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生神贄伝  作者: キアラ
始動篇
3/36

第二章 秘密の逢瀬[前編]

メインキャラ4人のうちの2人、双子の姉弟アズハとユキハ視点の、とある日常の一幕。

 死乃宮の朝は早い。どこぞの隣国のように人工的な薬でツギハギに繋がれた命ではない、ありのままの本当の命を一秒でも長く健康に生きるために、早寝早起きが鉄則だった。大人も子供も赤子も、男も女も、一般人も軍人も同じ……いや、最後のカテゴリーは時と場合で少し変わる。

 特に戦場から帰ってきたばかりの軍人は、戦闘や長距離移動の疲労が積もって午前中、酷ければ丸一日を睡眠に費やすことも少なくはない。暗黙の了解ができて戦いのレベルが落ちてから、丸一日のほうはほぼ無くなったが。

「……はぁ…」

 東・アズハもまた、午前中の爽やかな時間帯に目覚めた。朝日を白く反射する障子窓や卓袱台、階段箪笥などに囲まれた和室。そのど真ん中に堂々と敷かれた布団から身体を起こすと、溜息を吐いて前髪を掻き上げた。艶やかな黒髪は絡まりが殆どなく、さらりと指の間を流れ落ちていく。


――うわ何それ羨まし……こっちはハネ放題で毎朝格闘してるってのに


 金髪を弄りながらそう零した友人の姿を思い出すと、小さく吹き出した。寝巻きの白い着物から、トレーニング用の灰色の甚平に着替えて身支度を整えると、床の間に飾ってあるレイピアを手に取り、傍の小箱に入れておいた赤紐の耳栓を右耳に付けた。小さな庭を見渡せる廊下に出ると、玄関に向かう。

「……おはよう、ユキ」

「おはよう、アズ姉」

 挨拶しながら角を曲がると、玄関で待っていた長身の少年が同じように挨拶を返してくる。黒くしっとりとした短髪をもつ少年の名は西・ユキハ。アズハの双子の弟である彼は、左目に白い包帯を巻いていた。

「眠れた?」

「夢は視なかった、と思う」

「俺もそんな感じ」

 淡々と穏やかな会話をしながら家を出ると、二人はいつも通り訓練施設に向かう――正確には施設が所有している密林に。毎朝の日課、起き抜けの稽古というやつだ。まだ色々と未熟で訓練漬けだった数年前とは違い、実力が備わった今は決められた曜日に決められた分だけ訓練を熟すだけで問題はないのだが、二人は一日たりとて欠かすことはなかった。

「いい天気ね」

「ん……」

 敵国であるリヴドシティが`洋`を意識しているのに対し、ここ死乃宮は`和`を意識している。通りに建ち並ぶ住宅や店の造りは木造の平屋建てばかりで、城はあってもビルはない。唯一洋風を感じられる無機質な建物は、例の訓練施設くらいではないだろうか。蒼魔灯はもともと`洋`と`和`の文化をそれぞれ築いていた二ヵ国が融合した合衆国で、分裂後も初代の国の風習が深く根付いていた。

「アズ姉、先にシャワー浴びてきなよ。俺飯作るから」

「ありがとう。じゃあお先に――」

「あ、待って。ふりかけ、卵と鮭どっちがいい?」

「鮭がいい」

 食事の用意も掃除もゴミ捨ても交代制で、訓練は一緒に――これが双子の日常だった。母親はアズハとユキハを産んですぐに亡くなり、後を追うように父親も事故で命を落としたと聞いている。幸い死乃宮の上層部と両親が個人的な繋がりを持っていたため、最低限の生活支援はしてもらえた。

(孤児院に放り込むことを、支援って言うならね)

 アズハは熱いシャワーを浴びながら、然程遠くない昔のことを振り返る。分裂して間もなかった当時の死乃宮に、血縁関係のない赤子を二人も快く引き取ってくれるような大人は居らず、幼い二人は幼い腕で互いを護り合うしかなかった。

 今のようにある程度自由で余裕をもった暮らしができるようになったのは、二人が二歳の時。開戦と同時に国が定めた適性検査を受け、ずば抜けたレベルのブラッドタイプをその身に備えているだけでなく、今のところ死乃宮の土地に住まう民のみに発現する超能力【祈祷】まで扱えると分かってからだった。

 今後も十分な生活支援を行う代わりに、二人は齢三歳で軍事訓練施設【彼岸(ひがん)】に送られ、ひたすらに軍人としての道を歩まされた。気づけば東・西とギフテッドの称号を名前の頭に刻まれ、鬼士の主力歩兵部隊【(いち)】と情報・偵察部隊【(よん)】の指揮官として祭り上げられていたが、

