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モノクロの君に捧げるモノローグ  作者: 花式カイロ
二章
52/61

23-2

 もう既に飽きるほど見てきたフリースペースのこの風景。まばらにいる同業者たちも、それと同様に一つの形としてヴァイスの頭には記憶されている。見知った顔、見覚えのない顔。空席を探すためにくるりと見渡した一瞬で、ついでのようにいくらか区別した。

 他の利用者の邪魔をしないようにと、立てる音を極力減らして足を進める。途中、投げかけられた挨拶に愛想よく返事したりして。そうして辿り着いた目当ての席に座れば謎の安堵に襲われて、深呼吸を一つした。

 フリースペースの入り口が見える位置のこの席は、日当たりも抜群に良くて。ぽかぽかとした陽気に当てられて眠気が誘われるが、負けるものかと目をぱちぱちと瞬かせる。手伝わせてくれと言った手前、開始早々どころかその前から居眠りなんて言語道断だ。それに、とヴァイスは後方の窓に視線を向ける。


「三人も今頃、頑張ってるもんな……」


 脳裏に浮かぶは彼らの姿。モチベーションを保つためとはいえ、こう何度も兄たちを思い浮かべてしまうとは、意外に自分はブラコンなのかもしれない。

 そんな考えを浮かべておいて、ヴァイスはすぐさま「いや、ないない」と切り捨てた。家族への想いが他の何より一層強いのは自覚しているとして、だがしかしそれをブラコンと形容することに違和感を覚えたからだ。

 だったらどんな言葉ならしっくりくるのか、と考えてはみるけれど、特に浮かんでくるものはなかった。自身の語彙の無さに呆れてしまいそうだ。


 そうしてどこか他人事な思考をする中で、そういえばとある違和感を思い出した。それは今朝のディアンの態度。そういえば、どこか任務に乗り気じゃなかったような、なんとなく不機嫌だったような。とはいえ彼はいつも眉間に皺を寄せている。故に機嫌の良し悪しの見分けはつきにくい。だから、気のせいだと言われればそうかもしれないけれど。


「遅れてすまない。道中で書類をばら撒いてしまってなぁ」


 不意に、ヴァイスの杞憂を吹き飛ばすが如くの明るくハキハキとした声が聞こえてきた。眠気覚ましのようなそれは、広いこの部屋でもよく響く。パッと顔を向けると、大量の書類を抱えた青鈴が笑いながらこちらへと歩み寄ってきた。

 反射的に立ち上がり、書類を持つのを手伝う。ありがとうな、いえいえ。そんなやり取りを交わして、同時に席についた。


「いい席取ったなぁ。暖かいのは好きだ」


 陽気そのものみたいな彼は、ご機嫌な笑みを浮かべながらそう言った。彼は根が善性そのものだから、例えこの席じゃなかったとしてもいい感想をくれただろう。そんなくだらぬことを考えた。

 そうしてるうちに、青鈴は流れるように書類の仕分けをしていく。ヴァイスの目の前にもいくつか山を振り分ける。どさり、という音に一気に身が引き締まる思いになった。

 一番上の紙を覗き込みながら、まるで武器を取り出すみたく慎重にペンを手に取った。


「っ、ふふ……」

「なっ、んで笑うんですか……」


 突如笑い出した青鈴に、ヴァイスは不満げな声を漏らす。危うく落としかけたペンを両手で握りしめて、それと同じ要領で声量を抑えた。

 倣うようにして口元を抑えた青鈴は、微笑ましげな顔をしながらヴァイスと目を合わせてくる。〝親〟の顔をする彼に見つめられると、心臓のあたりがソワソワした。


「悪い悪い。事務仕事が苦手なところは変わらなくて、安心してるんだ」


 笑い混じりに言われたその言葉。嘘かとも思ったが、慈愛に満ちた表情を見てしまえば、そんな思いは失せてしまう。嫌味にも感じなくて、それどころか気恥ずかしさが生まれてくる。

