司令官にあるのなら。ミツヤは両手を軽く上げて立ち上がった。少しでも妙な素振りを見せれば一瞬で脳髄まで凍結されるだろう。

 それでも軍人である以上、そう易々と敵の思い通りに動くわけにはいかない。向こうもある程度は司令官の位置に見当をつけているだろうから、ギリギリまで引きつけて……。

「口悪ぃくせに頭は冷静ってか?」

 嫌悪と安堵を同時に掻き立てる、ハスキーな声。辺りに立ち込めていた煙は強烈な熱気に押し流され、リンラと赤組の歩兵生徒数名の姿が露となった。作戦にはなかったが、リンラは彼らに自陣に残るように命じていたのだ。

 ドヤ顔で小太刀を構えたリンラは、ミツヤの首筋を掠めるようにして切っ先をヒバルの顔面に突きつけていた。彼が頭に付けていたヘッドフォン型通信機の残骸が、足元に散らばっている。

「器用なヤツだな」

 ミツヤに話しかけてはいたが、リンラの視線は彼を通り越してヒバルを見据えている。そしてヒバルもまた、ミツヤの頭部を掴んだままリンラを凝視していた。

「大将自らお出ましたぁ有難ぇこって。おかげで走る手間が省けたぜ」

「それはそれは、どういたしまして――続けっ」

 ヒバルが鋭く声を飛ばすと、赤組の歩兵の足元に大きな氷の棘が突き出した。さらに急降下してきた戦闘機より青組の歩兵が降り立ち、一斉に襲いかかる。赤組は一瞬狼狽えるもすぐに応戦し、自陣に隠れている司令官を青組から遠ざけようと剣を振るった。

 一方でリンラは地面に炎を這わせて出現前に氷を溶かし、ヒバルに突きつけたままの小太刀を押し出しながらミツヤに足払いを仕掛けた。ヒバルが仰け反って避けると、バランスを崩したミツヤは狙い通り氷の掌から解放される。ミツヤを片腕でキャッチし肩に担ぎ上げたリンラは、そのままヒバルに斬りかかった。

 ヒバルは己の刀で受け止め、滑らせるようにして横に払う。その拍子に小さな氷の棘を連続して出現させ、リンラを遠ざけようとしたが、あちらも炎で薙ぎ払い距離を詰めてくる。人ひとり抱えているとは思えない身軽な動き、氷をも燃やす炎。一見すれば完全無欠だが――ヒバルは燃やされた数だけ氷を出現させ、少しずつ後退していった。

「っ、つ……」

 予想通り、十数回目の炎を発すると同時にリンラがその場に膝をつく。彼女の炎は威力も応用範囲も強大だが、連続使用は貧血を招きやすいのだ。束の間の静止だったが、ヒバルには十分な隙だ。一気に距離を離して奥へ進み、邪魔してくる生徒たちには峰打ち、あるいは拳と蹴りを見舞って行動不能にする。

 そして演習場を囲う絶壁の手前、大きな岩の陰に司令官と思しき男子生徒を見つけた。ヒバルは走りながら氷の雨を降らせて司令官を岩陰から誘き出し、追い詰めようとするが、あと一歩のところで背中に敵意を感じて振り返った。突き出されたのはメスだった。

 身体を捻った勢いを利用して回し蹴りを放ち、ミツヤの手首を殴打してメスを手放させる。しかしミツヤもやられてばかりではない。目の前のヒバルの足首を掴んで跳び上がると、前転しながら踵落としを見舞った。ヒバルは咄嗟に肩に氷を纏わせたが、薄かったこともあって呆気なく打ち砕かれ膝をつく。

「青の大将発見! 赤の陣の最奥、囲んで一気に制圧を!」

 赤組の司令官が通信機を通して指示を飛ばす。これならいけるとミツヤはほくそ笑むが、ヒバルは焦らず、袖口に忍ばせていた小さな発炎筒を着火させて上に投げた。通信機を破壊されるか使用不可にされた場合に備えて、発煙筒ならプランA、発炎筒ならプランBを実行せよと航空クラスの生徒に伝えていたのだ。

 合図を待ちながらヒバルの動きをずっと追っていた戦闘機は、「了解!」と細長い筒を投下する。空中でガバッと広がったそれは、重石付きの捕獲網だった。驚くミツヤの足を掴み、網の落下予定地に彼を放り投げたヒバルはチェックメイトと呟いたが、

「バーン」

 ドヤ顔ならぬドヤ声と、項から頭部全体にかけて広がる衝撃。目眩を堪えつつヒバルは両手を上げたが、同じタイミングで青組の網が赤組の司令官とミツヤを捕らえた……此度の演習は引き分けのようだ。

 リンラはゴム弾が装填された拳銃をくるっと回すと、後ろに控えていた女生徒に「サンキュー」と投げ返した。身体の動きとイコールにならないのが気に入らないとか何とか言って、リンラは演習時は銃を携帯していないため、必要な時はこうして他の生徒の銃を使っている。実戦時はさすがに携帯しているが、まだ使ったことはなかった。

「お前が人と銃を使うの、珍しいな」

 おかげでこのザマだと肩を竦めるヒバルに、リンラは「ゴリ押しのワンパターンをどうにかしろって、誰かさんにしつこく言われたからな」と伸びをしながら言い返す。もともと寝不足だったこともあって、今日の演習ではあまりブラッドタイプを使えないとリンラ自身予想はしていた。だからミツヤを強制的に確保し、貧血を起こした際の保険とした。

