酔いどれ大吟嬢。侯爵様にクダを巻きつつゲロを吐いたら、惚れられました。
――――まじか。
この世界に生まれ落ちて、二十年。
伯爵家のご令嬢としてお淑やかにお淑やかにお淑やかにっっっ、過ごして二十年。
婚約者と結婚間近だと思っていたら、なんやかんやで『運命の相手が見つかった』とかで、婚約破棄された瞬間に、前世を思い出した。
▶▶▶▶▶
仕事場の同僚同士が不倫をしていた。
シフトづくりを担当していた私に、女は『彼とシフトを揃えて!』や『彼と同じ休憩時間になるようにして!』や『私たち親友でしょ?』みたいなことを言ってきていた。
軋轢を生みたくなかった&人員不足だったこともあり、女の願いを受け入れるしかなかった。
あと、親友になった覚えはない。が、七年くらいは一緒に働いているから、無下にもできない。
日々の寝酒だけが私を癒やしてくれていた。
女の惚気話と無茶振りに耐えること一年半。
女が急に旦那と離婚する、不倫がバレた、彼も一緒に辞めるとかアホなことを言い出した。
他の同僚たちには、旦那の両親の介護をしなければならなくなったなんて、聞こえのいいことを言っていた。
増え続ける寝酒。
休みの日は、朝から飲みまくり、廃れた心を癒やす日々。
そうして、肝臓を壊してポックリ逝った人生だった。
▷▷▷▷▷
――――まじかよ。
この世界での婚約者の運命の相手が、まさかの例の女そっくり。
長身細身で貧乳で、糸目で平安顔。
女子力はバカ高く、男ウケ抜群。
パーソナルスペースの取り方が狂いまくっていた。
人の仕事を横から奪い「大丈夫、◯◯ちゃんは別のことしていいよ! 私がやっておくね!」なんて言いながら別の男性職員に手伝ってもらう。
唯一褒められるところは、表立っては悪口を言わず、相手を褒めちぎるところだろうか。
――――そういえば前世のあの女は、前科二犯だったなぁ。
王城開催の夜会で、運命の相手たるメルティ子爵令嬢と腕を組んで去っていく元婚約者の後ろ姿を眺めながら、東の国から献上されたとかいう『大吟醸』を一升瓶ごとガシッと掴んだ。
「お、お嬢様っ!?」
給仕が何やら慌てているけど、無視でいい。
大吟醸ってあれじゃん、口当たりが軽くてめっちゃ飲みやすいやつじゃん。西洋ベースのこの世界に『サケ』あるのね。
てことは、日本も…………って、記憶にないわね。
東の国は違う名前だわ。ヤマト帝国だわ。そこそこ似てるけど。似て非なるものだわ。たぶん。
そんなことをつらつらと考えながら、大吟醸をラッパ飲み。
まったく。こんなクソみたいなイベント、酒でも飲んでないとやってられないわ。
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「でぇ、よ! この気持ちぃ、わかるぅ?」
「ん。分からんな」
「なんれよ!」
会場内が妙に騒がしいと思い、バルコニーから中に戻ると、緩やかにウェーブしたチョコレート色の髪を振り乱しているご令嬢がいた。
そして、片手に握っていた大吟醸の一升瓶をラッパ飲みしつつ、誰彼構わずクダを巻いていた。
見た目が幼く、妙に背も低かったせいで、もしや未成年が間違って飲酒してしまったのかとも思ったが、今日の夜会は成年のみが参加出来るものだったことを思い出した。
――――あれは!
令嬢がラッパ飲みしながら、軍務局の重鎮ゴールジュ卿にガンガンと近づいて行く。
彼は胸元に短剣を仕込んでいることで有名だ。
王城の夜会では許可された者以外の武器持ち込みは禁止されているが、彼は黙認されている。
最悪の場合は、血を見ることになるのに、誰も彼女を止めない。
慌てて駆けつけたものの、時既に遅く。
令嬢が…………ゴールジュ卿の胸ぐらを掴んで、ガクブルと揺らしまくっていた。
――――は?
