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短編集

虐げられた少女は翼人の青年に救われる

作者: 金狐銀狼
掲載日:2024/04/15



 ―――いつからこうなってしまったのだろうか。



 スカートの裾を翻しながら、私は森の中を駆けていた。

 背後からは男達の怒号が聞こえてくる。





 モリア・コンヴァ。それが私の名前。

 コンヴァ商会の娘であり、商会の副商会長でもあった。


 父が商会長を務めていたころは、コンヴァ商会は国でも有数の大商会だった。

 人脈のある父(商会長)と、商才のある母(副商会長)。二人は協力して、商会はメキメキと大きくなっていった。


 けど、3年前の馬車の事故で母が亡くなり、父が周りからの勧めを断りきれず、後妻を貰ってから、私の日常は静かに狂っていった。

 父は母の代わりに私を副商会長につけ、継母を私の補佐に付けた。

 確かに継母には商才があったけれど、それは母にも、私にも遠く及ばない。

 何でもかんでも仕事に口出しをしてくる継母にうんざりとしていたが、その頃はまだマシだった。父がいたから。


 けど、母の死から半年もたたずに、父も後を追うようにして亡くなった。

 そこからだ。継母が商会長を継ぎ、私にすべての仕事をこなすように言い始めた。逆らえば折檻よ、と脅しの言葉をつけて。


 やらないという選択肢は無かった。折檻が怖いからでは無い。父の商会を潰さないためだ。

 毎日、寝る間も惜しんで仕事をこなした。書類仕事はもちろん、商談、取引の現場での指揮もとった。

 けど、私が必死に働いてつくったお金を、継母は自分の娯楽のためだけに使った。


 家に愛人を多数囲い、ドレスや宝石を山のように買う。

 継母がお金を湯水のように使うので、商会の経済状況は徐々に苦しくなっていった。それを嗅ぎ取ったいくつかの取引相手には、取引を打ち切られた。商会員も解雇せざるをえない状況になったときは、新たな働き先を見つけて、退職金を渡してから辞めてもらった。


 それでも、商会が傾いていくのは止められなかった。継母に苦言を呈しては、折檻をされる。気絶するまで殴られて、気が付けば夜だった、というのも珍しくない。

 それでも、私は商会を捨てられなかった。







 そして、事件がおきた。


 さっき、私は目が覚めると、どこか知らない小屋の床に手足を縛られて、転がされていた。幸いにも目隠しはされていなかったから、視線だけを動かして、周囲の状況を確認した。


 そばには継母とガラの悪い男が居て、なにか話し合っていた。


「じゃあ、取引成立だな」

「ええ。擲ろうが犯そうが、好きにして頂戴」


 という話の内容から、人身売買だと気づくには時間はかからなかった。

 この国では人身売買は重罪。下手を打てば死罪にだってなり得る。


 このままでは、何をされるかわかったもんじゃない。


 そう思って、バレないように手足を縛る縄を解いた。父から、護身のために教わっておいた術が役に立つとは思わなかったけど。


 そして、男と継母の気がそれた瞬間に、私は開いていた窓から外へと逃げ出した。どうやら扉の外にも男がいたようで、私を見て少しぽかんとしていた。


「逃がすな!」

「! おう!」


 伸びてくる手を躱し、必死に走る。膝まである草が足を傷つけていくけど、痛みは感じなかった。興奮しすぎているせいかもしれない。


 捕まっては駄目だ。その一心で、私は走っていた。







 けど、追いかけっこはすぐに終わった。


「はぁ、もう逃げられねぇぞ。観念しやがれ」


 じり、と私は後ずさるけれど、それ以上は下がれない。崖が、存在を主張するかのようにパラパラと土塊を落とした。


 どうしよう。このまま捕まっては……

 ちらりと崖の下を見やる。かなりの高さがある。落ちたら、ひとたまりもないだろう。けど。


「あなた達に捕まるくらいなら、死んだほうがマシよ……っ!」

「なっ!?」


 自ら宙に身を躍らせた。男の驚いた顔が、崖に遮られて見えなくなる。

 風が私の身体を煽る中、私の意識は途切れた。





「!? 女の子が、落ちてきた!?」














 ……ここは何処だろう。ふわふわしてて、あったかい……


「…………………」


 ぼんやりとした意識のまま、開いた目が見知らぬ天井を捉えた。


「あ、気が付いた?」

「………………?」


 すぐそばから声がしてそちらを見ると、青年が座っていた。私の寝ているベッド脇の椅子に腰掛けている、ひどく整った顔立ちをしている彼の背には、一対の新緑の色をした翼が生えている。薄くピンクがかった瞳に、青空のような色をした長い髪は一つに結ばれていた。

