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モノクロの君に捧げるモノローグ  作者: 花式カイロ
一章
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3-2 ほおずき

 開放されっぱなしの両開きドアの真横。ざらりとした質感の白菫を纏った壁に手をついて、ヴァイスはドアの向こうを覗き見る。

 ちょうど夕飯時の食堂は人口密度が高かった。

 人の姿が多い中、ヴァイスは誰かを探すようにキョロキョロと視線を動かしたり、ほんの少しだけ背伸びをして食堂の空間を見渡す。


「あ、いた」


 目当ての人物は、それほど苦労せずに見つけることができた。

 食堂の天井に設置された魔力灯の光を受けたその髪は、淡いネオンライトに照らされたように濃紺を浮かべている。そしてそれとは真逆な印象の、真っ赤な瞳を持つ少年、ディアンだ。

 ディアンは、食堂のスペースの一角で黙々と食事を進めている。目を凝らして手元を見れば、食事はまだまだ残っているらしく、今すぐに食べ終わるような気配もなかった。


「さりげなく取って食べる……いや、バレるよなぁ……この髪だし」


 少し長めに伸びた前髪をひと束取って、ヴァイスはつぶやく。

 どんな物質よりも透明度の高く、雪に包まれたような空気感のこの白髪は人に紛れても瞬時に見つけられてしまうような、そんなヴァイスのチャームポイント。

 そう言えば聞こえはいいが、悪目立ちはするもので。

 困ったな。ぷくりと頬を膨らませて、ヴァイスはそんなことを思った。


「はぁ、もういっか。食べると決めたら僕はやる男だぞ……」


 投げやりみたく、ヴァイスは意味のわからない文言を吐き出した。いつまでも食事を我慢できるほどの我慢強さも、ヴァイスは持ち合わせていないのだ。


「こんなところで何してるんです?」

「うおわっ?!」


 いきなり声をかけられたことに驚いて、ヴァイスは肩をビクつかせる。勢いそのままに壁にぶつかりそうになったが、衝突まで残り一ミリと言ったところで耐えた。

 ヴァイスは顔を強張らせたまま、ギギギと錆びついた機械みたいにぎこちなく首を回して声の主を捉えた。


「ス、スティル……」

「こんばんは、お兄様。お昼ぶりですね」


 スティルと呼ばれたその少年は、流水の如く淑やかに顔を傾げる。その動きに伴って動く、少年自身の声色を反映させたかのような柔らかなオフホワイトの髪がヴァイスの視線を引いた。

 その頂点で重力に反した毛束二つ分を捉えて、それからスティルの顔を見る。静謐(せいひつ)な新緑色と目が合えば、垂れがちなその目は緩い弧を描きながら優しげな笑みを浮かべた。特徴的な左目の泣きぼくろも、それにつられてその綺麗な形を歪ませる。


「そうだね、お疲れ様……」

「お疲れ様です。……それで? こそこそ何をしていらしたんですか」


 お兄様、と最後に付け足した。


 スティルは、ただ一人だけのヴァイスと同い年の人工亜人の少年だ。彼はとある日を境にして、ヴァイスのことを「お兄様」と呼び始めた。

 お兄様。既に聞き慣れてはいるが、未だ納得のいかないその呼称にヴァイスは僅かに眉を寄せる。

 自分よりも早い誕生日の、自分よりも大人びたスティル。そんな彼に「お兄様」などと呼ばれるのは、なんとも不思議なものなのだ。


 そういえばスティルは、ヴァイスに憧れと尊敬の念を抱いているからお兄様とお呼びしたい、なんて言っていたな。

 ヴァイスは数年前のことを思い起こしながら、先程の質問に答えようとする。


「えぇー、ちょっと……まぁ、うん」


 が、適当な言い訳が思いつかない。

 そもそも、事細かに説明などすればまた“あのこと”をペラペラと口走ってしまうことになる訳で。かと言って、それを避けようと諸々を省いて「ディアンと鉢合わせるのが気まずい」と言うのも違和感でしかない。

 ヴァイスとディアンは、周囲からは仲の良い兄弟として見られているのだ。


「……食堂に入りにくい理由でも?」

「いや、別に……そういうわけでも、なくもない……けど」

「どっちです……」


 はぁ、と溜息を吐かれた。

 手強いな、と同い年ながらにヴァイスは思う。

 両手の人差し指を突き合わせながら、ヴァイスは口を噤んだ。きっとディアンら年上組相手なら、ここまで苦戦はしなかっただろう。些か相手が悪すぎる。


「まぁ、言いたくないなら良いですよ。それよりお兄様、ここで足踏みしていると言うことは、夕食はまだ済んでいないんですね?」


 スティルが聞いてくる。

 意外にあっさりと見逃してくれたことにヴァイスはほっと胸を撫で下ろしながら、うんと答える。

 一拍置いて、スティルは何やら考え込むような仕草をしてみせた。意図が読み取れずに、ヴァイスはさらりと白絹を揺らして首を傾げる。

 数秒思案したかと思えば唐突に肩を掴まれて、ちょうど直角に方向を変えられた。


「えっ、ちょ、なに?!」

「私がなんとかします。お兄様は、そうですね……テラスにでも向かっておいてください」


 言葉の真意も分からぬままに、背中をとんとんと押される。ヴァイスはえぇ〜、と声をあげながらも、従うこと以外に自分ができることはないと思い出し、その足でテラスへと向かった。

 肩越しにスティルを見やれば、これまた美麗な笑みを浮かべながらひらひらと舞うように手を振っていた。

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