19-2
建物に近寄ると、戦闘の最中だということがすぐに察せるほどの音が聞こえてきた。どうやらまだ片付いてはいないらしい。ならば美味しいところでも持って行こうか、とヴァイスは画策する。
正面からの入り口ではなく、ちょうど開いていたガラス窓から侵入した。そしてすぐさま状況を確認する。
建物内には異形が複数体おり、それにノワール達が応戦しているといった構図になっていた。事前に複数体湧いていることは聞かされていたため、ヴァイスは驚くこともせず冷静に誰のところに助太刀しようかと考える。素早く順に見ていって、そうしてスティルのところに行くことにした。
彼は専用武器と魔法、そのどちらも手数が多い関係から他のメンバーよりも多い数を担当することが多い。スティルは効率の良い戦い方を選ぶために顕著な消耗がある訳ではないが、それでも他より負担は多い方だろう。
日頃の感謝と遅れたことの罪滅ぼしを兼ね、彼の背後に回った異形目掛けて飛び降りながら斬りつけた。
「お、お兄様!?」
不意の出来事にスティルは驚く。それでも体勢を崩さない彼に流石だと心の中で称賛しつつ、背中合わせにして立った。
「遅れてごめん!」
「そういうのは後です! まずはこいつらを片付けましょう」
そう言ったスティルは空中に銃を展開させる。異形の数と同数の、五丁の魔力銃。パチン、と指を鳴らした音を境に、その銃は発砲を開始した。
魔力銃。実弾ではなく、使用者の魔力で形作った弾丸——魔力弾を直接装填する。そのため通常のピストルなどと構造も異なる代物だ。魔力弾の発射も魔法で行われるため反動などもなく、魔法を扱う種族の遠距離武器としてはメジャーなものである。
そしてスティルは一丁の魔力銃を専用武器としていた。異形との戦闘用に改良され、魔力変換効率が上げられている魔力銃。彼の使うそれは、白を基調とした銃身に深緑色のラインが入っている。見た目からして洒落ているその魔力銃を自身の風魔法で模造し、手数の多さで戦う。
それがスティルの戦闘スタイルだった。
反動など存在しないその魔力銃は、いとも容易く異形の体に穴を開けていく。スティルとヴァイスは異形がその攻撃に怯んだ隙に追撃をして、数分と経たずに相対していた異形の殲滅を完了させた。
「……ねぇ、これもしかして僕の助け要らなかった?」
肉塊と血が飛散する酷い現場を見ながら、ヴァイスは力が抜けたように質問する。顕現させた魔力銃をしまいながら、スティルは「いえ」と声をあげた。
「そんなことありませんよ。おかげで予想より早く片付きましたから」
髪色と同色のローブをはためかせながら、にこにこと人好きのする笑みを浮かべてスティルは言う。事実ではあるのだろうけれど、それでも遅いか早いかの違いでしかないとヴァイスは思った。スティルは実力だって弱くない。ヴァイスが来なくても、このくらいの相手片付けられただろうに。
優しいやつだ、なんて思いつつ「そっか」と答える。
そのまま突っ立っていれば、ブォンと空を切る勢いでヴァイスの隣を何かが横切った。一瞬驚いて、そして飛んできた物体を見る。異形の死骸だった。
「おー、そっちも終わったんだな」
「ディアン」
重々しい大剣を片手で持ちながら、ディアンが気だるそうに歩いてくる。いつもの仏頂面をする彼の頬には一つの切り傷があった。ほんのりと滲んだ血が痛々しい。
「怪我したんだ、大丈夫?」
同じくらい赤く染まる彼の瞳に視線を移しながら、ヴァイスは聞く。ディアンはそこに触れられると思っていなかったのか、少しだけ驚いた顔をしたのちにバツが悪そうに頭をガシガシと掻いた。
「見た通りの切り傷だ。別に痛くも痒くもねーよ、心配すんな」
ぶっきらぼうに返されて、思わず「お、おう」と答える。そういえば、とディアンはヴァイスに次いで怪我が多いことを思い出した。慣れているのだとしたら嫌なことではあるが、痛くも痒くもないというのは本当かもしれない。
そう思うと同時に、少し前に見回りの任務で彼が受けた怪我のことを思い出す。今ではすっかり治って傷跡も残らなかったようだが、応急手当ての際は痛みから顔を歪めていた気もする。つまりそれは強がりということで、ならば今回もと訝しげにディアンを見つめた。
「……なんだよ。切り傷くらいで死にゃしねえって、何がそんなに心配なんだ」
そう言われて口籠もる。確かに、ディアンの頬にできている傷は小さなものだ。髪で指を切った、包丁の扱いを誤った、等々。日常の中でついた傷とも見た目はそう違わない。だからそんな傷が致命傷になる訳ないとヴァイスだって分かっている。
けれど〝自分以外の誰かが戦闘で受けた傷〟を見るのは、どうにも慣れないのだ。自分の怪我には大分慣れてきてしまっているというのに。
