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モノクロの君に捧げるモノローグ  作者: 花式カイロ
二章
50/61

22 災難続き

 あれからまたしばらく経って、ヴァイスは一正隊員としての目まぐるしい日々を消化していた。少しでも異形の殲滅に近づくために、小さくても確かな“功績”を積み重ねていく。

 そんな最中で、悲劇は起こってしまった。パキン、というあの音は、その時のヴァイスの神経全てを支配していたようにも思える。



「も〜〜〜〜! 最悪だよ! 武器が折れるとか!」


 そう叫ぶヴァイスの視線は、あのコントラストが激しい自身の専用武器……だったもの、だ。手頃な台に置かれたそれは、刃の真ん中からものの見事に真っ二つに折れていた。


 正隊員の武器は、専用と言うだけあって各々の能力や特徴を鑑みた設計となっている。もちろんヴァイスの専用武器も例外ではなく、彼の身体や得意とする戦術によりマッチするようにと作られたものだ。

 そんなヴァイスの、戦闘面における特徴としては「筋力は控えめだが俊敏な動きが可能」というもの。それを加味して作られた白黒の片手剣はとにかく軽く、ヴァイスが問題なく振るえるようになっている。だからと言って質が悪いと言うわけではなく、切れ味も申し分ない。

 だがその代わりと言ってはなんだが、耐久性がやや低かった。剣身に負荷がかかると、負荷が重大なほど破損しやすくなる。それはヴァイス以外の武器でも共通していることではあるが、ヴァイスの武器はその耐久値に対する“重大な負荷”のハードルが他より低いのだ。


 今日の任務で討伐した異形は、今まで対峙した異形のどれよりも肉質が硬かった。何度か刃を交えるうちに、何の前触れもなしに片手剣は折れてしまった。幸い、他のメンバーがいたおかげでフォローは十分だったけれど。

 無惨な形へと成り果ててしまったヴァイスの武器には、そういった経緯(いきさつ)があった。


 ヴァイスの他にも、お馴染みNoDiWSのメンバーが勢揃いでその武器を囲っている。項垂れっぱなしのヴァイスに対し、スティルが慰むような声色で「お兄様」と呼びかけた。


「武器は破損してもまた作ってもらえますし、そこまで落ち込まないでください」


 当事者というわけでもないのに、悲しげに眉を下げてそう言った。ヴァイスは「そうだね」と文字では前向きな返事をしつつ、でもと言葉を続けていく。


「作り直すのにも時間かかるんでしょ!? 無理だよ待ってらんないよ!」


 きゃんきゃんと子犬のように声高々にそう言えば、スティルは更に困ったような顔になる。

 正隊員の専用武器は、異形を倒すために通常の武器とは違う、特殊な製法を用いている。そのため製作期間も少々長いのだ。

 どちらかと言えばせっかち寄りなヴァイスにとって、再び完全な武器を持つまでの辛抱でさえ耐え難いもの。断面でも変わらない白さを放つ、自身の専用武器だったものを焦がれるようにじっと見つめる。はぁ、と大きなため息が無意識のうちにこぼれ落ちた。


「僕のホワイト一号が……」


 抑えが効かなくなったようにそんな言葉も漏れ出て、名を付けたその剣を柔らかに撫でた。

 その後ろでスティルやノワール、ディアンら三人は怪訝そうな顔をした。自身の耳を疑うように、口パクだけでヴァイスの述べた名称を繰り返す。そのうちに互いに見合って、自分だけの聞き間違いではないことを確かめるようにアイコンタクトをしていく。

