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モノクロの君に捧げるモノローグ  作者: 花式カイロ
二章
56/61

26-1

 毎話律儀にサブタイをつけていましたが、今回は全く浮かばなかったので無題です。いつか思いついたら付け加えるかもしれません。

 逃げるようにして病室を出たヴァイスは、慣れない廊下を突き進んでいく。こう見えて、青鈴の病室を探すアテはあった。

 病室を飛び出した際に横目で見たのだ。扉の横の壁に、自分の名札が設置されていたのを。入院の経験などなかったため物珍しさから一瞬足を止めそうになったが、そんな暇はないと思い直して今に至る。

 ヴァイスはほとんど早歩きの状態で廊下を進んだ。静かな空間に自分の足音がよく響く。それも気にせず右へ左へと頭を動かし、止まることのない視界の中から青鈴の二文字を探す。何度か繰り返していると、気持ちが悪くなりそうだった。


「わぶっ」


 よそ見をしていたせいだろう。前方から歩いてくる人物に気づかず、ヴァイスは何者かと衝突事故を起こしてしまった。ぶつけた箇所をさすりながら、揺れていた視線を前に正す。


「ごめんなさ——あっ」

「ヴァイス!? お前、もう動けんのか!」


 見慣れた顔に驚いて、謝罪の言葉が引っ込んだ。ヴァイスがぶつかった相手はディアンだった。そしてディアンもまた、驚愕の表情を浮かべている。

 ヴァイスは彼の言葉に、まるで自分が目覚めたことを事前に知っていたかのようなニュアンスを感じ、わずかに小首を傾げた。だがしかし今はそんなこと些事であると適当に片付ける。

 そう、現在ヴァイスの頭にあるのは恩師である青鈴のことだけ。遭遇した兄弟との会話を早々に切り上げるため、彼の腕をガシッと掴む。


「青鈴先生の病室、知らない?」


 確実に知っているだろうとは思いながら、あえて口にしたのは疑問系。それが功を奏したのかは分からないが、図星だとでも白状するようにディアンの眉がぴくりと動いた。ヴァイスに掴まれた方の腕を脱力させ、そしてなぜか諦念を混ぜたような表情を浮かべる。


「……案内してやるから、歩いて(・・・)ついてこい」


 衝突の件をうやむやにはしてくれないらしい。「歩いて」の部分を強調されて、大人しく彼の足跡を追うようについていった。ありがとう、ごめんね。続け様にそう言えば、慣れたように「気にすんな」と返された。


「俺ぁ後でノワールに叱られちまうかもな」


 不意にディアンがそう言った。内容とはちぐはぐな、笑い混じりの声で。彼の表情は窺えなかったが、なんとなく優しい顔をしていそうだと思った。


「……青鈴先生の居所、教えるから?」


 聴覚に不釣り合いな情報を与えられたことに気を取られ、なんだか変な聞き方になってしまった。ディアンもおかしいと思ったのだろうか。今度は揶揄うように笑って、「居所ってお前」と言う。う、と小さく唸れば、ディアンが小さく息を吐いたのが呼応するように聞こえてきた。


「——ノワールは、どんな時でもお前のためを思った選択をしようとする。例えお前自身に恨み言吐かれようともな。……それがあいつの本意なんだ」


 独り言みたいな声量だった。短い黒髪の毛先だけ、踊るように揺れているのが似合わなくて。ヴァイスは思わず息を浅くさせた。いじけた子供みたいに、病衣の裾を握る。さらさらとしていて、慣れないからかあまり着心地は良くないと思った。ノワールは、病衣を身につけた自分を見て、何を思ったのだろう。持ちうる優しさをヴァイスにだけ余すことなく与えるような彼は、どんな顔をしていたっけ。

 あっちこっちへ方向を変える思考に自分自身で翻弄されるうちに、ぺたぺたという柔らかそうな足音が鳴らなくなっていたことに——自身の歩みが止まっていたことに気が付く。ディアンも背後の異変に気付いたようで、引っ張られるみたいにこちらを振り返った。


「どうした?」


 無遠慮に投げかけられた言葉は、それでもどこか優しげだった。久しぶりに聞いたような気がして、目を背けたくなる。


「……僕、ノワールに、酷いこと言ったんだ。目が覚めてから、ずっと、優しい声で話してくれてたのに……僕、あんな……」


 今更冷えた頭が先の光景を思い出させる。意思に反して震えた声で後悔が紡がれるごとに、ノワールの深く傷ついたような顔が脳裏に浮かんだ。平素笑みを枯らさない彼にあんな顔をさせてしまったことに、別れた今頃罪悪感が湧いてくる。

 居場所を求めるかのように、病衣を握る手の力が強くなる。シワになってしまうだろうけど、ヴァイスはそんなこと気にしちゃいなかった。視界の端でディアンの手がするりと動き出す。どこか他人事で認識していた動作だったが、それがヴァイスの手首をそっと掴むという行動に繋がると、途端に彼の温かな手を意識した。