 翼人って、初めて見たなぁ。そんなことをボウっとした頭で考えながら、重い身体を動かした。ちょっとふらついたものの、青年が上体を起こすのを手伝ってくれた。


「あなた、は……?」

「あ、俺、翼人のバースっていうんだ。初めまして。君は?」

「わたしは、モリア……モリア・コンヴァ」

「そっか。じゃあ、モリアちゃん、どうして崖から落ちてきたのか、聞いてもいいかな?」


 崖……? 私、なんで……


「っ!!」

「うわっ、どうしたの!?」


 そうか。私、売られかけたんだ。それで、追い詰められて……


「ぅっ……ひっく……」

「え、ちょっ!」


 今になって、恐怖が出てきた。死ぬかもしれなかった。怖かった。

 感情が溢れて、自分では止められない。拭っても拭っても涙が流れてくる。

 泣き止もうとすればするほど、しゃくりあげてしまう。


「…………怖かったね」

「!」


 そんな私の心の内を見透かしたのか、バースは私をそっと抱きしめ、頭を撫でてくれた。

 久しぶりに感じた温かな体温に、さらに涙がとまらなくなる。



「我慢は良くないよ。泣きたいときは、思い切り泣けばいい」






「……落ち着いた?」

「はい、あの、バースさん」

「バースでいいよ。敬語もなしで」

「ええと、バース。ありがとう……」

「どーいたしまして。スッキリしたようで何よりだよ」


 明るく笑うバースに、不意に、何もかもを話したくなった。

 会ってまだ1時間もたっていないけど、このひとなら、何でも聞いてくれると思えたから。


「ねぇ、バース。私の話、聞いてくれる……?」

「もちろん」



 バースは真剣な顔で、私の話を聞いてくれた。私が恐怖や悲しさでうまく話せなくても、先を促すことなく、私の背中を撫でて、私が落ち着くのを待ってくれた。


 おかげで、起きたときには明るかった空が、話し終えたときには真っ暗になってしまっていた。


「何だよそれ、酷いな」


 話したことで、かなり心が軽くなった。自分ではもう怒る気力もなかったから、代わりに怒ってくれているバースの気持ちが凄く嬉しい。


「モリアちゃん、一発くらいは殴っといたほうが良かったんじゃない? 罰は当たんないよ」

「ん……ありがと、バース」

「ん? 何が?」

「怒ってくれて。私じゃもう、怒る気力もなかったから」


 笑みを作ると、バースが何故か辛そうな表情(かお)をした。どうしたんだろう?


「……ねぇ。無理して笑う必要はないよ。特に、俺の前では」

「え……」


 スリ、とバースの親指が私の目元を触った。


「今自分がどんな表情なのかわかってる?」

「どんな、表情……?」

「“すごく辛い。けど、大丈夫”って顔してる」

「え……」


 それは、どんな顔だろう。手を当ててみても、分かるはずがない。


「俺は目の前の酷い体験をした人が無理に笑っているのを見過ごせるような性格じゃないんだ」

「無理に、笑ってなんて……」

「じゃあ、何でそんなに辛そうなの?」

「…………」


 言葉に詰まる。確かに、今私は心から笑えてはいない。けど、辛いかどうか、と聞かれれば、わからない、としか言いようが無いのだ。

 私の心はもう――――


「ねぇ。提案なんだけどさ。モリアちゃん、しばらくは俺の家で暮らさない? あ、下心とかじゃないよ!」

「バース、と?」

「うん。まあここが既に俺の家なんだけど……」


 ここに来てようやく場所が判明。

 ここはどうやら森の中にあるバースの家だという。聞くところによると、翼人は木の上に家を作るらしい。ただ、幼少期は飛べないため、この家にも上り下りするための梯子があるそう。それなら、人間の私でも生活できそう……


