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5 王太子は男爵令嬢との出会いを回想する





 日々積み上げられていく予定の中に、いつの間にか同じ学園に通う女生徒ととのお茶の時間が組み込まれていたが、彼がそれに特別な感慨を抱くことはなかった。

 この国の王族であるレオニス・シオドア・マティアスにとっては、婚約も結婚も自身に課せられた責務の一つに過ぎなかったからだ。


 自分の結婚は国益に関わってくる訳だが、時流というのは折々に連れ変わるものだし、周囲の思惑なんてものもある。婚約者候補として若い女性と会う時間を設けられるのは初めてではなかったし、これが最後というわけでもないだろう。

 国王たる父親は、気になる相手がいたら好きに決めてしまって構わないなどと嘯くが、さすがにそう言う訳にはいかないこともレオニスは分かっている。

 課せられた物の重みも、自分の感情よりも国益を優先すべきなのも理解している。

 王家に生まれた以上、不満を言える立場ではないし、納得もしている。

 ただ、他人事のようにそう言えるのが、自分が真実欲しいものを知らなかったからだと後から気付いたのが、レオニスにとっては想定外だった。


 時間も行動も交友関係すら、己の自由になるものは殆どないレオニスだが、そこになんの心労も抱かないかと言われればそんな事もない。たまにはちょっとした悪戯心というのが湧くときもある。

 

 レオニスには秘密にしている趣味がある。

 この王城での秘密なんて、おおやけにしていないくらいの意味でしかないが秘密は秘密だ。

 レオニスは菓子作りが好きだった。

 この国の常識では、貴族の男子が厨房に入るなど、しかもよりによって甘味を作るなど、正気ではないと判じられてもおかしくはない。それが分かっていてなお、否。分かっているからこその趣味だ。

 特定の誰かに食べてもらう為に作っているものではない。

 王太子として大人しく、国の方針に逆らうことなく生きてきた彼にとっての細やかな反抗。それくらいの息抜きくらいはしないと、やってられないくらいの心労は日々積み重なっている。

 それに、単に己の手で、それぞれの食材が一つの菓子になるというのが面白かったというのもある。

 食材の種類や産地の組み合わせを工夫し、砂糖の量や加熱時間にも気を配り、最も美味しい菓子を生み出そうと試行錯誤する。

 売価や効率を気にしない訳だから、商売人や料理人には決してなれない。完全な趣味の世界だ。


 そうやって作った菓子を、その日レオニスは自分との見合い相手の茶菓子にこっそりと供した。

 私費を投じて最高品質の食材を使っているので、腕前は本職に及ばなくとも相応の味には仕上がっているはずだった。厨を貸してくれている料理人や身近なメイドや側仕えに作り手を隠して味を見て貰ったこともある。

 そもそも、菓子にそれほどこだわりがなければ、誰が作ったかなんていちいち気にしたりもしないものだ。

 なのでそれは、レオニスの自己満足のイタズラのはずだった。




「えっ、何これ美味しい……っ!」


 菓子に目を輝かせ、言葉を尽くしてその味を絶賛してくれる。

 思えば、なんの忖度もなしに目の前で自分の菓子の感想を聞くのは初めてだと気付いた。


 相手の女性については、直接話したことは無いけれど、存在についてはよく知っていた。

 切れ者の宰相の、懐刀たるオデス男爵の秘蔵っ子。

 特待生という、各分野で俊英として認められ平民でありながらも特別に入学を認められた者たちと対等に渡り合い、かつ一度として主席を譲ったことのない学園一の才女。

 それが、コレット・マーガレティア・オデスだった。


 宰相自身の息子であるルカ・ハロルド・フローレンは学園に上がる前から神童として広く名が知られていたけれど、まさかその陰にあんな鬼才が隠れていようとは誰が想像できただろう。

 恐らくは内々に、宰相とオデス男爵が手塩にかけて教育を施してきたに違いあるまいとレオニスは想像する。公爵家フォアローゼスの縁者だったとは初耳だが。


 オデス男爵もそうだが、いつも少し困ったように眉尻を下げている彼女の表情は、レオニスにはだいぶ人が良さそうに見える。つまり、言葉は悪いがそこまでの切れ者とは思えないのだ。

 その意外性が実に面白く、かつ持ち合わせた才覚を思えば、無邪気に菓子を喜び、提案すれば我慢できずにお代わりを受け取る姿を可愛いと思ってしまう。

 話してみればその造詣の深さ、頭の回転にはやはり舌を巻くばかりで、話題によってはついていくのがやっとということさえあった。


「前々から皆も薄々思っていたんですよね。あの先生は特待生と貴族子女で採点基準を変えているって。それで子爵家の友達を呼んできて、みんなでヤマを張ってみたところーー、」


「野外実習で皆と行った山で、偶然古い寺院の遺跡を見つけたんですけど、なんとそれが二百年前に入ってきたとされる邪教との関連性が見受けられるものでーー、」


 彼女の口から語られる話も、自分の側に侍る貴族子弟からは聞いたこともない興味深い話題ばかりで、ついつい立場も忘れて続きを促しては聞き入ってしまう。

 だから次の予定を気にしたメイドが声を掛けてきた時には、レオニスは柄にもなく舌打ちをしたくなった。


「ああ、もうそんな刻限か……。すまないね、この後に予定があるため、今日はここまでだ」

 

 離れがたい。


 そんなことを思ったのは、初めてのことだった。

 自分の言葉に、彼女もまた名残惜しそうな顔をしてくれたことが止めとなる。


 その頭脳は為政者として役に立つ。公爵家の血筋であれば、国内の貴族をまとめるのに便利だ。

 王族としての言い訳はいくらでも思い浮かぶ。けれど、自身の本心が彼女を自分の元に留めておきたいというそれだけなのは、他でもないレオニスこそが分かっていた。

 もしかすると、これが初恋というものなのかも知れない。


「では、次の顔合わせの日時は、改めて連絡を寄越すので」


 絶対に彼女を手に入れる。

 その為には自分が何をすべきなのか、何が障害になるのか。乗り越えなければならない面倒な問題はいくらでもあったけれど、彼にはそのどれもがいっそ楽しみなほどだった。

 取り急ぎは、残っていたクッキーを土産として彼女に持たせることにする。

 喜んで貰えるだろうかと、そんな風に考えることすら初めての経験で、レオニスは胸の内側がくすぐったいような、そんな感覚を覚えたのだ。

 


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