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7 幼馴染は陽だまりで微睡む(本編完結)

 ヨロヨロとした力のない足取りで、コレットは学園内の廊下を歩いていく。

 建物内でもいささか不便な所にある為、第三書庫には殆ど訪れる者はいない。そもそも書庫にしては日当たりが良すぎる為に、最低限の本しか置かれていないこの部屋に用事のある者は滅多にいない。

 その為、ここは一部の生徒の絶好の休憩所になっている。


「ルカ、聞いてよぉ」

「……コレット、うるさい」


 テーブルの上に突っ伏すようにして寝ていたルカ・ハロルド・フローレンは、顔も上げないまま幼馴染に苦情を言う。

 昨日は何だかんだと来客が多く、結局夜遅くまで掛かって与えられた仕事をこなしたのだ。

 次の授業までの短い時間ではあるが寝かせてくれと、ルカは追い払うように手を振る。


「無理に返事はしなくていいから、聞くだけ聞いてよ。昨日、婚約破棄をしたって言いにきたじゃない……?」

「取り消しになったんだろう。おめでとう」


 否が応でも話をしようとするコレットに、昼寝は諦めたルカはのっそり起き上がり、ため息混じりの欠伸を漏らす。


「何で知ってるの!?」

「それくらい想像がつくよ」


 彼があれくらいで、君を手放す筈がないだろうに。そんなルカの呟きは、コレットと耳には入らなかったようだ。


「で、実際は何があってのさ」

「う、それは……」


 コレットは顔を赤らめると、視線をあちらこちらにさまよわせる。


「えっと、レオニスの部屋に連れて行かれたと思ったら、そのまま膝に乗せられて、どれだけ私が好きか延々と説明され続けて」

「あ、もういいから。黙って」

「ルカが言えって言ったんじゃない!」


 惚気としか言いようのない説明であったのは確かだが、それをばっさりと切り捨てられ、コレットは赤い顔のまま文句を言う。

 何しろ、思い出せばそれだけで、羞恥のあまりに頬が上気する。

 理知的で、怜悧で、淡白な人だと思っていた。

 冬の晴れた空のようだと感じていた瞳が、まさか青い熾火のような苛烈さで自分を見つめてこようとは、コレットは想像だにしていなかった。

 流石に父が心配するからと夜が更ける前に帰ることを許されたが、何時間も膝の上から解放されず、冴えた美貌に至近距離から口説かれ続ければ、さすがのコレットも疲労困憊になるのは宜なるかなである。いつも困ったように見える下がり眉が、普段以上に情けなく垂れている。


「私の方も、何をされると嫌だとかちゃんと伝えられたわ。それでもお互いの意見がぶつかり合う場合には、きちんとお話し合いしましょうということになったの」

「コレットが嫌でないなら何でもいいよ」


 まるで興味がないと言わんばかりの返しに、コレットは頬を膨らませる。彼女の幼馴染はいつだって彼女に素っ気ないのだ。


「昨日のコレットは随分とコレットらしく無かったけど、どうやら元に戻ったみたいだしね」

「うう……。出来れば忘れて欲しいかも。私にも色々あって、頭に血が昇っていたのよ」


 これまでの鬱憤が爆発したとは言え、流石に短気が過ぎたと、コレットは反省する。

 アナスターシャ嬢やその協力者からの長期間に渡る各種嫌がらせを、気にしていない態度で受け流していたが、正直気にしないわけがない。

 と言うか、レオニスと思い合っているのはアナスターシャ嬢であり、コレットとの婚約は飽くまで政略的なものだと思い込んでいた。言外にそう勘違いさせるよう、アナスターシャ嬢やピオーニア公爵家が仕組んでいたと言うのもあるだろう。

 ここでコレットが不満を爆発させなければ、互いの感情は拗れ、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。

 今後、同じ愚は犯さないにしても、今回ばかりは怪我の功名といえるかも知れない。

 むしろレオニス直々に、そんな勘違いは二度と出来ないくらいに、しっかりと教え込まされた感がある。コレットは昨日のことを思い出して熱を持つ頬を、パタパタと仰いで冷ます。


「ルカには何だか迷惑をかけちゃったね。ごめんね」

「別に」


 ルカは再び欠伸を漏らすと、自分の腕を枕に寝直し始める。


「今度お詫びにお菓子を持ってくるわ。レオニス様とね、一緒にお菓子作りをする約束をしたんだけどーー、」


 不意に、書庫の扉が叩かれる。


「すまない。ルカ・ハロルド・フローレン。ここに、私の婚約者がいると聞いたのだけれど」

「レオニス殿下!?」


 王太子はずかずかと室内に入ると、何故自分がここに居ることを知っているのだと目を白黒させるコレットの腕を引き、その肩を優しく抱き寄せる。


「コレット、駄目だろう。互いに用事がない時には、なるべく二人の時間を作ると約束したはずだ」

「いや、用事ありましたからね? 私はルカに」


 真っ直ぐな眼差しで顔を覗き込まれ、頬を赤く染めつつも、コレットは流されないぞと首を振る。


「ルカ・ハロルド・フローレン。私がコレットを連れていくことに問題はあるか?」

「ない。昼寝の邪魔だから、とっとと連れて帰って」

「ルカ、さすがに酷くない!?」


 即行で梯子を外されコレットは文句を言うが、ルカは自分の腕を枕にしたまま手を振る。


「コレット。明日の昼食は二人で取ろうか」

「え、ごめんなさい。ダリオと食べる約束しちゃいました……」

「……私も同席して良いか、ダリオには確認しておこう」


 ルカはちらりと顔をあげ、レオニスにエスコートされるコレットの顔が満更でもなさそうな事を確認すると、また瞼を閉じる。

 窓から差し込む陽射しは暖かで、ルカはそのまま微睡の中に、深く沈んでいったのだった。





 


おまけの人物紹介


コレット・マーガレティア・オデス……田舎に領地を持つ平凡な男爵令嬢。と、本人は思っているまったく平凡ではない令嬢。父親とその上司が面白がって鍛えまくったせいで、かなり高スペックな頭脳を持つが、幼馴染が天才なお陰でその自覚がまったくない。


レオニス・シオドア・マティアス……王太子殿下。日々の公務を真面目にこなし過ぎたせいで、無自覚にストレスを溜めまくっていた。それを菓子作りで解消していたけれど、面白すぎる婚約者に出会ったことで、ヤンデレの道を歩むことになる。自覚はあるけど、改めるつもりもない。


ルカ・ハロルド・フローレン……宰相閣下の息子。天才だけど変わり者の彼を、両親も兄弟も理解してくれていないが、それを気にした事は一度もない。でも、唯一幼馴染だけは彼を理解してくれる事が、少しだけ嬉しかった。


ダリオ・ティボー・フォアローゼス……公爵家の三男坊。可愛がられて育った末っ子でお爺ちゃんっこ。コレットは彼にとっては身内であり、恋愛感情はカケラもないが、論外扱いされるとちょっと気分を害する、そんな複雑なお年頃。

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