「いやー、びっくりしたよ。まさか森で食料探してたら空から人間の女の子が降ってくるとは思わなかった」

「……それは、ごめん」


 何とも言えずに頭を下げる。


 バース曰く、獲物を探すため飛んでいたら上から気を失った私が落ちてきたらしい。

 仲間は? と聞くと「俺は変わり者だから他の奴らの巣から離れて暮らしてる」と淡々とした口調で返事が帰ってきた。どうやらあまり触れられたくない事のようだ。


「それで、どうする? 人間の街に戻りたいって言うなら、送るけど……」

「っ人がいるところには行きたくない! ……っ、ごめん……」


 街へ戻る。それを想像しただけで身体中の血の気が引いた気がした。思わず叫んでしまったあと、我に返る。


「大丈夫だよ。じゃあ、俺の家でしばらく暮らすってことでおっけー?」

「う、うん……お世話になります」

「こちらこそ」


 差し出された手をそっと握ると、思いの外強めの力で握り返された。


「……あれ?」


 不意に目の前が揺れた。なんだか身体も熱い気がする。

 私の様子をおかしく思ったのか、バースが「ちょっとごめんね」といい私の額に手を当てた。


「え、うわっ、すごい熱!」

「んん……」


 当てられた手が少しひんやりしていて気持ちいい。バースが慌てて動く気配を感じながら、私の意識は再び途切れた。







     ∮







 急に熱が上がって倒れたモリアちゃんの額に、濡らした布を乗せる。

 かなりの熱があるにも関わらず、穏やかな寝息を立てていることにホッとする。



「……やっと見つけた、俺の唯一()



 上から彼女が落ちてきたことには心底驚いた。崖の上から落ちてきた、というのはすぐに分かったが、何故落ちてきたのががわからなかった。ここには人間は滅多に近寄らず、ましてや崖から落ちてくるなど、余程のことがない限りあり得ない。


 慌てて抱きとめた瞬間、俺の本能が『この子が番だ』と囁いた。ずっと探していた自分の半身が見つかったような感覚に襲われた。

 小麦色の髪に、ラベンダー色の瞳。すべてが愛おしく思えた。


 だから、彼女の身体に殴られたかのような痣があることに酷く苛立った。

 袖から覗く、鞭の跡はどう見ても最近つけられたものではない。他にも濃いくまに、青白い顔。軽すぎる身体。

 それだけで、彼女がどんな環境で過ごしていたのかを察することが出来る。


「よく頑張ったね」


 労いの気持ちを込めて頭を撫でると、彼女の表情がふにゃりと崩れた。可愛い……っ!