「それなら後でしっかり謝れ。お前ら、ニコイチってやつなら仲直りは必須だろ。……もしもの時は、仲介くらいならしてやるよ」


 仕方がないとでも言うような、そんな普段と変わらない声色で伝えられて呆気に取られる。仲直り、だなんて可愛いワードチョイスをあのディアンが使ったことも、上手く情報として処理されなかった。

 返事がないことに対し何を言うでもなく、ディアンはヴァイスの腕を引いてそのまま歩き出す。強引な手段の割に手つきは優しくて、その対応に涙が出そうだった。


 その背に「お兄ちゃん」と、呼びかけてみたかった。



 ようやく目的の場所へと辿り着いたのは、それから数分してのことだ。途中でフロア移動を挟んだ時には「そんなに離れてるの?」と驚いた。その際、階段とエレベーターのどちらを利用するかでヴァイスとディアンが一悶着起こしかけたのは、また別の話だ。自業自得とは言え無駄に疲れた体は、青鈴がいるという病室を前にして一気に強張ってしまう。ヴァイスと同じように壁に記された入室者の名前が、そんなはずはないのに自分の入室を拒んでいるようにさえ思えた。

 ガラ、と静かに扉を開けたのは、ずっと自分に付き添うディアンだった。彼一人が入れるくらいに開き、それからヴァイスを導くようにして指先の力だけで開け放つ。最初に室内に視線を投げかけた時の横顔が、まるで懺悔しているようで不安だった。


「…………せんせい」


 目に入ったのは、簡素なベッドに横になって寝ている恩師の姿だった。青色なのにまるで太陽みたいな暖かな瞳は見えなくて、楽しげに笑う口は閉ざされ人工呼吸器を付けられていて、痛々しいほどに体からいろんなくだがのびていて、それで。


「お兄様……!?」


 放心していたヴァイスをハッとさせたのは、特徴的な呼び名だった。目の前の現実を覆い隠すようにヴァイスの目の前にスティルが立ち、心配そうに顔を覗き込んでくる。動揺と困惑、それから焦りをわかりやすくその瞳に宿していた。

 スティルは次の行動を決めあぐねているかのように、右手を彷徨わせている。ヴァイスが先んじてその手を取った。指先の震えが鮮明に伝わってきた。


「先生は無事なんだよね? 今は寝てる、だけ……だよね……?」


 薄氷みたいな声が喉を通り抜ける。ピ、ピ、という無機質な心電図の音が、ヴァイスの焦燥を無遠慮に掻き立てた。

 質問を投げかけた先の少年は酷く狼狽する。普段から冷静でいようと心がけている彼がこんな様を見せるのは珍しいが、今のヴァイスにはどうでもいいことだった。ヴァイスが感じている動揺は、スティルの抱くそれよりも恐らく強い。


「っ、先生……は、その……、——!」


 眉を下げて口籠るスティル。かと思えば、一度ヴァイスの背後を見て垂れた目を見開く。その息が詰まるのを聞いた。


「……ごめんね、ヴァイス」

「っ! ノワール!」


 後ろから聞こえてきた声。声の主が誰かなんて一瞬で分かって、咄嗟に振り返りながらその名前を呼んだ。ノワールの顔には微笑みが戻っていたが、どこか悲しげに見える。それでもその表情の理由がなんなのかは、相変わらず読めないけれど。


「回復したばかりの君にショックを与えたくなくて、彼の——青鈴さんの容態を伏せておこうと思ったんだ」


 静かに話を切り出しながら、ノワールは病室内に入ってくる。気を使うような仕草で、扉を静かに閉めた。


「……でも、僕が間違ってたね。結局は知ることになる事実を隠したことで、君を不用意に傷つけてしまった」


 酷く後悔しているような声で大人びた言い回しをしてみせる。一際ゆっくりと行われた瞬き。四つの文字では到底背負えきれないほどの、重みを感じた。

 そんなノワールを前にして、ヴァイスは何を言えば良いのか分からなかった。彼に比べ、狼狽え一人で突っ走った自分が情けないと、そう思いもした。

 ヴァイスはどうにかこうにか喉を絞って「ううん」とだけ答える。耳に聞こえてきた自分自身の声に耳を塞ぎたくなる。言いたいことの半分も、伝えられはしなかった。


「…………お兄様、先生の容態について話します。……貴方はこの中の誰よりも、それを知る権利がありますから」


 ヴァイスの肩に手を添えながら、スティルがそう切り出した。そうは言いつつも葛藤があるのか、色素の薄い眉を少し寄せ、垂れた瞼をギュッと細めている。


「ここにいちゃ、邪魔だろ。ヴァイスの病室で話そう。第一、お前だって、患者なんだからな」


 スティルの言葉に頷こうとする前に、ディアンが唸るような声で言った。少しだけ歯切れの悪い言い方に、まるで嗜められているような感覚を抱き、ヴァイスは肩をすくめる。青鈴の方を向こうと目線を動かして、そこでやめる。瞬きの最中に前に向き直って、今度こそ「うん」と返事をした。

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