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モノクロの君に捧げるモノローグ  作者: 花式カイロ
一章
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2-3 約束

 コツコツと、控えめな足音を響かせて廊下を歩く。自室に向かう道のりで、どうしてあんなことを口走ってしまったのだろうという後悔の念がじわじわと浮かんできた。


 はぁ、と盛大にため息を吐いて、縮こまるようにしゃがみ込む。


 先程のノワールが放った言葉。それを彩ったあの声色。

 あれは確かに困惑を含んでいた、とヴァイスは勝手に思い込んで。何度も反芻してはその度に、飽きもせず膝に顔を埋めていく。


「おい、廊下のど真ん中で何してんだ」

「うわっ」


 ふと聞こえてきたその声にヴァイスは驚き、若干覇気のない声をあげながら飛び退いた。

 落ち着きのないステップをして、ゆっくりとその足の動きを止めながら顔を上げる。


「ん」


 眼前の少年は、そんなヴァイスの動きに意識を取られることもなく、ゆるりとした動作で右手を挙げた。

 ヴァイスは瞬きを数回繰り返してから、にっと口角を上げ屈託のない笑みを浮かべた。


「「労働お疲れ」」


 パンッ、と乾いた音が廊下に響く。ハイタッチを交わした手は、勢いそのままに下へと落ちていった。

 目の前の少年は、ニィッと満足そうに笑っていた。


 短く流れるポーラーナイト、その束をふわりと揺らす。

 少しキツめに吊り上がった瞼と、その険しい顔つきとはさほど似合わない長いまつ毛。

 飾り立てるような柘榴石を嵌め込んだ、煌めく瞳を持つ彼の名をディアンと言った。


 彼も同じく人工亜人で、年はヴァイスの二つ上。つまり、ノワールと同い年だ。

 だがディアンはノワールと違って、年齢にそぐわない大人びた仕草をすることは少なく、むしろ年齢相応にはしゃいだりゲームをしたりなどを好む質であった。


「ふぅん、そんな話をねえ……」


 ヴァイスの自室にある小さなミニテーブル。そこに肘をついて片手でコインを弄びながら、ディアンはそう言った。

 ヴァイスは先程ノワールと交わした会話のことを、ディアンに伝えたのだ。

 特に明確な目的があったわけではない。けれど、誰かに話してみたくて。


 ディアンはこういう、哲学じみた話題にいつも乗り気ではなかった。だから人選ミスであることをヴァイスは理解していたが、他に話してしまえそうな相手など思いつかなかった。

 そもそもが自らの存在意義を疑うような話題だ。軽々しく扱えるような話題ではないと、ヴァイスはそう思っていた。


 それ故に、本当はディアンに話すことさえ躊躇われた。

 けれど彼には話せてしまえそうな不思議な雰囲気があって。元が聞き上手なのも相まって、ヴァイスはこうしてディアンに相談していたのだ。


「あ」

「あ?」


 そこまで思い返して、もしかして自分は口が軽いのではないかという不安感に襲われた。

 いくらディアンが話しやすい空気を作るのが上手だったとして、それで何から何まで吐き出してしまったら意味がない。


 ヴァイスはまた頭を抱えた。悩みの種が一つ増えてしまった、と。うんうんと唸っていると、不意に頭に手が置かれた。


「安心しろよ、誰にも言わないでおいてやるから」


 たった短いやり取りだけでヴァイスの意図を汲んだのか、ディアンは笑いを含みながらそう言った。ヴァイスは思わず驚く。

 考えは口に出していても、それを引っくるめたヴァイス自身の気持ちなど一切口にしなかった。だから、ディアンのその返答が心底意外だったのだ。


 ヴァイスは口をぽかんと開けて、その大きな目を何度も瞬かせた。ぱちぱちと、瞼が開閉する度にその露草がこぼれ落ちてしまいそうなほど。


 ディアンは愉快そうにハハッと笑ってから、ヴァイスのまろい頭に置かれたままだった手を退かす。緩く口角を上げ、無邪気な弟に手を焼くような、そんな“兄”の表情をしてみせた。