 抱きしめたくなる衝動を必死に抑えていると、 彼女の手が何かを探して動き、俺の手を握った。

 うっすらと目を開けた彼女の視線が俺の方へ向く。


「あ、ごめん。起こしちゃった?」

「……バース……?」

「どうしたの?」

「お願い、私を、一人にしないで……」

「………………!」


 それだけ言い、また瞼を閉じた。強く握られた手が、その言葉が本心であることを強く示している。



「……うん。居なくならないよ。だって俺が逃がしてやらないから」



 ちゅっと握った手に口付けた。







     ∮







 私がバースと出会ってから約一週間がたち、熱もようやく下がった。


 この一週間で、バースはかなりスキンシップが多いと知った。隙あらば、手を握ったりハグをしてきたりする。

 次々と家に男を連れ込む継母のせいで、私は男の人が苦手になっていたけど、バースにだけは触られても嫌悪感を感じない。ちょっと気恥ずかしいだけ。何でだろ。

 今も、バースは窓から外を眺める私を後ろから抱きしめている。


「よく空を見てるけど、空好きなの?」

「え? あ……うん。好き。広くって、綺麗だから」

「そっか。なら、熱も下がったことだし、散歩に行かない?」

「散歩?」

「うん。ずっと家の中にいたから、気分転換にどうかなって」

「! 行きたい」

「なら、はい。これに着替えて」

「これは……ワンピース?」

「流石にネグリジェのまま外は良くないでしょ?」

「なるほど……ありがとう」

「外に出てるから、着替えられたら呼んでね」


 バースが出ていき、一人になった部屋の中で、私はワンピースをじっと見つめた。

 全体的に薄ピンクのグラデーションが綺麗で、ふわっと広がる裾にいくにつれて、薄くなっている。まるで、バースの瞳の色みたい……


 最近は自分を着飾る余裕なんて経済的にも精神的にも無かったから、こんなにも可愛い服を着れることが凄く嬉しい。



「バース、着替えたよ」

「! よく似合ってる」


 ニコニコと笑みを浮かべるバースに手を引かれ、私は外へ出た。

 一歩でた瞬間、視界いっぱいに空と森が広がった。


「うわあ……」

「どう? 外は」

「窓から見るより、ずっと綺麗……」

「じゃあ、もっと景色がいい場所にごあんな〜い」

「え? ひゃっ!」


 ふわっと身体が浮き、横抱きにされた。いわゆるお姫様抱っこ。思わずバースの首に抱きつくと、彼はふふっと笑った。


「……なに」

「いや? そのまま、しっかり掴まっててね」


 そういうなり、バースは背中の翼を羽ばたかせた。揺れる感覚が怖くてぎゅっと目を閉じていたけど、彼に「目を開けてみて」と言われ、恐る恐る目を開いた。

 飛び込んできたのは、360°どこを見ても森と空しかない景色。

 人間の私では一生見られないであろう景色に、私は釘付けになった。その反応を見て、バースは嬉しそうに笑った。


「元気になったモリアちゃんへの、俺からのプレゼント。気に入ってくれた?」

「うん、うん! 凄く綺麗! まるで大好きな鳥になったみたい!」

「……鳥、好きなの? どうして?」

「だって、鳥には翼があるでしょう? 好きなところに飛んで行けて、凄く自由じゃない! 素晴らしいプレゼントをありがとう、バース!」


 お礼をいうと、バースは少しおかしな表情をしていた。どうしたんだろう。

 けど、尋ねる前に彼が「上空は冷えるから、そろそろ降りよっか」と言ったことで、言えなかった。










 バースと暮らし始めて一ヶ月がたった。その間、彼は毎日私にプレゼントをくれた。

 服やアクセサリー、本、羽根ペン。

 羽根ペンを貰った時、見覚えのある羽色にバースの方を見ると、彼は「僕の羽をペンに加工したんだ」と言っていた。


 今日もバースが贈ってくれたワンピースとリボンを付けて、私は野草を採りに出ていた。

 バースは外せない用事があるのに、「俺も一緒に行く」とごねていたので、帰ったら私の手料理を振る舞う、という約束をして行ってもらった。


「今日は猪肉を香草焼きにしようかな……」


 籠の中を見ながらメニューを考えていると、ガサガサと草をかき分けて歩いてくる音が聞こえた。

 なんだろう、と思った瞬間、森の中に似つかわしくない、甲高い声がした。


「ああ、お前、こんなところにいたのね。さっさと帰るわよ」

「…………なんで、ここに………………」

「お前が逃げなければ、わたくしがわざわざこんな森の中まで来ることはなかったというのに。帰ったら、まずはきつい仕置きが必要ね」


 籠を落として立ち尽くすと、継母は赤い唇をにやりと釣り上げる。継母の背後にはいつかの二人の男がいた。


 逃げなきゃ。そう思うのに、身体が動かない。震えが止まらない。


「さあ、来るのよ!」

「痛っ!」


 わざと長く鋭い爪を食い込ませるように強く握られ、痛みに顔を歪める。引っ張られた拍子にリボンが視界の端でちらりと揺れた。淡いピンク色のリボンに、バースの瞳の色が重なった。

 ……あ、私、バースのこと、好きになってたんだな。こんな時に彼の顔を思い出すなんて。だからか。触られても嫌悪感を感じなかったのは。

 自覚して、名前のついた感情がストンと心の中に収まった。


 私なんて。そうやって俯いていた時、必ずバースが言ってくれた言葉が、彼の声で紡がれた。



『君は綺麗で、強い。だから、前を向いて』



 ……………そうだ。私はバースと出会って、変わった。耐えるだけの私じゃ、ない…………っ!


「―――――ない」

「は?」

「行かない、って言っているの!」


 これまで俯かせてばかりだった顔を上げ、継母の目を見た。それが継母の気に触ったのか。私の腕を放して、手を振り上げた。反射的に腕で顔を庇い、目を瞑る。


 打たれる…………っ!



