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モノクロの君に捧げるモノローグ  作者: 花式カイロ
二章
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23-1 お手伝い

 ごろりごろりと寝転がって、ベッドの上で意義のない時間を消費していく。毛布にくるまって、まるで芋虫のようになりながら。

 ヴァイスの露草の瞳に映るのは、あの紙の鋭さを残したような、人差し指の小さな傷。昨日よりも随分と傷は薄くなっていて。きっと常人が見れば、素晴らしい自然治癒力だと賞賛することだろう。

 けれど「怪我をすれば瞬時に治る」ということが当たり前なヴァイスにとっては、こんな傷跡を見るのも不思議な心地で。親指で瘡蓋を撫で付けて新鮮な触り心地を享受していれば、自分という生き物のリアルな〝命〟を実感した。


 再生のクールタイムについてだが、ヴァイス自身はこれを密かに「反動」と呼んでいた。死に至るほどの大きな傷を、無条件に回復させる。その反動。

 周知の情報である能力の弱体化——傷の治りが遅くなることに加え、元々の強壮さが嘘のように崩れてしまう。こう言えば大袈裟ではあるが、要は肉体面は重だるさに襲われ、精神面では不安定さが生まれてくる。

 心身の不調に関しては、再生のクールタイムと紐付けられるのかどうかは定かではない。が、こんな状態になるのは決まってクールタイムの時だけだったので、定かではなくても関係があると仮定する他なかった。

 能力の弱体化だけではなく、心身への負担も生じる。この状況をクールタイムと表すのは適切だとは思えない。故の反動という呼称なのだ。


 けれどこのことを他者に伝えたことはなかった。余計な心配をかけようとは思えないし、どうせ一時のみの出来事だから。いつも通りに戻れば至って問題ない。


「……変な体」


 頭上に腕を投げ出して、そうしてぽそりとつぶやいた。こんな体になった原因も分からず、特に何かを消費することなく傷ついた体が戻ることも、その割に反動なんてものが存在することも何もかもが、変だ。

 でもそんな変な体でこれからも生きていくしかない。もはやこの体に死という概念があるのかすらも知らないが、それでもいつか来るかもしれない終わりを待つしかないのだ。


「あ〜あ! またやっちゃったよ、悪い癖だ」


 考えても仕方のないことを、うじうじうだうだと頭の中で繰り返す。弱くなった心は、そうして毒にしかならないようなことをしてしまう。元々悩みがちなところはあるが、反動の最中ではそれもより顕著なことになってしまうのだ。

 悩ましい。そんなことを思っても、また負のスパイラルに陥るだけ。それならばと気分を一新するようにバッと起き上がって、布団の中の暖かい世界と別れを告げた。



 寮内を悠々と闊歩する。スティルに言われた通り、クールタイムが終わるまでは任務の参加を自粛することにした。通常ならばここまでの対応をすることはないが、いかんせん武器もない。この平時より虚弱と化してしまった体で、ヴァイスの不得意とする魔法のみで敵と戦うというのは、彼以外からすれば無茶なことなのだ。

 彼以外、というのはつまりヴァイスはそうは思ってはいない訳で。実は自粛の打診をされた後、あれほど素直に頷いたくせしてヴァイスは猛反発したのだ。

 よくよく考えたらみんなは怪我も治らない体で戦っているのに、自分一人だけ任務を休むのはズルじゃないのか。

 そんな風な意見を放った気がする。

 けれどそれに屈することなく、スティルも凛として反論をした。


『貴方は魔力操作が苦手でしょう? だから比較的武器を扱うことも多いのに、その武器は破損して現状未所持。その上再生も効きにくい中で魔法だけに頼ってみてください。すぐに魔力切れを起こして、戦闘不能になってしまいますよ』


 嗜めるような声色だったのに、節々に感じる棘が深々と刺さったせいで一語一句覚えている。毒っぽいそれはだがしかし正論だ。今のステータスでは、どっちみち足手纏いにしかならないだろう。

 そうして結局、ヴァイスは大人しくマイホームで待機をしている訳なのだ。


 広々と枠を取られた窓から、外の景色を眺める。今日の任務は、確か国内でもかなり遠方の地域での異形討伐だとかなんだとか、そんな感じだった気はする。参加する訳じゃないから、と詳しくは教えてもらえなかった任務の概要を思い出す。チームなのになぁ、とほんの少し寂しかった。