「アオが目をかけてるだけあって、中々の動きだったろ?」

「あぁ、だから最初に動きを封じようとしたんだよ」

「なんつったっけ、こいつの二つ名」

「紫紺のルーキー」

 言いながらヒバルは踵を返し、見た目のわりに重みのある捕獲網を捲ってミツヤの手首を掴み、引っ張り出した。抜け出すのに四苦八苦していたので手助け自体は有難かったが、何かしらの言葉かけをしてほしかったとミツヤは大きく息を吐く。

「ちなみにお前は炎魔(ファイアルド)

「は? ウチに二つ名とかあんの?」

「お前レベルでねぇほうがスゲーよ」

「ちなみにお前は?」

「氷の司令塔、だったかな?」

 リンラと会話を続ける傍ら、ヒバルはミツヤの頬についた土を指でぐいっと拭い取った。司令官役だった生徒は、クラスメイトの手を借りて網から必死で這い出ている。あちらは助太刀しなくても大丈夫そうだ。

「ミツヤ、また体術の腕上げたな」

「っ、そうっすか?」

 弟分を見るような眼差しを受け、ミツヤは落ち着かない様子で頬を掻く。ヒバルに褒められることは純粋に嬉しかった。

「リラ、お前も何か言ってやれ」

「あー? ま、良かったんじゃねぇの?」

「っ、どうも……」

 だがリンラの褒め言葉となると馬鹿にされているようにしか聞こえなくて、ミツヤは奥歯を強く噛む。ギッと睨みつけても向こうはどこ吹く風で、ミツヤの成長などどうでもいいと姿勢で物語っていた。エヴァフォード先輩はそういう人だ。気にしても仕方ない。別格だからどうにもならないと諦めている生徒が大多数だが、負けず嫌いなミツヤはそう簡単に割り切れない。

「ミツヤくん、大丈夫?」

「怪我とかないか?」

 捕獲網に巻き込まれたミツヤを心配して生徒たちが走り寄ってくると、リンラとヒバルは御役御免とばかりに離れていく。お疲れ様ですの一言さえも、誰も二人にかけようとしなかった。逆に二人が、周囲の生徒に労いの言葉をかけることもない。

「……平気だ」

 分かってんのか、いつかは俺たちも本物の戦場であの人たちと戦うんだぞ?

こんな水と油みたいなやり取りで、いいのかよ――同級生たちの呑気な態度が今は酷く気に障る。所詮は社交辞令の域を出ていない、自分自身の態度にも。

 ミツヤは誰とも目を合わせずに歩き出した。そのタイミングで「集合!」と女教員の号令が掛かったため、気持ち早歩きになり、すぐにリンラとヒバルに追いついた。そのまま穏便に傍を通り過ぎようとしたが、

「……フッ」

「っ!」

 薄くつり上げられたリンラの口端を見逃すことはできなかった。殴りかかりたい気持ちを必死で抑え、ゆっくりとでも足を前へ動かす。苦虫どころか毒虫を噛み潰したような気分だった。

「おいリラ」

「心配すんな。確か六年は今日、アオの特別講義入ってただろ?」

 リンラは事も無げに言うと、一応ミツヤとの距離に気を遣って歩く速度を緩める。一同はこの後、昼休憩を挟んで午後の授業に入る。いつもならその昼休憩は一人で昼寝して過ごすか、ヒバルと駄弁って過ごすのだが……稀に、どこぞの生意気な後輩に付き合ってやることもある。

「アオ先輩が来んなら尚更だ。間違っても重体にすんじゃねーぞ」

 釘を刺しても`止めとけ`とは言わない相棒に、察しのいいことだとリンラは笑い、「しねぇよ、さすがにまだ死にたくねぇし」と言い返す。薬による体内からの攻撃は普通にキツい。

(ま、弱点ってほどじゃねーけどな)

 どんな薬物を使われても、血液を沸騰させればある程度の毒素は無効化できる。ヒバルの場合は凍結によって全身に回るのを防ぐことができる。

(弱点、か)

 そういえば己の弱点は何なのだろうと、リンラはバスに揺られながら考えた。単なる攻撃面においての相性ではなく、もっと自分の真に迫るような本格的な弱点について。強くなることばかり考えて前進してきた弊害か、振り返って自分を見つめたことがなかった。

 苦手だと直感したものは早々に克服して、平気なものに変えてきた。面白そうだと思ったものは引っ掴んで、己のものにするか傍においた。だから自分の後ろに何があるのか、それらが本当につまらないものなのかさえリンラはよく知らない。

(後ろには目がねぇから見なくていい、なんつってな)

 適当に思考を締め括ると、リンラは残り時間を睡眠に使うことにした。この十七年間で後ろに置いてきたもの、見なくてもいいと割り切ってきたもの――それが俗に言う`後悔`に結びつくのだと思い知るのは、もう少し先のこと。

リヴドシティ

最先端の医学とそれに伴う毒薬などの武力が売りの、蒼魔灯の片割れ。`洋`の要素が強い。上層部の者はとくに`生きること`へのこだわりが強く、老けることや病を患うことを極端に嫌い、予防接種やバイタルチェックの管理が厳しい管理社会。

国はワンからトゥエルブの数字で区切られており、首都はワン・C。アニマのメンバーが己に割り当てられた数字と同じ数字のシティの代表者となっている。超大国だった頃から教育にも力を入れており、スパイラルアカデミーという巨大な七年制の教育機関で様々な部門の後継者を育てている。分裂後に軍事部が拡大され、リンラとヒバルはそこに在籍している。

死乃宮の民からは、人の身にありながら命の領域を侵す`生神`と蔑まれている。


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