「―――俺の番に、何をしようとしている?」



「っ!」

「なっ、誰よ!?」


 聞き覚えのある声に私は上を見上げた。

 そこにいたのは、普段と違う服と雰囲気を纏ったバース。左右には全く同じ容姿の翼人の少年がいた。


 少年たちは私の方へ飛んできて、ふたりで周りをくるくると周る。


「この人がバース様の番〜?」

「優しい色だね〜」

「僕たちを見ても、態度を変えないね〜?」

「ね〜?」


 ピタリと私の前で周るのを止め、それぞれ右手と左手を挙げた。


「番のおねーさん、初めまして〜。ボクはライ。バース様の右目だよ〜」

「番のおねーさん、初めまして〜。ボクはレイ。バース様の左目だよ〜」

「え、えと……よろしく……?」

「「双子のライとレイを、どうぞよろしく〜」」


 独特の語尾が間延びする喋り方の双子は揃って私の腕を指差した。


「おねーさん、大丈夫〜?」

「血、出てるよ〜?」

「え、あ、ほんとだ……大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


 へにょっと眉の下がった双子に笑いかけると、彼らは同じタイミングで黙ったままのバースの方を向いた。


「バース様、どうする〜?」

「番のおねーさんを傷つけた人間……殺す〜?」

「!? 殺す、ですって!?」


 双子から出た物騒な単語に継母が後退った。そして宙に浮いたままのバースに向かって叫ぶ。


「っアンタたち、一体何よ! これは家族の問題よ! 翼人風情が口を出さないで頂戴!!」

「…………………………今、なんて言った?」


 ドスの利いた低い声が目の前から聞こえた。私に背を向けている双子から冷気が放たれていた。背後にいる私でさえ悪寒を覚えるのだから、目の前にいる継母はさらに恐怖を感じているだろう。


「バース様を“翼人風情”と言ったのか? お前が?」

「バース様を貶めたのか? お前が?」


 風さえも止み、静まり返った森の中に彼らの放つ重い威圧が充満する。本能的に後ずさりをしかけて、足元の木の根に躓いてふらつくと、いつの間にか私の背後に回っていたバースに支えられた。


「バース……? その服、どうしたの?」

「ごめんね、モリアちゃん。こいつらが来てることに、もっと早く気付くべきだった」


 バースに抱き上げられ、いつもは頭一つ分離れている目線が同じになった。

 何度も謝るバースの額に、私の額をくっつけた。


「?」

「バース。来てくれてありがとう」


 この一ヶ月、ずっと一緒にいた、安心できる存在の腕の中にいる。私は一人じゃない。身体の震えはすっかり治まっていた。



「……もちろんだよ。来ないわけないじゃないか」



 バースは私を抱き上げたまま、継母と向かい合った。明らかに怯える様子を見せる継母。

 まあ、当然とも言える。先程の尋常ではない威圧をだした双子と、その主らしき翼人が自分の方を睨みつけているのだから。後ろの男二人は既に座り込んでしまっている。継母を立たせているのは得意のお高いプライド、と言ったところだろう。


「おい」

「ひっ!」

「この森では武力はご法度だと知らなかったか? よりにもよって、俺の番に手を出そうとするとは……余程死にたいと見える」

「「「っっっっ!!!」」」


 目に見えて顔色が悪くなっていく継母と男達。それでもバースを睨むのはやめない。

 対するバースは大きくため息をついた。


「はあ。まあいい。さて、何だったか……ああ、俺が何者か、という話だったな。シュツヴァを継ぐもの、といえばわかるか?」


 その言葉に継母達だけではなく私も驚き息を呑んだ。


 シュツヴァとは、翼人の国家を治める王のみが名乗れる名前。

 世界的に冷遇される傾向のある翼人が国家を創れたのはひとえに彼らの戦闘能力が高いからだ。空を飛び攻撃が出来るという優れた点があり、彼らの戦は負けなしだと聞いたことがある。

 翼人は基本的に実力主義であり、王の後継者は血ではなく総合的な強さで選ばれる。今の王は頭脳戦が強いと聞いたけれど、後継者の話は聞いたことがなかった。

 なのに、その本人が目の前にいるとは……


「俺は恩と番を大切にする主義でな。よって、番を害そうとしたお前らに掛ける慈悲はない」

「本当なら、バース様を愚弄し、バース様の番を傷付けた罪で惨たらしく殺したいところだけど〜」

「おねーさんが望んでなさそうだから、それはやめてあげる〜」


 畳み掛けるように3人が言葉をつなぐ。先程よりも顔色が悪くなった継母はとうとう座り込んだ。

 バースはそれらに背を向け、双子に話しかけた。


「ライ、レイ。そいつらを森の外に放り出しておけ。始末は任せた。俺は先に戻る」

「は〜い、りょ〜かい」

「は〜い、わかった〜」


 後でね〜、おねーさん。双子の声を聞きながら、私を抱いたままバースは空に舞い上がった。


 しばらく、お互い無言だったけれど、私はそれが苦ではなかった。バースの首元に抱きつきながら、空の散歩を楽しんでいると、バースが口を開いた。


「ねぇ、モリアちゃん」

「ん? なあに?」

「俺のこと、怖くなった?」

「怖い? バースが?」


 何故そんなことを聞くのか理解ができず、首を傾げる。

 私にとってバースは命の恩人であり、今では唯一の安心できる存在だ。怖がる要素なんてどこにもない。そう言おうとしたけれど、バースの家に着いたことでタイミングを失った。