 当のヴァイスはそんなことはつゆ知らず。スペアを作ってくれだの、次世代は二号か、だのと思考を巡らせている。


「武器に名前付けてるの?」


 そんな中先陣切って問いかけたのは、かの有名な怖いもの知らずノワール。ヴァイスは勢いよく彼の方を向いて、その鬱金をじぃっと()め付ける。


「そうだけど」


 不機嫌そうに声のトーンを下げてヴァイスは答える。「何か文句でも?」と伝えるみたくぶすくれてみせれば、ノワールは優雅に首を左右へと振った。それに伴って揺れる黒髪に差し込むまばらなハイライトを見て、無事に残った柄部分を連想させて。じっと見つめていると、不意に優しく肩を叩かれた。


「……二号、早く作れると良いね」


 蜂蜜を溶かしたホットミルクみたいな声色で伝えられる。最初に生まれた間が少し怪しいが、今のヴァイスはそんなことに気を遣っていられる精神状態をしていない。

 細められた瞼から覗く瞳を見据え、そうして目線を逸らして。ムッとした表情を変えられないまま、ヴァイスはこくりと頷いた。


 あれからヴァイスはノワールを付き添いにして武器・防具開発部へ赴き、専用武器の再製作の手続きをした。かつての一号との別れは惜しまれたが、いつまでもそうしていたって武器はヴァイスと同じように自己再生をしたりはしない。

 だから誠意を込めて開発部の担当者に「お願いします」と伝えた。あの時の担当者が返してくれた笑みは、格別の安堵を与えてくれた。



 場所は変わって、ヴァイス達はまたもやフリースペースの一角で真四角を模って座っていた。先にここへ来たディアンとスティルが場所取りをして得たこの範囲は、もはやNoDiWSの定位置と言っても過言ではない。

 机の上に広げられた教材や資料。各々持ち込んだ筆記用具。ノワール、ディアン、スティルの三人が黙々とペンを進める中、ヴァイスはその光景を見ながら一人呑気にペン回しをしていた。

 くるくる、くるくる。カシャン。

 やる気のない動作で行われたせいで、手に持っていた真白のペンは力なく滑り落ちる。ヤベっ、と咄嗟に思うが手遅れで。三人の——特にスティルの視線が痛々しくこちらに刺さった。


「お兄様、また行き詰まってるんですか? お教えしましょうか?」


 お兄様。また。お教えしましょうか。この三つのポイントだけで、どれだけ自分が“お兄様”なくせして不甲斐ないかを突きつけられる。勉強が不得意な自分のせいではあるが、ぶすぶすと刺さった言葉の棘に気力を吸い取られたかのような思いになった。

 ヴァイスは気持ちやつれたような表情でスティルの方を向き、下手な作り笑いを浮かべる。


「いや、いいよ……君の負担を増やすわけもにいかないし」


 萎れた葉っぱからどうにか絞り出したみたいな声で返事をすれば、スティルは何やら考え込むように片眉を上げた。そして次にディアンの方を向く。視線に気付いたディアンは呆れたように笑い、そしてヴァイスに顔を向ける。嫌な予感がした。


「なら俺が教えてやろうか? スティルほど上手く講師できる気はしねえが、それでもいいならな」


 肩肘をついて楽しげに。語尾に音符がつきそうなほど上機嫌に放たれた言葉に、ヴァイスは顰めっ面をした。


「……いいって」


 その返事を待ってましたと言わんばかりに、ディアンはその真っ赤な視線をノワールに投げかける。ノワールは、にこりと心意の見えない笑みを浮かべた。


「それなら僕が手取り足取り教えるよ。君に時間を割くのは全くもって負担じゃないし、スティルが教えるのと何ら遜色ないと思うな」


 両手を組んで、その上にこてんと似合わない仕草で頭を預けたノワールがそう言った。段階ごとにポーズを進化させる決め事でもあるのか、とでも言ってやりたくなったが、まずはそこじゃない。

 いつもよりも胡散臭さを倍増させたノワールの笑み対して、前座二人の分も合わせた八つ当たりのようにぶすくれてみせる。癇癪を起こすみたいにして、滑らかな机をポコポコと叩いた。


