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モノクロの君に捧げるモノローグ  作者: 花式カイロ
一章
45/61

18-2

 かくして、〝一応〟異常はなかったらしいという結果の報告は終わった。ならばあの不穏な言葉選びはなんだったのか、とやはり思ってしまうもので。

 けれど聞いたところで望む反応が返ってくるのかも定かではない。うむ、と頭を悩ませた。


 そうしていれば、どこか別室へと足を運んでいたグレースが戻ってくる。何の用だったのかとその立ち振る舞いから予想を立てようとするが、特段変わった様子もないので無意味なことだと諦めた。

 さてと時間を確認しようとしたところで、グレースがこちらに向かってくる。


「ヴァイス、これをやろう」


 不意に腕を取られて、手のひらを表に向けられた。えっ、と困惑の声をあげていればその手の上にぽとりと物体が落とされる。

 何かと思って見てみると、水色の小さな包装紙がそこにはあった。

 見てくれからして菓子の類であろうそれを、けれど意図もわからずにまじまじと見つめる。そしてその後にグレースの顔を見た。


「ミルクチョコだよ。検査終わりのご褒美と、それから少しでも気が軽くなるように、だな」


 腰に両手を当てて、まるで自慢するみたくそう言ってみせる。その言葉と、これがチョコであるという事実にヴァイスは目を輝かせた。彼は甘いものが好物だったので。

 今すぐにでも食べよう、と思いそれから少し考え直す。いくら検査終わりだからといってこんな場所で飲食をする訳にもいかないだろう。何か変に影響を与えてしまっては困る。

 包装を開けかけた手を止めて、スッとポケットにしまう。


「今食べてくれてもいいんだがな。私はここで飲み食いも寝泊まりもしてるぞ?」

「えっ?!」


 唐突に告げられた衝撃の事実にヴァイスは驚いた。確かにグレースは前からなんとなく研究一筋、というような雰囲気を感じられることはあった。勢いの良い性格がそれを助長させているのかもしれないが、仕事以上の熱量があったのはなんとなく察することができたのだ。

 けれどまさか、研究所で寝泊まりをするほどだなんて。

 仕事熱心だと褒めればいいのか、ズボラすぎると窘めればいいのか。

 続く言葉に悩んでいれば、「ヴァイスは真面目だな」と先に言われてしまったので、その二つの選択肢すらも放棄することになってしまった。そして再びチョコを取り出そうとポケットに突っ込まれていた手は、そろりとさりげなく元の位置に戻したのだった。



「あ、そういえば……、あの!」


 黒パーカーの袖から覗く自らの手を見て、ふと思い出す。意識の水底で見たあの光景。ヴァイスにとっては不可解な出来事でしかなかったが、彼を作ったグレースなら、あるいは。

 グレースはヴァイスの声に反応して、不思議そうな顔をする。そんな彼女に、どう話を切り出そうかと頭を悩ませた。探究心が強い彼女を、けれども不安にさせることなくこちらの話題に興味を持たれるためにはどうすべきか。

 ヴァイスは右の手の甲をさすって、そうして一つ二つと頭に浮かんだ案から一番良さげなものを選んだ。


「グレース様は、白色の蝶々って見たことありますか?」


 努めて明るく質問する。御伽話を信ずる子供のように、無邪気に。

 自分は見たことがないが、他の人はどうなんだろう? と、空想話を楽しむような言い方をすれば、不安にさせることはまずないと判断した。

 そして彼女は学者ではないが研究職についている亜人だ。こういう話題なら、少しは乗ってくれるかもしれない。そう踏んだ。

 グレースは目をぱちくりとさせ、ふむ、と返答を考えるような仕草をしてみせる。その様子を見て、第一関門はクリアしたと確信した。


「白色の蝶と言えば、まぁメジャーはモンシロチョウだな。あとはツマキチョウ、シジミチョウ科も何種類か白いのが——」

「あ、いや、違います」


 あまりにもまっすぐな回答にヴァイスは思わず食い気味にストップをかけてしまう。

 そうだった、彼女は一直線を勢いよく突き進んでいく女性。遠回しなパスは最善ではなかった。

 盲点だったと反省しながら、そうして不服そうに言葉を止めたグレースに「すみません」と小声で謝る。もうこうなればストレートに聞くしかない。

 さきほど長考した時間は無駄なものだったとは思うが、そう思っていても仕方ない。ふぅ、と落ち着きを促す思いで一つ息を吐き、グレースの瞳を見つめた。


「羽も、体も触覚も、嘘のように真っ白な蝶々に心当たりはありませんか」


 求める心を最大限に引き出すように、ヴァイス自身の声色も白く透き通っていた。遮るものを全て取り払ったような空色の瞳で、グレースを見つめ続ける。彼女の青藤の瞳と混ざってしまうほどに。

 グレースはその視線に触発されたように目を見開く。そしてしばらく黙り込んだ。脳内でそれと該当するものを探しているのか、突飛な発言に思考を停止させてしまっているのか。

 どちらにせよ、今は彼女の次の反応を待つより他ない。

 気まずさを感じつつも、目だけは逸らすまいと唇を噛んで力を入れる。


 そのうちに、グレースの視線の方がヴァイスの瞳からずれていることに気付いた。

 けれどそれはほんの些細な距離で、よく見なければ分からない程度の移動。少し上に寄っていることから、自分の真白な髪を見つめているのではないかと推測する。

 じぃっと、食い入るように。心を盗られて魅入ってしまったような視線は、変わらずヴァイスの髪を見つめ続けている。

 その様子はまるで、ヴァイスの白髪と白蝶をリンクさせているかのようだった。


「……グレース様?」


 いつまでも何も答えないグレースに、流石のヴァイスも不安に思う。声をかければ、彼女は途端に引き戻されるようにしてハッとした。あぁ、と声を漏らしてヴァイスを見る。返答を促すみたく首を傾げれば、グレースはぎこちなく微笑んだ。


「すまない、そのような蝶に心当たりはないな……」


 一度目の回答の勢いは失われ、そうしてグレースは顔を背けて何か逡巡するように目を細める。


「……アルビノ持ちの個体、だったのかもしれないな」


 そして言い訳をするみたく、グレースはそんな言葉をこぼした。アルビノ、とヴァイスも復唱する。

 確かにそれなら躯体の色がないのも納得できた。ヴァイスは実際のアルビノをその目で見たことはないが、それでもあれをアルビノ個体で片付けることの容易さは理解できた。そのはずだ。


 けれど、ヴァイスの頭はそれを否定している。頭、と言うより魂の部分と言った方が正しいほど、その否定は強くて。生じてぶつかり合う意見。

 どうすれば良いのか分からなくなってしまったヴァイスは、しばらくの間グレースの言葉に返すこともできずにいた。

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