「おっさん、笑ってたでひょ? わたひがこんにゃく破棄されるしゅんかん、フヘッって!」
「いや……その………………すまん。だが…………」
「やーっぱり! なんなのよ? なんでこんなとこでこにゃにゃくはぎざれるのよ」
ちょっと何を言っているのか良く分からなかったが、威厳たっぷりのゴールジュ卿がタジタジになるほどに、なにかに激昂しているようだった。
「お嬢さん、それ以上は飲む――――」
「ゔるざぁい! こーしゅーの面前で、こんにゃく……んっくんっく…………ぷはぁ。こにゃにゃくはきっ、ざれだんだから、のみたくもなりゅでしょぉがぁ!」
「いや、まぁ……それは…………そうかもしれんが」
少女と呼べそうな見た目の令嬢に胸ぐらを掴まれ、ガクブルと揺らされているゴールジュ卿があまりに不憫になってきた。
皆、巻き込まれたくないのだろう。誰も助けに入ろうとはしていない。
「君、それくらいにしておきなさい」
宰相補佐である自分の立場が恨めしい。
いまこの場にいる者の中で、私が一番権限を持っているじゃないか。王太子殿下も参加していたはずなのに、どこに行ったんだ。今こそ権力の使い時だろうに。
「あぁん?」
一升瓶を抱えたご令嬢の肩に手を置き、ゴールジュ卿を解放するように言うと、標的が私に変わった。
ゴールジュ卿と同じように胸ぐらを掴まれ、ガクブルと揺さぶられている。
「ダレッシオ侯爵…………あとは任せた」
「卿!?」
まさかの丸投げなうえに、物凄い勢いで距離を取られてしまった。
なるほど。皆こうなることを予想していたんだな。
「わがる? ぜんしぇで、クッソみたいストレスあだえられで死んだのにっ、こんしぇーでは、こんにゃくひゃまれうばわれたのよぉ」
「すまない、ふにゃふにゃで何を言っているのか――――」
「――――ゔ。ぼぇ、はぐっ」
「は? いや、待て! 待て!」
こんなに焦ったのはいつぶりだろうか。
吐瀉物を吐き掛けられるのかという焦りと、淑女のゲロシーンを公衆に晒しても良いのかという焦りと、ご令嬢が思ったよりも可愛い顔をしていてこんな状況なのにドキリとしてしまった焦り。
――――色々、まずい!
▷▷▷▷▷
頭がガンガンする。
コレ知ってる。二日酔いのヤーツ。
ああ、太陽が眩しいなぁ。
「起きたか」
「…………ふぉあ!? 誰っ!」
煌めく金髪碧眼な美丈夫が、ベッドの横に置いてある一人掛けのソファに座っていた。
いやマジで、どこのどなたでございましょうか?
「昨晩のことを覚えているか?」
――――昨晩?
昨晩とは、昨日の夜と言う意味で、昨日というか、今日はいつなのかというか、ここどこ、貴方はだあれ?
「……記憶喪失か?」
「あ、はじめまして。コルツァーニ伯爵家のイデアと申しまあいたたたた…………なんじゃこら!?」
ベッドから起き上がり、美丈夫に挨拶した瞬間、自分の格好に驚愕。
なんかフリフリ可愛らしい夜着だった。子供用の。
「ああ、見かねた王太子殿下が、王女殿下が昔使っていた夜着を貸してくださったんだ。後で礼状を書くといい」
王太子殿下が……見かねる。王女殿下の、昔の夜着。
「……ここ、王城?」
「ああ」
「貴方は?」
「ん?」
美丈夫が何やら凄みのある笑顔になった。
「私は、オルランド・ダレッシオだ。酔った君に絡まれ、クダを巻かれ、吐瀉物を浴びせられたが、気にはしていないさ」
あ、何か思い出した。急に婚約破棄されたんだっけ。
てか、侯爵様、気にしてるよね?
「ん? あれ? ダレッシオ? ダレッシオって侯爵家の……」
「ダレッシオ侯爵家の当主だが。まあ、そこは気にしなくていい」
いや、これ、絶対にめちゃめちゃ気にしてるよね?
つか、明らかに『気にしろよ』って顔なんだけど!?