 ずっと遠く、並んだ建物の奥に並ぶ山を見た。


 ノワール達はまだ移動中なのだろうか。もしノワールとスティルが言い合いになったら、ディアンの負担だけが増えてしまうな。それでもやっぱり、日常茶飯事だと最後には普段通りに戻っていそう。


 そんな思考を繰り返していれば、ヴァイスの口角は無意識のうちに上がっていた。


「ん? おぉ、ヴァイスじゃないか!」


 不意に聞こえてきた快活な声。聞き馴染みのあるそれにパッと振り返る。目が合って、似たような色彩を持った両者の瞳が交わった。


「青鈴先生!」


 ぱぁっと顔を輝かせて、それからたたたっと駆け寄った。青鈴はそんなヴァイスの様を見て、愉快そうに、はははと笑う。子犬を落ち着かせるみたく、わしゃわしゃと頭を撫でられた。


「今日はどうした? 確か、NoDiWSには任務が割り振られていたはずだが……まさかお寝坊さんか〜?」


 からかうような声色でそう言って、狐みたくきゅうと目を細める。他の者が問い掛ければ焦るであろう内容だが、青鈴の柔和な態度によって責めるような意図はなくされていた。そのおかげでヴァイスは特に焦ることもなく、えっと、と声を漏らす。



「——という経緯でして〜……」


 現状に至った理由を丁寧に説明した。武器が壊れたこと、続いて能力のクールタイムが来たこと。改めて考えると踏んだり蹴ったりな己の現状を心のうちで嘆いていれば、青鈴が低く唸る。


「それは災難だったな……それにしても、本当にお前の体は不思議だな」


 顎に手を当てて、不思議そうな顔をする。未解明の謎を前にしたかのように、彼はヴァイスを様々な角度から見た。ぐっと近づいたかと思えば、今度は距離をとって全体像を測るようにしたり。

 未知なるものを見る観測者か、あるいは未知を映し出すアーティストのような彼の行動は、ヴァイスの心に緊張を気まずさを与える。

 青鈴は、ヴァイスにとって育ての親も同然。だからヴァイスの体質については把握済みだ。それでもこうして、ヴァイスの亜人の域を超えた体質に触れるたび、まるで初めてそれに出会したかのような反応をするのだ。

 飽きないのかな、と思ったりもするが、それは別として青鈴のそんな気持ちも理解できた。だって自分自身にとっても、この体質の根本的な部分は未知なるものだからだ。


「……っと、ジロジロ見すぎたな。悪い、ヴァイス」


 美術品よろしく身動きすら取らずにじっとしれいれば、ハッとした青鈴が申し訳なさそうにそう言ってくる。癖のように、また頭を撫でられた。根の優しさに触れると少しくすぐったくて。曖昧な笑顔での返事しかできない自分が、少しだけ情けなかった。


「まぁ、事情が事情だしな。せっかく増えた休みだ、遠慮せずにたっぷり休めよ〜?」


 青鈴という涼やかな名とは反対に、太陽のように朗らかな笑みを浮かべながら彼はそう言ってくれる。優しい人だ。これは彼との関わりを持っていると、自然と湧き出る思いだった。けれど口にしようとしても、喉につっかえて上手く出ない。これも己の情けないとこ。


「ありがとうございます。……でも、本当体調には問題なくて、ダラダラと休むのもみんなに悪い気がしちゃって」


 そんな情けない部分は、どうせなら別のことで補いたいところ。そうしてヴァイスは、一つのお願いを彼にした。


「だからその……邪魔じゃなかったら、書類仕事を手伝わせてくれませんか?」


 もっと強気に、自信満々に出るはずだった言葉たちは、それとは真逆に軟弱な声色に包まれて落ちていく。今すぐにでも、体調には問題ないという言葉を撤回して、全てをクールタイムのせいにしてしまいたかった。

 そんな他責的すぎるヴァイスの気持ちすらも読み取ったのか、青鈴は仕方ないな、という風に笑う。その笑顔を見ると、全てが許されたような気がしてしまう。だなんて、それも他責すぎるけれど。


「それじゃ、真面目なヴァイスのために先生はお仕事を持ってくるとしよう。集合場所は、フリースペースで! 良い子で待ってるんだぞ〜?」


 癖のある間延びした声。そんな特徴とは真逆に、青鈴はキビキビと動き出している。与えられた情報の整理も追いつかぬまま遠ざかっていく大きな背を、ヴァイスは呆気に取られた顔で見つめていた。

 はいっ。どうにか絞り出したその一言は、あっという間に空気に溶け込み消えていった。

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