 血の繋がりはなくても、親として自分のことを大事にしてくれているよう。なんて、直接言える訳ではないけれど。

 建前として、不満を漏らすみたいな声をあげて。その裏では、ヴァイスなりの子としての想いを抱えたのだった。



 ただひたすらに手を動かし、黙々と作業をする。紙の擦れる音、ペンを滑らせる音、無機質な鉄の塊を叩く音。全てに引き出されるようにして、ふと話題が浮かんできた。


「青鈴先生」

「なんだ?」


 ノワールやスティルとはまた違った、柔和な彼の声。それに解されるようにして、ヴァイスは言葉を口にする。


「魔物? って、なんですか?」


 瞬間、ふっと時が止まったように青鈴は静まった。それはほんの短い間で、ヴァイスがそれに対して違和感を覚える前に、彼は作業を再開する。

 チラリ、と合間を縫って彼の顔を見れば、驚いたような表情を浮かべていた。


「それはまた面白い質問だが……昔授業でも触れたことを、もう忘れちゃったのか?」

「えっ」


 青鈴の返しに、ヴァイスは彼以上の驚きを示した。心臓がドクンと跳ね、冷や汗が出てくる感覚がする。まさか、授業で触れていただなんて。


 なんの授業で触れたんだ? 生物? 歴史?


 脳をフル回転させて記憶の糸を手繰った。ワードから引き出そうとしたり、授業を受けている時の光景から引き出そうとしたり。けれど該当するような記憶が全く存在しない。ただ思い出せないだけかもしれないけれど。どう頑張っても、魔物に関する授業の内容を探し出すことはできなかった。

 ここで一つ可能性として浮かんだのは、当該授業においてヴァイスが居眠りをしていたという可能性だ。悲しいかな、この少年は難解すぎる内容を聞くと脳がシャットダウンしてしまうのだ。事実、過去に何度か青鈴、もしくはカティアに居眠りの最中起こされることもあったのだ。だからそれも、ない話ではないだろう。


 前述した可能性が本当ならば、いくら記憶を探しても意味などないわけで。声にならない呻きをあげながら、半ば諦めながら助けを乞うように青鈴に目をやった。

 すると途端に彼は表情を崩す。まるでいたずらっ子のように若々しい笑みを浮かべ、瑠璃の瞳でヴァイスを捉えた。


「なんてな。悪い、ちょっと意地悪した。魔物の話なんて、一度名前を出したくらいだよ。覚えてなくても問題ない」


 彼のそんな言葉を聞いて、どっと力が抜けた気がした。元々下がり気味の眉が更にハの字に近づく。なんだぁ、と気の抜けた声が出た。


「でも、忘れたならなんで今更そんなこと聞くんだ? ノワールかスティルあたりの入れ知恵か? いやでも、スティルはそういう話題をわざわざ出したりはしないか。……てことは、ノワールだな?」


 怒涛の疑問形攻めに狼狽えつつも、その正答にヴァイスはこくりと頷く。流石は親代わり。そういった分析もお手のものらしい。


「魔物か……俺も文献でしか知らないんだ。なんせ、ずーっと昔……それこそ、異形が現れるよりも前に存在していた生き物らしいからな」

「異形が現れるよりも、前……」


 あぁ、と青鈴は短い返事をした。

 異形との戦いだって、気が遠くなるほどの遠い昔に始まった。それこそ、ヴァイスが造られるよりもずっとずっと前から。それよりもっと前の出来事なんて、到底現実感が湧かなかった。


 文献によれば、魔物は魔力が暴走した動物の成れの果てらしい。温厚だった種は凶暴な性格になり、元々気性の荒い種は更に獰猛になったり、などとにかく危険な存在だったと言う。中には独自の進化を告げた魔物もいたり、果てにはその力を使いこなした魔物は更に強力な魔獣へと変貌する、なんていう事例もあったのだとか。ただそれも古い文献に残されていただけだから、真偽も定かではないと、青鈴は話していた。


