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モノクロの君に捧げるモノローグ  作者: 花式カイロ
二章
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番外編2

 マス目が存在しているかのように綺麗に配置された家具、埃の一つもない部屋の隅。細部まで掃除が行き届き整然としているここはスティルの部屋。主はベッドに腰掛けながら、組んだ指をさすっている。


『じゃあ一生眠ったままだってのかよ! 分からない分からないって、それなら、先生はもう一生目覚まさないとでも言うのかよ! なぁ、スティル——』


 病室で聞いたヴァイスの悲痛なセリフが頭の中で響く。病院を後にしてからも、部屋に帰ってからも、その甲高い声が頭から離れない。あの時自分は、お兄様と慕う少年の顔をまっすぐ見れていただろうか。

 思い出そうとすると真っ先にあの声が再生される。酷い悪夢の中にいるようだった。



 寮が異形の襲撃に遭ったと知ったのは、その日夜遅くに任務が終わってからだった。仕事用の支給端末から、組織に所属している隊員全員に送られたメッセージ。数時間の差で気付いたそれに、冷や汗が流れる感覚を抱いた。

 夕食も摂らず、運行終了間際の公共機関を乗り継いで寮に帰った先で聞いた知らせに、息が詰まったのを覚えている。運悪く異形と居合わせたヴァイスと、彼を助けに向かった青鈴が意識不明の重体であるという知らせ。スティル自身も相当動揺したその横で、ノワールの顔から笑みが剥がれていたのも、ディアンが悔しそうな顔をしていたのも、不安に拍車をかけていた。


 病院は既に閉まっていたため、後日スティルたちは午前の予定を潰してヴァイスと青鈴のお見舞いに向かった。半休というものに(こうべ)を垂れたいと思ったのはあれが初めてだ。

 スティルたちは先にヴァイスの病室を訪れた。体質のせいで病院とは縁のないその少年が、真っ白い病室のベッドの上で深く眠っているのを見て、気が触れそうになった。もはや隣にいた兄たちの顔すら覚えていない。それくらい、衝撃的だった。ドクターが「近いうちに目を覚ますだろう」と伝えてくれなかったら、実際に錯乱していたかもしれない。

 崩れ落ちたノワールを、何も言わないままのディアンが宥める。滅多に見ないどころか、初めての出来事にさえ意識を向けず、スティルは病衣から覗くヴァイスの青白い手に触れる。

 ヴァイスはいつも体温が低かった。彼の操る魔法が氷属性だからなのか、いつもいつでも氷菓子みたいにひんやりしている。暑い時期にはちょうど良いだとか、そんな風に思っていたのに。

 意識のないヴァイスの左手は、遠慮もなしにスティルの体温を奪い去ってしまいそうだった。血が通っているのかどうかを、心配してしまうほどに。

 これは果たして生きていると言えるのか、いやお兄様が死ぬことなんてありえない、なんて縁起でもない問答を繰り返してしまった。早く目覚めて欲しい一心で、その氷のような手を握り込んだけど、逆にこちらが引き摺り込まれてしまいそうになる。少年が目を覚ます気配はなかった。


 その後に、青鈴の病室にも訪れた。ヴァイスよりも盛大な処置が施されている様を見て、ほんの少しだけギョッとしたのも覚えている。

 後に彼の主治医がやってきて、青鈴が昏睡状態にあることを知った。息はあるけれど、いつ目覚めるかも分からない。望み薄だと告げられた。控えめに触れた青鈴の手には温もりがあった。

 スティルは安堵してしまった。青鈴の手に温もりがあったからではない。「お兄様がこうならなくて良かった」と、思ったからだ。あまりにも残酷すぎて、その思いが頭に浮かんだ瞬間酷い罪悪感に駆られた。確かに、スティルにとってヴァイスの方が近しい間柄ではあるけれど、一緒にいた時間も長いけれど。それでも思ってはいけないことだ。


 でも件の襲撃について詳細を聞いたスティルは知っていた。青鈴がそうなってしまったのは、身を挺してヴァイスを異形から守ったからだと。ならば、とスティルは考えた。青鈴の助けが来なければ、今こうして昏睡状態に陥っていたのは青鈴ではなくヴァイスの方だったのでは、と。

 例えばの話を出そう。もしヴァイスが異形の攻撃から青鈴を庇ったとしたら。もし青鈴がヴァイスを庇う余裕がなく、それぞれ自力で回避行動をとっていたら。もし、応援自体来なかったら。

 こうして別のパターンを考えるだけで、青鈴とヴァイスが今とは逆の立場になっていたかもしれないという仮の結末には、容易に辿り着いてしまう。今現実で二人が置かれている状況は、奇しくもスティルにとって安堵するに足りうるものだった。



 振り返ってみて、それからまたヴァイスの声が脳裏で響く。罪悪感と安堵の間で揺れていたスティルは、あの時ようやく己の考えを指摘されたように感じた。ヴァイスにとっては青鈴だって大事な人で、自分を助けたせいで目を覚さないなんて、きっとあってはならないことで。

 お兄様より、私の方がよっぽど血が通っていない。

 そう思いながら、スティルは後ろに倒れ込んだ。柔らかい布団がぼふっと音を立てる。いくらなんでも、今の情緒にふさわしくない。体を受け止める柔らかさを否定しながらも、スティルの瞼は重くなった。少し、疲れたみたいだ。

 こんな精神状態で、果たして何事もなかったように顔を合わせられるだろうか。そう考えて、スティルは緩やかに首を振って自答する。まだ十しか生きていないこの心はそこまで強くない。会いに行ったところで、直前で踵を返す自信があった。……随分と情けない自信だけれど。


 スティルの知る〝ヴァイス〟は、ちょっぴりわがままで甘えたで、同種以外には人見知りをしてしまうような幼い少年だ。だけどお人好しで家族大好き。助けられなかった人を想って心を曇らせてしまう、純粋な子供。贔屓目はあるだろう。それでも、そう思ってしまうくらい、スティルは〝ヴァイス〟のことが好きだった。


 そんな彼は、きっとスティルの残酷さも許してくれるだろう。

 呑気な予想を立ててから、はは、と乾いた笑いが漏れる。スティルは自身の思考をヴァイスに隠した。昏睡状態に陥ったのが青鈴で良かった、お兄様じゃなくて良かった、だなんて直接言いもしてない。というより、言うわけにはいかない。

 隠しておいて、何が「許してくれるだろう」だ。勝手に色々考えて、勝手に終わらせて。スティルの一連の思考には、元々ヴァイス本人が入る余地なんてなかったのに。


「……嫌に、なりますね……」


 それを踏まえた上で「お兄様も今頃落ち込んでいるのでしょうか」と考える自分に対して、そんな言葉がこぼれ落ちた。

 次にヴァイスに会えたら、ごめんなさいと謝ろう。自己満足でも身勝手でも、その言葉で自分自身を救ってやりたかった。

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