 元の視界の高さに戻り、またバースを見上げる。私から一歩離れたところに立った彼の顔は、何となく私の反応を伺っているように見えた。拒絶されることに恐れを感じているのだろうか。

 空いた距離を縮め、そっと彼の頬に手を当てると、彼はビクリと身体を震わせた。


「モリア―――」

「怖くなんて無いよ」

「!!」


 バースの目が見開かれ、瞳の中に私が写っているのが見えた。不安から揺れる瞳に訴えかける。


「バースがどんな姿で居たとしても、私にとってバースは命の恩人。嫌いになるなんて、天地がひっくり返ってもありえないよ」

「ほんと……?」

「うん。私、嘘は吐かないよ。それに、バースは大切な存在だもの。こんなにも私を大切にしてくれるのは、お父さんとお母さんしかいなかったから……」


 それも、お母さんが亡くなってからはお父さんが自暴自棄気味になってしまい、家族の時間は殆ど無くなってしまった。お母さんがいない寂しさを埋めようと、お父さんは一日中仕事に打ち込むようになり、食事を一緒に取ることも、出掛けることもなくなった。

 最終的にお父さんは過労で倒れた。それは遠方に商談に行っているときで、私は死に目に立ち会えなかった。


「モリアちゃん……」

「だから、私、凄く嬉しかったの」


 暗い顔をするバースの頬をむに〜っと引っ張る。


「え、いたっ!? 何するの!?」

「暗い顔しないでよ? 笑っててくれた方が嬉しい」


 ぱっとバースの頬から手を離し、暗くなってしまった空気を払拭すべく、話題を変えた。


「そういえば、今日どこ行ってたの? 着てるのって正装?」

「……ねぇモリアちゃん、“番”って知ってる?」

「“番”? ええと、獣人とか翼人の運命のひとのこと……?」

「うん。概ねその認識で合ってる」

「……そういえば、ライくんとレイくんだっけ? その子達が私のことを“バース様の番”って呼んでたけど、それが関係してるの?」

「うん。…………もしさ。モリアちゃんが俺の番って言われたら、どう思う?」


 私が、バースの、番…………………? 嫌ではない。断じて。それどころか―――――


「むしろ嬉しい、かも」

「え?」

「だって、お互いに唯一の関係ってことでしょ? それがバースなら、嬉しいよ。さっき気付いたけど、私、バースのことが…………」

「俺が、何?」


 その先が言えずに口ごもる。どうしよう。自覚した途端、恥ずかしくなった……

 対するバースは絶対気付いてるくせに、言わせようとしてくる。酷い……っ!


「す……」

「す?」

「……っっっ! すき、だから………っ!!」


 よし、言えた……! ヤケクソだけど、勢いで言えた……っ!

 妙な達成感を覚えた瞬間、ガバッとバースに抱きしめられた。


「ひゃうっ!? え、何っ!?」

「ありがとう……」

「え?」


 何を言ったのか聞き取れず聞き返すと、彼は私に対して跪いた。


「えっ??」


 状況が飲み込めず目を瞬かせる。


「ば、バース……? 何で跪いてるの……?」

「モリア・コンヴァさん」

「は、はいっ!」


 フルネームで呼ばれ、思わず背筋を伸ばして返事をする。そんな私にバースは何かを差し出した。


「俺と、一生を共にしてくれませんか?」


 それは、金の台座にジェダイトとローズクォーツ、そして新緑の羽が飾られた髪飾りだった。


「これ、は……」

「俺からの、求婚の証。受け取ってくれる?」

「! もちろん!!」


 そっと髪飾りを受け取る。ふわふわの羽と、キラキラと輝く宝石は、私が今まで生きてきて見た中で、一番輝いていた。






 そして私は、バースと家族になった。ふたりの子宝にも恵まれて、私は幸せだ。

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