 ぽかぽかと暖炉の火みたく暖かくて、ヴァイスはくすぐったい気持ちになった。


 ディアンとは——ついでに言うとノワールもだが——かれこれ五年の付き合いになる。

 けれど、その五年過ごしてきた中でこのような表情を見るのは初めてだった。


「……なんで僕の言いたいこと、分かったの」


 戸惑いと喜び、そして少しの怯えを含みながらヴァイスは言った。

 その怯えは自身を見透かされたことに対するものではなく、自分の考えがここで否定されることへの感情だった。


 感情に触れることを避けたあの少年——ノワールは、常にヴァイスが不利にならないような立ち回りをする。もちろんそれだけではなく、ヴァイスの気に障らない範疇でさりげに機嫌取りだってした。

 そんな一見無意味に感じられる行動をする理由を、ヴァイスは知らない。けれどその気遣いの事実だけは知っていた。


 だがそういう意味でディアンは本当に未知数だ。彼の人柄は基本的に善であり、またヴァイスたち家族に対しては尚のこと友好的である。

 ヴァイスはそれだけは理解していたが、逆に言えばそれ以上のことは分からないままでいたのだ。言うなれば、ディアンがデリケートな面に対して無神経かそうでないか、ヴァイスは知らない。


「家族だからな」


 思考を断ち切るような声が聞こえてきて、ヴァイスは少しだけ目を見開く。あまりにも抽象的すぎるのに、ディアンの声色はその確信を極めていた。

 真逆の情報を聴覚に一気に与えられて、少しの混乱に飲まれる。


「えぇ、それだけで……?」

「それだけで」


 キッパリと言い切るディアン。そんな彼に対してヴァイスは口をへの字に曲げる。


 理由になっていない。考えすぎた時間を返せ。

 等々、物申したいことは幾分かあれど、それをどんな言葉にして伝えたら良いか分からなくて。ヴァイスは苦し紛れにと小さく息を吐いた。


「まぁ、お前が望むならその“自分たちが使命を背負わされた意味”を一緒に探してやんねえこともねえけど?」


 一転、いつもの不敵な笑みを浮かべたディアンはそう言った。え、と小さく声をあげる。まさかそんなことを言われるとは思わなくて、けれどそれが嬉しくて。

 無意識のうちに、ヴァイスは段々と目を輝かせていく。


「……いいの?」

「いいよ」


 ディアンは、また穏やかに微笑んで返してきた。

 対して、ヴァイスは困惑を表すように俯く。

 確かに嬉しさは感じていた。けれどそこには、ひと匙ばかりの不安が混じっている。


 使命を背負わされた意味を探すなんてくだらない。ただ真っ直ぐに、異形の殲滅のみを目指せばいい。と、普通ならそうして一蹴されるであろう愚問に、家族とは言え血の繋がりすらもない彼を付き合わせるだなんて。

 それは酷く勝手な行動のように感じてしまい、柔い言葉で築き差し出された手を取るかどうかの二択でさえ難儀なものに感じた。


「……ったく。ほら、手出せよ」


 痺れを切らしたのか、そう言ってディアンは乱雑にヴァイスの手を取った。迷いの一歩を強制的に踏み出させられて、ヴァイスは反射で「わっ」と声をあげる。

 そうこうしているうちに、ヴァイスの小指は同じくディアンの小指で掬い取られた。

 彼が何をするつもりなのかを理解して、ヴァイスはディアンを見据えた。


「俺たちの生きる意味である“使命”を絡めた指切りだ。血の繋がりより、濃いはずだろ? ……だから、約束だ」


 しっかりと組まれた二人の小指。

 ヴァイスはその境界線に、指切りと名付けられながらも決して切れない繋がりを感じた。


「……うん、約束」


 どこまでも見透かしてしまうディアンにそう返して、ヴァイスも強くその小指を結んだ。

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