「お・こ・と・わ・り! します! というか誰に教えられてもやる気なんて出ないから、勉強なんてしたくないよ!」


 大声をあげて抗議する。そんなヴァイスを訝しむように、他の利用者から視線を複数投げられて、咄嗟に「ごめんなさい」と言った。

 ぎゅっと握りしめていた両手をやんわりと広げて、行儀良く膝の上に持っていく。再びノワール達に目を向けらば、三人が三人とも似たような笑みを浮かべている。セリフをつけるとすれば「やれやれ」と言った風だろうか。

 いや、半分くらいはおまえらのせいだろ。

 そう言ってやりたかったが、もう半分はやっぱり自業自得で。拗ねたように教材のページをペラペラといじった。


「いてっ」


 ピリッとした感覚に、反射で言葉をこぼす。左手の人差し指に目を向ければ、ピッと一筋の切り傷ができていた。


「大丈夫?」


 二秒とたたず心配の言葉を贈ったのはノワールだ。続くようにスティルとディアンも声をかけてくる。彼ら——特にノワールはヴァイスの自己再生体質を知っているのに、こういう時にやけに過保護だ。

 何ら問題はないことを示すため、左手を彼らに向けてひらひらと振った。


「治るからへーきへーき」


 ね、とキメ顔をしながら自慢げにそう言って。そんな能天気なヴァイスとは真逆に、時が経つにつれて三人の表情は翳っていく。

 不思議に思って、彼らに向けたままだった左手を注視する。ヴァイスの白い人差し指の腹には、いまだに切り傷が残っていた。ふに、と軽く押せばぷつと血の玉ができ、ヴァイスの指をゆっくりと滑り落ちていった。数秒経ってもその赤色が消え去ることはなく、激烈なほどにその色を主張している。


「あ、あれっ? な、治んないっ! なんで……むぐぐっ」


 現状に狼狽し始めたヴァイスの口を、ノワールが軟い力で塞いだ。なんだよ、と言ってやるつもりで彼の顔を見れば、しーと人差し指でジェスチャーされる。

 そろり、と周囲を見るノワール。そんな様子を見て、あぁそうだと自身の体質が秘匿であることを思い出した。彼に倣って周囲を見渡す。幸い、今度は他者の視線がこちらに注がれることはなかった。


「……場所、移すか」


 もごもごとしながらノワールの手を退かしていると、見兼ねたらしいディアンがそう口にする。彼の隣席に座るスティルは、既に荷物をまとめていた。何と手際のいいことか。

 ヴァイスも慌ててフリースペースを発つ準備をする。ポイポイと、筆記用具をペンケースに投げ入れる行儀の悪さは、今だけは許して欲しい。

 椅子から立ち上がると同時に思ったのは、卑怯にも、勉強を合法的に切り上げることができた喜びだった。



 生活感の溢れる質素な部屋。どことなく他より気温が低いように感じられるここは、ヴァイスの部屋だ。

 今更繕っても仕方がないと言うのに、ヴァイスはぐちゃぐちゃになっていた掛け布団や、乱雑に置かれたものを少し整える。切り傷から滲み出る血がつかないように気を遣うのは、少しだけ疲れてしまった。


「ヴァイス、やっぱり治らない?」


 傍で密かに作業を手伝ってくれていたノワールが声をかけてくる。ヴァイスは「んー」と鼻を抜けるような息を漏らして、そうして部屋の中央へと足を進めた。連動するようにしてノワール達三人も近くに寄る。

 元々一人部屋なこの空間は、少年といえど四人が密度の高い布陣を取ると暑苦しくなるものだ。ヴァイスにはそれくらいがちょうど良かったりするのだけれど。

 四人は円になって、話題の中心であるヴァイスの左手人差し指を見た。小さく細いその指には、先ほどと変わらず線をピッと引いたような傷があるだけで。ヴァイスが試しに勢いよく押してみると、狭い傷口から這い出るような動きで血が溢れた。あっ、と反射的に声を放てば、「お兄様!」と嗜めるようなスティルの声が飛んでくる。