凄みのある笑顔は、メイドたちがやってきて、私を着替えさせるためにと別室に連れ出してくれるまで続いていた。
あの人、怒ってるよね? マジで、やばくない? ってメイドたちに聞くけど、「うふふ」とか「おほほ」でごまかされた。
前世でも今世でも『侯爵』って、俺TUEEEE的な存在。絶対にやばい案件。
見たこともないほどに洗練された、水色のAラインドレスに着替えさせられた。
「え……と?」
「こちらは、王女殿下からのご厚意です」
「私の元のドレスは?」
「汚物にまみれていましたので……」
王女殿下が昔作ったものの着ることがなかったドレスを、下賜していただいた。似合いそうだから、好きに使いなさい。というメッセージカード付きで。
侯爵様だの王女殿下だの王太子殿下だのと…………一介の伯爵令嬢の人生に現れるにしては、キャラと情報過多が過ぎる。
着替えが終わったら、侯爵様がお話があるとのことだった。
逃げたい。ダッシュで逃げたい。令嬢がそんなんやったら駄目だって分かっているけど、ダッシュしたい。
王城内の小さなサロンに通された。
半分はサンルームのようになっており、春の草花が咲き乱れており、中はとても暖かな空間になっていた。
「こちらに」
案内されたイスに座ると、侯爵様がテーブルを挟んだ向かい側に置いてあったイスに座った。そして、またもやニコリ。
テーブルに両肘を突き、組んだ指の上に顎を乗せた。碧眼がギラリと光ったような気がした。
威圧感がもの凄くて、引きつった笑みになってしまう。
「さて。ちょっと話をしようか」
「ふぇい……」
「まぁ、そう身構えなくていい。少し相談したいことがあるだけだ。もちろん断ってもいい。ただの相談だからな」
――――目が怖っ。
妙に強調された『相談』と、ニコリとした笑顔と据わった目。
これ絶対に拒否権ないやつだよね!?
「ななななななんでしょう?」
「ん? 何を怖がっているのかな?」
「ひえ、べちゅに……」
噛んだ。物凄く噛んだ。耳というか、顔がめちゃくちゃ熱い。
その時、侯爵様が一瞬だけ顔を緩ませて、フフッと笑いを漏らした。
――――あれ? もしかして、怒ってない?
「昨晩着ていたのは、仕立てたばかりの服でね。まぁ、それはいいんだが」
――――怒ってるぅ!
「昨晩の私と君の様子を見た王太子殿下が、『お似合いの二人だ』とか言い出してな。まぁ、本音は『なんか面白そう』ではあったが。私の婚約者になれ」
「………………ふぁ?」
意味がわからない。ものっっっっっそい、意味がわからない。
求む、説明!
「いや、ベロンベロンで吐瀉物を撒き散らしながら、『前世』がどうとか、『復讐』がどうとか、『ざまぁ仕返してやる』とか、なかなかに面白かったのでな」
「すすすすすすすみません」
「あと、婚約破棄されたのに泣きわめかずに、ゲロ酔いしてクダを巻く令嬢は初めて見た。根性は気に入った」
「褒めてます?」
どうやら、王太子殿下に命じられただけの理由でもないらしいけど、そんなんで見初められていいの?
てか、侯爵家当主っていうくらいだから結構にいい年齢じゃ?
「…………まだ、二八だが?」
「大変失礼いたしました」
口から漏れていたらしい。
イケメンの据わった目は結構に怖い。
テーブルに頭を打ち付ける勢い――というか、打ち付けちゃったけども、そんな勢いで頭を下げた。
ゴウゥゥゥン。とかなんか重厚な音が響いた。
「くっ……ふはっ!」
変な声が聞こえたなと思って、机から顔を上げると、笑いを堪えたような顔の侯爵様。
「っ、ふぅ。…………ん。面白い。君とは素が出せそうな気がする」
そういった侯爵様はとても柔らかな笑顔だった――――。
▷▶▷▶▷
「思えば、あのときに恋をした気がします」
「ふぅん。顔か」
「まぁ、そうですね。オルランド様、イケメンですし」
「ふぅん?」
金髪碧眼の美丈夫な宰相補佐のオルランド様。
侯爵家当主で、今は私の旦那様。
なんだか不服そうな顔で、お猪口に注いだ大吟醸を飲んでいる。
そんなにチビチビと飲んだって酔えませんよ!と、一升瓶をガシッと掴み、大きめのグラスにダプダプと注いだ。
「おま……」
「別に良いじゃないですか、顔からでも。私なんてゲロからですよ! ゲロ!」
グイッとグラスの中の大吟醸を飲み干す。
「ぷはぁ!」
今はラブラブだけど、婚約することになった当初は色々あった。ほんと色々。
「お前は、しょっちゅう酔ってはゲロ吐いてただけだが?」
「ゲロ吐きながらも、ちゃんと『ざまぁ』しましたぁ!」
後日オルランド様と一緒に参加した夜会で、酔った勢いでざまぁしたもの。
「まぁ、あれは……なんというか、あいつらが可愛そうになったが。って、ああっ、それ以上飲むな! 絨毯の上にゲロる――――」
まぁ、概ね、幸せな結末ですよ。
ちなみに私のあだ名は『酔いどれ大吟嬢』。概ね、当たっているので、文句はないですよオロロロロロロ……。
―― fin ――
読んでいただきありがとうございます!
ブクマや評価などしていただけますと、風邪っぴき笛路が小躍りしますヽ(=´▽`=)ノ☆フエップショィ