(正直、どうでもよかった)

 国の行く末も、周囲の人々からの期待の目も。嫉妬の目も敵意も、無関心も執着心も。とにかく姉弟揃って寿命まで無事に生きられれば、それでよかった。

「ユキ、シャワーお先……おにぎり作ってるの?」

「前にあいつ、食べたいって言ってたから」

「……私も作る。あの子も、同じこと言ってたの思い出した」

「だと思って、米多めに炊いといた」

「さすが」

 それだけで、よかったはずなのに。


    ◇◇◇◇


 一つが二つに別たれたゆえに、リヴドシティと死乃宮は国境こそはっきりしているが、実質真隣に敵国が臨んでいる状態だった。そのため、絶対不可侵領域として灰色の壁が国境に沿って構築されており、探知センサーと監視カメラがビッシリと設置されている――ところが一箇所だけ、壁ではなく森が聳えていた。

 北に指定されている戦場とは正反対の南に位置し、視界と方向感覚、更には吐息をも呑み込む深い霧に覆われた緑の海――通称【不可森(フォグ)】。法律で立ち入り禁止区域に指定されているうえにプロの探検家でも迷うと言われている森なのだが、

「あれ? まだ来てないみたい」

「ホントだ、いつもあっちのほうが早いのに」

 双子にとっては庭も同然だった。見覚えのある川原まで来ると、砂利のなかに紛れている平たい石の上に腰を下ろす。アズハは夜桜をイメージした紺色の着物に、ユキハは裾のあたりに控えめにススキが散らされた着物に着替えており、それぞれ風呂敷を持参していた。

 サラサラとした水の音と風の音、小鳥の囀り。モッサリとした木々が片っ端から飲み干してしまう自然の音も、この川原付近では耳に届く。霧も多少は薄くなっており、見上げた青空は十分綺麗だと言えた。

「アズ姉があの子に会ったのって、夜だっけ?」

「そうよ」

 秘密の祭祀でも行われているかのような、あの神秘的な夜のことは今でも鮮明に思い出せる。

「もう十二年も経ってるのに……不思議ね」

「そいつぁ光栄なこって」

 高圧的なのに不思議と懐が広く感じる、女性にしてはややハスキーな声音。嗚呼やっと話しかけてきたと、アズハとユキハは揃って木の上を見上げた。待ち望んでいた友人二人が、大木の太い枝を足場に「よっ」と挨拶を寄越してきた。

 一人はダボッとした青いジャンパーを、もう一人は黒いプルオーバーパーカーを身につけており、後者は普段一つに結っている髪をほどいて片側を緩く後ろに流していた……相変わらず揃ってワイルドな風貌ですこと。

「待たせて悪かったな」

「そう思ってるなら、なんですぐに話しかけてこなかったの?」

「あー、このムッツリ野郎が麗しの和服の君を盗撮したいとか言っ――」

「てねーわアホ! つか俺だけみたいに言うな! お前もスマホ構えてただろ!」

「いやウチは景色撮ってただけだし? そこにたまたまアズが写ってただけだし?」

「嘘吐け! ピントがもろアズにロックオンされてんじゃねーか!」

 しっとり流れていたはずの空気が一瞬でガチャガチャに掻き回されるが、双子はこれっぽっちも不快に感じなかった。

「相変わらずフルスロットルね」

「ほら二人とも、そろそろこっちおいでよ」

 喧嘩する幼子を宥めるように声をかけると、胸倉を掴み合ってたガチャガチャコンビは面白いほどにピタッと静止した。おずおずと手を放して定位置の石に座る姿勢は、借りてきた猫そのものだ。

「髪、今日は下ろしてるんだな」

「まぁな」

「前の三つ編みも良かったけど、今日のも似合ってるよ」

 乏しい表情と少ない口数を補うように、ユキハはいつだってストレートに感想を紡ぐ。今も優しい手つきで少年の――ヒバルの髪をそっと撫でていた。どういうふうに触れても、ヒバルは最初はお決まりのように固まる。その固まった顔がホロホロと柔らいでいく様を見るのが、ユキハは好きだった。

「アズ、膝貸せ」

「ぇ、わっ」

 アズハの返答を待つことなく、少女――リンラは彼女の揃えられた膝を枕にゴロンと仰向けに寝転がる。腕と足を組む姿はまさに俺様といった感じだが、肩から流れ落ちたアズハの黒髪を掬う指の動きは丁寧だった。

「急になんなの?」

「今日は膝枕してもらおって決めてただけだよ」

「また勝手に……まぁいいけど」

「なぁ、アズは髪結ばねーの? 見たことねーけど」

「っ、私はいい……」

 嘘、本当は結んでみたい。だが見た目に反して手先が不器用なうえに、髪がサラサラ過ぎて櫛で束ねてもすぐ解れてくるため結べないのだ。ユキハは器用なほうだが、十七にもなって弟に頼むというのも中々に恥ずかしくて出来なかった。