 一応確認は終わったために、四人の円形布陣は解除された。ヴァイスがスティルに指示された通りにティッシュで血を拭い、用意周到なスティルの懐から出てきた絆創膏で患部を覆っている最中、年上二人の話し声が聞こえてくる。


「しばらくどうともなかったし、油断してたね」

「そうだな……ったく、どういう仕組みなんだか」


 平時より小さめのボリュームで行われる会話も、この距離でなら難なく届く。別に内緒話をしているつもりでもないのだろう。ただのちょっとした雑談(・・)だ。だからヴァイスも特に何も思わず、彼らの会話を通り風のように聞き流す。


「はい、お兄様。できましたよ」


 ぼーっと突っ立っていれば、いつの間にか処置は終わっていて。甲斐甲斐しく世話をしてくれたスティルにお礼を言いながら、ヴァイスは胡桃色に包まれた患部を見た。


 ヴァイスの体質である再生は、傷を治すという一点にのみ焦点を当てればまさしく至高の力だ。今回のように紙で切ってしまったような細かな傷に始まり、大きな傷は例えば頭と胴が切り離されたり、身体中に水玉模様を飾るように穴を開けられたり、果てには全身挫滅(ざめつ)に至っても治るものとされている。実際にそんな状態になったことはないから明らかではないが、この情報自体はグレースが言っていたものだ。だから恐らく間違いはないだろう。

 ヴァイスのこれは、言い換えてしまえば「不死の能力」だ。不老という訳ではないし、痛み自体は正しく与えられはするが、それはまさしく神のような力で。けれど神話に出てくる神が一定数愚かな逸話を持っているように、そんな神の力にだって制約はある。


 彼の担当研究者であるグレースは、それを「力のクールタイム」と呼んでいた。それだけで何となく察しはつくだろう。


 ヴァイスの自己再生は、不定期的にその効力が弱体化する。有り体に言えば、再生が効きにくくなるのだ。欠点と言うにはあまりにも大きく、不死を得た対価としては相応な危うさをも孕んでいるのがヴァイスの「再生」だった。

 自己再生体質の発覚からそう遠くないうちにこの欠点も見つかった。そうしてこのクールタイムが訪れた回数は残念ながら数えることを諦めてしまったが、そんな現在でだって慣れないのだ。だって、治るのが当たり前だから。


 そしてこのクールタイムが訪れる原因というのも、今もなお判明していない。この体質を知る周りの者達は、もっぱら「ダメージの蓄積量とその回復量」が関係していると推測立てている。一方で「精神的な問題」や、それら全てが関係なく「まさしく神のように気まぐれなもの」だという意見もあったが。

 しかしヴァイスは自分のことだと言うのに、それらのことに全く持って興味を示していなかった。〝そういうもの〟としか認識していなかったから。

 体質による全ての悩ましい事象は、結局はヴァイス本人だけのものであって、それ以外の他人に推し量ることのできるものではない。


 露草の流し目で彼らを見つめる。無遠慮な視線というものは流石に気付かれるらしく、ノワールとディアンの意識はこちらに向いた。


「武器も破損したタイミングでクールタイムが来るとはね」


 嘆いても仕方のない偶発的なことに対しても、ノワールは複雑そうな表情を浮かべる。ははは、と曖昧に笑みだけで返せば、気遣うように優しく微笑みかけられた。


「……大事をとって、しばらく任務はお休みしたらどうでしょうか? こういう時は、ゆっくり休むのが一番ですから」


 隣にいたスティルが、頼り甲斐のありそうな笑みを湛えながらそう言った。

 ああ、ああ、なんて情けない。

 思いはすれども、それはやはりどうしようもないことで。ヴァイスは困ったように眉を下げながら「そうだね」と、他人事のように言い放った。

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