悶々としていれば、コツと革靴の音が聞こえてくる。それに反応して、ヴァイスは音が聞こえてきた方向につい目をやった。
「そうだよ、ヴァイス。ディアンがこんな傷でヒィヒィ言う訳ないだろう? まぁそれはそれでちょっと見てみたいけど」
脱いだ制帽を片手で弄りながら、揶揄い気味にノワールがそう言った。そのままディアンの隣へと行き、挑発的な笑みを浮かべる。
「お前は少しくらい心配してくれ」
「え? 何? 心配して欲しいの? かまってちゃんを兄にした覚えはないんだけど……まぁ君がどうしてもって言うなら? 心配してあげなくもないけど?」
「やっぱいいわ」
そしてお馴染みのやり取りが始まる。楽しそうにディアンを揶揄うノワールと、それに慣れた様子であしらうディアン。ディアンの方はため息をついてはいるが、感じ取ることのできる雰囲気から察するに、本当に煩わしいものだと思っているわけではないのだろう。
仲良いな、と思いながら眺めていれば、スティルにトントンと肩を叩かれる。
「検査、どうでした?」
なんでもないようにさらりと聞かれた。スティルの言葉が聞こえたのか、年上二人も言い争いを止め、ヴァイスの方に注目する。それにどことなく居心地の悪さを感じながら、あーと声を漏らす。
「ぜーんぜん異常なし。至って健康体だよ」
言葉に説得力を持たせるみたく、両手をひらひらとさせる。にこにこと、年齢相応の笑顔も付け足せばスティル達は納得したように微笑んだ。
嘘だ。本当は異常ありだ。
異常、と言うと少し大袈裟ではあるが、けれどあれは——あの夢のような光景はヴァイスにとって不可思議なことでしかなかった。単なる夢ならばこれほどまでに引っ掛かることはなかっただろう。ただ意識を強制的にログアウトさせるような検査の中、タイムリーな夢を見た。そしてあれは、嫌に現実感が強かったのだ。あたりに広がる闇も、締まった喉から息が漏れ出る感覚も、そしてあの眩しい光だって今もなお鮮明に思い出すことができる。
夢の記憶は普通時間経過とともに薄れゆくのに、それと反するようにあの光景が脳裏に焼きついて離れない。夢と呼ぶのも正しくないような気さえした。
いつもの氷菓子みたく薄い笑みの裏で考える。まるでノワールのようだ、と思いながらも止めることはできなかった。
ふとノワールの方へと顔を向ける。同じタイミングで、図ったように目が合った。思わずびくりとしてしまい、それに伴って笑みも固まる。反対に、ノワールは柔和に微笑んでいた。
「どうかした?」
お馴染みの、温かいミルクの風味のような声色。変わらないその音のみでは、ノワールの心中を察することは不器用なヴァイスにはできない。
「ううん、なんでもない」
自らの感情の異変に、どうかノワールが気付きませんように。
冷えた体の内側にそんな思いを詰めながら、吐息を押し出すように返答して。彼から逃げるように顔を背け、既に興味が失せたようにこの場の後始末をしているスティル達の方へと駆け寄った。
「お兄様、グレース様に聞いてきたのですか? チーム結成のこと」
「あ、忘れてた」
不意に声をかけられて、ハッとその場で思い出す。チームを組まされた疑問は上司である研究者——つまりグレースに聞けば解消されるのでは。互いにそう考えていたことから、機会があれば聞き出そうという話になっていたのだ。ヴァイスはものの見事にそれを忘れていた訳だが。
「全く……しっかりしてくださいよ」
少し呆れながらも、さほどは残念がっていないようにそう言われた。日が経つにつれて、チーム結成命令に対する疑念が薄れているのだろうか、と考える。ヴァイス自身もそうだったから。
任務をこなしていく日々の中で、〝この四人でのチームで戦うことは自分にとって最適解だ〟という意識が強まってきている。元々家族であることを強調されて過ごしてきたこともあるのだろう。
そうした時にふと、例えチーム結成の命令が下されなかったとしてもこの四人でチームを組んでいたかもしれない、だなんて思うのだ。
スティルも同じような胸中であって欲しい、なんて思えば口角が緩んでしまう。
「なんですか、ニヤニヤと……」
目敏い彼には表情の変化はお見通しだったらしい。怪訝そうな顔つきで言われてしまう。ヴァイスは思わず頬に手を添えた。
「も、元からこういう顔だよ」
「嘘おっしゃい。ノワールでもあるまいし」
すかさず入ったツッコミに、うぐぐと呻きを漏らしていれば「聞こえてるよ」という声が飛んできた。ヴァイスはスティルと二人して知らんぷりを装って。
そうして微笑ましそうに見える一面の後ろで、ノワールは怒る訳でもなくただ憂うようにヴァイスを見つめていた。