「あとでウチが結ってやろうか?」

「え、でも髪紐とか持ってきてないし……」

「ヒルのヘアゴム借りりゃいいだろ。あいつピルケースの他にも裁縫セットとかコスメポーチ持ち歩いてっから。プッ、女々し(小声)」

「聞こえてんぞてめぇ! あとコスメじゃなくて普通のポーチだわ!」

 喚きながらもヒバルはボディバッグからポーチを取り出し、リンラの顔面めがけてぶん投げた。ちょうどファスナーの金具の部分が眼球に直撃し、声なくして身悶える。地味にけっこう痛い。

「今のはリラが悪い」

 リンラの顔でバウンドしたポーチをキャッチし、アズハは心底呆れたように言う。向かいではヒバルが未だに野良猫の如く「フシャーッ!」と毛を逆立てており、ユキハが背中を摩りながら「どーどー」と棒読みで宥めていた。なんてことない話題でふざけては笑って、怒って宥めて、また笑い合って――いったい誰が想像できるだろうか。


 この四人がそれぞれ敵国の軍人同士で、昨日も戦場で斬り合いをしていたなどと。


「なぁユキ、その風呂敷なに入ってんの?」

「おにぎり。食べてみたいって、ヒル言ってただろ」

「……覚えててくれたんだ」

「覚えてるよ」

「ぁ、ありが――」

「さっすがユキ! んじゃアズが作ったのもあんの? なぁどれ食いたい!」

「っ、お前ってヤツはよ……!」

「あ? なにキレてんだよ」

「リラはまた……」

「ハイハイどーどー(棒読み)」

 誰一人として無理はしていない。疲れた時に膝を貸してくれる相手が、髪を撫でてくれる相手が、髪を結んでみたいと言ってくれる相手が、どんなに小さなことにも嬉しそうに照れてくれる相手が……敵軍のエースだった。ただ、それだけのこと。


    ◇◇◇◇


「あんのガサツ野郎が! 毎度毎度空気ブチ壊しやがって!」

「まー、それがリラのアイデンティティーみたいなものだからね」

 ウガァアと両手で頭を抱えて喚くヒバルを適当に宥めながら、ユキハはオセロの黒石をポトッとボードの上に置く。二人は川原を離れ、森の中の木の上に向かい合わせで座っていた。合流した直後は四人でわいわい騒いで過ごすが、ある程度時間が経つと二組に分かれ、思い思いに過ごすのが自然な流れとなっていた。

(ていうかずっと四人でいると、ヒルとリラの喧嘩終わんないんだよね)

 ヒバルとユキハは頭を使うことが好きなため、二人きりになるとカードゲームやボードゲームで遊ぶことが多い。黙々とやる時もあれば、今のように愚痴りながら手慰み程度に弄る時もある。勝負がつくまでやる時もあれば、途中で投げ出してまったりモードに入る時も……とにかく自由気ままに楽しむ。型通りのルールに縛られるのは、学び舎と戦場だけで十分だった。

「……なぁ、そっち行っていい?」

「ん、どうぞ」

 許可を得たヒバルは身軽にボードとユキハを跳び越えると、彼の背中に凭れるように座り直した。今日はこのまままったりモードだなと、ユキハも加減しながらヒバルのほうへ体重を預ける。同時に、この黄金コンビとの出会いを思い出した。

死乃宮(しのみや)

かつての蒼魔灯の片割れで、今現在リヴドシティと対立関係にある`和`の国。経済や学問で突出している面はないが、超能力に関する研究は進んでおり、ブラッドタイプ以外にも中規模の超能力―祈祷(きとう)―をもっている者もいる。国は地支の名のもと十二区に分けられており、首都は亥の区。アニムスのメンバーが己の文字と同じ文字の区を統治している。

上層部は`死と自然治癒を美化する`傾向があり、薬や医療技術は最低限しか発展していない。国の分裂後、適性検査で軍人としての才が見出された者にかぎり軍事施設―彼岸―で軍事訓練と能力覚醒の訓練を受ける決まりとなり、アズハとユキハは齢三つでその検査を受け、訓練を経て戦場に送られた。

首都である亥の区には此岸と呼ばれる大規模な寺子屋があり、一定の授業料を支払えば七歳から二十歳までの間、基本的な読み書きの他に科学・法学・歴史・芸術・数学・文学・スポーツなど好きな分野を学べる。リヴドシティの民からは、自ら命を投げ出す愚者として`贄`と呼ばれている。

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