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ヴァイスがすっぽり収まるくらいの無機質な白色の台の上。そこにヴァイスはちょこんと腰掛けて、足をプラプラとさせていた。
「聞いたぞ、ヴァイス。正隊員になったんだってな? どうだ、仕事の方は」
白い手袋をはめながら、グレースは会話を切り出す。
ぼーっと天井を見つめていたヴァイスの反応は遅れるが、反省を生かしてかグレースは彼の返事を待ってくれていた。
「めちゃくちゃ楽勝です! って、言いたいんですけど、やっぱ普通に忙しいです。毎日の鍛錬だって欠かせないし」
内容に反して笑顔で答えながら、ヴァイスはここ最近の生活を記憶の糸を手繰って思い出していく。
朝は遅くても七時前に起きて、そしていつも通り食堂で、NoDiWSの四人と朝食を摂る。任務がある日だとその後は場合によっては夕方頃まで潰れ、そうして息つく暇もなくシャワー後に夕飯の時間。
それが終われば待ち望んだ休息が……という訳でもなく、日替わりで勉強やら鍛錬やらの予定が入ってくるのだ。
任務がない日は幸か不幸か、午前や昼にそれらの予定を回すため夜はゆっくりできるが、それでも忙しいことに変わりない。
そして仕事と言っても、ただひたすらに異形を倒すことだけに留まらないのだ。任務内で指定された場所の事前調査や、異形を討伐した際の後始末。まぁ後始末は別に係がいるのでさほど体力的な苦労はないが、それでも手配はこちらでしなければならないのでその分手間はかかる。
そして任務終了後の報告書作成。事務仕事が壊滅的に苦手と言っても過言ではないヴァイスにとって、これは最大の難所である。他のメンバーが手助けしてくれるものの、毎回報告書が終わる前に既にヘトヘトになるのがヴァイスだった。
よくよく思い返してみると、正隊員がいかに忙しい立場なのか理解できる。遊びたい盛りのヴァイスには少々厳しいが、それでもへこたれない理由はいくつかある。異形を倒すため、人工亜人として生を受けたという元々の使命感と、あの日にディアンと交わした約束を守るための義務感。
それら二つが大きかったが、けどそれだけという訳でもない。
想起するうちに閉じていた瞼を薄らと開く。膝の上で組んでいた手を擦り合わせ、息を吸った。
「——でも、家族のみんながいるから。だから、頑張れるんです」
雪解けの野から咲いた花のように、ふわりと笑う。細めた瞼と揺れるまつ毛のその奥に覗く露草色の瞳は、その芯に家族である三人を内密に浮かべていた。
ノワールと、ディアンと、そしてスティル。幼い頃からずっと、当たり前のように一緒にいた彼ら。好きなものだって価値観だって、同じところもあれば到底似つかない部分だってある。
それでも、他の誰よりも彼らのことを信頼していたし、他の誰よりも彼らのことが好きだった。
友達のようで、仲間のようで、けれど結局は家族という括りに落ち着くあの三人がいるからこそ、ヴァイスは今まで頑張ってこれた。
そしてこれからだって、あの三人と一緒ならどこまでだって進んでいけると、そう確信にも似た思いを抱いている。
そんな想いを伝えるみたく、まっすぐな視線をグレースに向ける。彼女はほんの少し驚いた顔をしたのちに、ふっと優しげに、けれどどこか寂しげに笑った。
「ヴァイスらしいな。……あの三人に、妬いてしまいそうだよ」
竜胆の花弁を溶かしたようなその瞳は、ヴァイスを捉えているようで、けれどどこか遠くを見ているようにも感じられた。そこに若干の違和感を覚えるが、それもすぐに払拭される。
そういえば彼女から家族関係の話を聞いたことはあまりないな、と思いながら、柔く口元を綻ばせた。
「……それは、親心ですか?」
揶揄うようにそう言えば、グレースは愉快げに笑みをこぼす。
「あははっ! 親心か、そうか、そうくるか。……まぁ、似たようなものだな」
跳ねるような笑い声を含ませながら、グレースはそう言った。なんとなくはぐらかされた気がしなくもないが、けれど彼女が楽しそうだから気にしないことにする。
ヴァイスは視線を落として少し思考を巡らせたのちに、再びグレースに顔を向けた。
「グレース様のことも、ちゃんと好きですよ」
彼女の言葉は親心からくるものだと仮定して、ヴァイスは無邪気な子供を体現するかのように満面の笑みを浮かべる。
グレースはまた笑い声をあげながら、そうしてヴァイスの頭をわしゃわしゃと雑に撫でた。勢いにつられて頭が揺れる。ふわりふわりと、自身の真白で織られた前髪が揺蕩う様が視界の端に映った。
何回か撫でたのちに、グレースは手の動きを止める。満足したようにこくりと頷いて、終いにポンと一度だけ撫でられた。
乱れた髪を振り払うように、ぷるぷると小動物みたく首を振る。終わった後に顔を上げればグレースと目が合って、二人は同じタイミングで破顔した。
雑談タイムは終わりを告げ、ヴァイスはごろりと硬い台の上に寝転がる。検査前に雑談を挟むのも毎回のこと。初めは緊張をほぐす目的だとばっかり思っていたが、最近になってグレースはただおしゃべり好きなのかもしれないと思い始めていた。
それでもいきなり検査が始まるよりは良い。どういう意図があったとしても、本当に緊張はほぐれるから。
「さぁ、検査を始めるぞ」
台の前に仁王立ちになって、腕を組んだグレースがそう言った。その構図で見下ろされると威圧感を覚えるだとか、目の色からして興奮が伝わってくるだとかは言っても無駄なので秘めておく。
そわそわする心を抑えきれずに、ヴァイスは足を擦り合わせながら手をぎゅっと握り締めた。
鳩尾あたりにグレースの手が触れる。触れた部分から白い光が波状に広がり、ヴァイスは眠るように安らかに、引きずられるように急速に、意識を飛ばした。