「——それで、異形が現れてからはめっきり数が減ってしまったらしい」

「どうして?」

「そりゃあ、動物……下手したら、平均的な魔力量を持った亜人よりも魔力が多かったからだろう。あいつらは魔力がエネルギー源だからな。狩り尽くされてしまったんだよ」

「なる、ほど……」


 頭の中で図式を組み立てる。少し難しい話になってきたから、ごっちゃごちゃになって頭がショートしてしまいそうだった。

 そんなヴァイスの様子を察したのか、青鈴は優しげに微笑みながら頬杖をついた。


「続きはまた今度にしよう。お前の頭がパンクしたら大変だ。それに……」


 言葉の流れで彼は青い瞳をするりと動かす。双眸の焦点は、積まれた紙に合わされた。


「まだまだ仕事が残ってる」


 言葉とは反対な、遊ぶようなその声色。咎めるでもなく、まるでこれからゲームのサブクエストに挑むみたいな雰囲気に、ヴァイスの気分も沈むことなく本来のタスクへと意識が向く。

 やる気に満ちた顔で頷いたヴァイスは、そうして青鈴と共に事務仕事を再開した。



「——おぉ、もうこんな時間か。あっという間だな」


 仕事を進める最中、不意に腕時計を確認した青鈴がそう言った。ヴァイスは、こてん、とあどけない仕草で疑問を示す。彼がこちらにみせてくれた腕時計の短針は、十二時を指そうとしていた。時間が進む速さに驚きながら、ヴァイスは机の上に置かれた紙束に目をやった。段々に積まれた二つのそれは、終わったものとそうでないものに分かれている。残念ながら、より高い方がその終わっていない書類たちの山だ。

 どうしよう、と青鈴の方に目を向ければ、彼は机の上を軽く片していた。一旦休憩なのだろうか、と思いつつ、自分はどうするべきなのかと迷う。その思考の表れみたく、ヴァイスは落ち着きもなくふらふらと手を動かした。

 それに気付いたらしい青鈴が、ヴァイス、と名前を呼んでくる。


「昼休憩にしよう。ちょうど腹も減っただろ?」


 暖かな笑みを浮かべながらそう言った。今まではなんの変化もなかった体が、その言葉を皮切りにしたように空腹を主張してくる。

 ヴァイスは、青鈴のスマートな助け舟にありがたく乗ることにした。はいっ、と周囲の迷惑にならない程度に元気良く返事をして。

 そうして立ち上がった途端のことだった。


 ふわり、とまるで涼風が頬を撫で付けてきたような違和感を覚える。軽い空気の変動が起こった直後、まるで背負っていた重荷を下ろしたような感覚に包まれた。


 言葉にすると良いことのように聞こえるが、大事なものをなくしたような喪失感が脊椎を伝う。それによって生まれた感情は「不安」だった。

 周りの利用者も同じようなものを感じ取ったのだろうか。見渡せば、誰もが不審そうに目を瞠っている。


「先生……」


 なるべく小さい声を出すように意識しながら、ヴァイスは青鈴を呼ぶ。険しい顔つきであたりを注視していた青鈴は、ヴァイスの投げかける視線に気が付いたのかこちらに目を向けた。


「ヴァイス、俺は何が起きたのか確認してくる。お前はここで待ってろ、いいな?」


 諭すようにそう言われ、思わず「えっ」と声が漏れ出た。名の通りの凛とした声色は、されどヴァイスの不安を完全に拭うことはできない。

 その心中さえも見透かしたのだろうか。青鈴は一転して普段の陽光みたいな表情を浮かべる。


「そんな顔するな。ちらっと見てくるだけだから、なっ?」


 らしくもなく無理矢理納得させるように、青鈴はヴァイスの頭を雑に撫でる。言いたいことは色々浮かぶけれど、そんなことをされてしまったら何かを言おうとする気なんて削がれてしまう。

 観念したように、だけど未だ不満を呈すみたいな複雑な表情を浮かべつつ、ヴァイスは着席し直した。それを見た青鈴は、ふっと満足そうに笑っていた。


「終わったら飯! な?」


 そう言い残した彼は、他に幾人も通り抜けていった扉を颯爽と通過してしまった。

 不安と不穏は、未だに渦を巻いている。

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